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【Breidablik】魔法使いは、喋る伝説の聖剣を拾って旅に出る……魔術書も買わずに。  作者: 桜良 壽ノ丞
【20】emergency~Today is the last day~

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emergency-01

 


【20】emergency~Today is the last day~




 シーク達が修行の旅に出てから、およそ1年が経った。


 時刻は午前5時。


 アスタ村の遥か向こう、遠くの山の端が光を湛え始めた。朝焼けと朝靄が同時に出るの中、1日はいつものように静かに始まる。


 内陸性の気候のため、冬はマイナス10℃、20℃程度は当たり前。対して夏は高緯度にも関わらず、最高気温が30℃に達する事もある。


 今はまさに夏真っ只中。と言っても今朝の気温はまだ15℃だ。気温が上がりきらないうちにと、シークとイヴァンは装備を着込んで鞄を肩から掛け、それぞれの「相剣」を背負う。


 僕は棒じゃない、ボクを棒と一緒にされては困ります、武器達がそう言うのだから「相棒」と呼ぶのは失礼だろう。


「気をつけてね、また帰ってらっしゃい。イヴァンくんも、いつでも遊びに来てちょうだい」


「倒したら報告に帰って来るよ」


「お世話になりました、また寄らせていただきます」


 5人は新装備を受け取るため、いったんギリングに戻っていた。昨日は7月15日、シークの誕生日だった。20歳の誕生日を実家で祝ってもらったシークは、気持ちも新たに修行の旅へと戻る。


「来年の誕生日まで、帰ってこないつもりじゃないでしょうね」


「時々は帰ってくるつもりだよ。世界中旅して回りたいところはいっぱいあるけど、帰って来る時間がない訳じゃない」


 弟のチッキーはまだ寝ている。久しぶりに会ったチッキーは、テュールのおかげかとても落ち着きがある素直で凛々しい少年になっていた。


 シークとイヴァンが唖然としたほどだ。


「お祝いはもっと盛大にやってあげたかったのに。その、アークドラゴンっていうモンスターのことは少し聞いたけど、あなたの誕生日も大事よ」


「有難う。バスターの聖人式の時にだって帰ってきたし、また帰るから」


 ビアンカはもうじき20歳に、12月にはゼスタも20歳になる。シャルナクは春に21歳になっており、イヴァンは秋に17歳だ。まだまだ若い彼らだが、修行を考えれば1日1日が惜しい。


「行ってきます」


 シークとイヴァンがゆっくりと歩き出す。その背後からは近所の者が飛び起きそうな程、大きな声が聞こえてきた。


「兄ちゃん! 無事に帰ってきてよ! ぼくの畑で獲れた小麦のパン、一番に食べさせたいんだ!」


「お二人とも、どうかご武運を! バルドル、アレス、戦線離脱したわたくしが言うのは無責任ですが……頼みます」


 チッキーが玄関から飛び出て、テュールを持った手を大きく振る。シークとイヴァンは笑顔で手を振り返し、ギリングを目指す。


 シーク・イグニスタ、ビアンカ・ユレイナス、ゼスタ・ユノー。それに獣人族のシャルナク・ハティとイヴァン・ランガ。


 伝説の武器に選ばれた5人の戦士達は、束の間の休暇を終え、長く辛い特訓の日々に戻ろうとしていた。





 * * * * * * * * *





 シークとイヴァンが武器屋マークに着くと、既にビアンカとゼスタが待っていた。シャルナクはちょうど今出てきたところだ。


「次にギリングに戻るのは、アークドラゴンを倒した後になるわね」


「そうだな。運べるもんならアークドラゴンの首を持って帰りたいところだ」


「勝つ気満々だね。まあ……この1年間の特訓を考えたら、そうでなくちゃ困るけど」


 彼らは昨年の秋までシュトレイ大森林で戦い続け、冬からはエンリケ公国南部で戦いを繰り返してきた。


 シークはバルドルの教えで技を幾つも習い、その精度を上げた。剣閃を放つ時には水平に撃つことができるようになったし、得意のブルクラッシュも威力が格段に上がっている。


「わたし達に必要なのは、自信だけだ。わたしの力はわたしが認めている。アルジュナが言うのだから、わたしは自信を持って臨むことができる」


「シャルナク姉ちゃんは回復魔法も上達してるよね皆さんも見ましたよね? 100メーテ先のデスウルフの目を射抜いた時」


「うん、見たよ。シャルナクの技の精度も威力も、これ以上の人はいないって断言できる。イヴァンも1人でヌエを倒したじゃないか」


「大剣なのに、一瞬血が噴き出るのを忘れるくらい見事な斬り口でな。あれは背筋がゾクゾクしたぜ」


 5人それぞれデザインは違うものの、統一感のあるスモークブラックの防具を着ている。勿論ビエルゴ・マークの作品だ。


 ビアンカ、ゼスタ、イヴァンが身に着けているイヤリングやペンダントは、淡いパープルのターフェアイトが輝いている。シークとシャルナクが見に付けているのは、アルカ山で採掘されたアレキサンドライトのブレスレットだ。


 全てクルーニャによって細かな細工が施された、渾身の逸品だ。ムゲン自治区のキンパリ村が提供してくれた、大粒の石を使用している。


「最高の物を用意したつもりだ。戦いで手を貸せなくても、こうして力になりたい奴はいっぱいいる。色んな人を頼ってくれ、特に職人にとってはそれが誇らしいんだから」


「わしが言いたい事はクルーニャが言ってしまった。後は……そうだな、絶対に死ぬな。生きてこそチャンスがある」


「シャルナクちゃん、私達はあなたの帰りをいつでも待っているわ。これからどうするかはあなたの人生だけど、いつかギリングに戻るなら下宿も大歓迎よ」


「有難うございます、おばさま。おじさまもクルーニャさんもお元気で」


 クルーニャ、ビエルゴ、マーシャの3人に見送られ、5人の若者は深々と頭を下げて礼を言う。すっかり明るくなった町の通りに、真新しい足具の踵の音が鳴り響く。


「ここまで用意したのだから、自信を持っていくのを忘れないようにね、シーク。持っているかい」


「ご忠告有難うバルドル。大丈夫、自信が大き過ぎて持つと手が塞がるから、君は背負っていくことにするよ」


「どうもね。戦う時は自信の方を背負っておくれ」


「そうするよ」


 8月前に現地入りし、環境への順応の時間を取れば、いよいよアークドラゴン退治だ。10月の末が近づくとアダム・マジックとゴウン達もやってくる。ディズ達も駆けつけるだろう。


 もうシーク達には目標しか見えていない。周囲の視線に一喜一憂する事はなくなっていた。少しずつ上がっていく気温と共に、5人の意気込みも上がっていく。


 1年前の追い込まれたような状況とは明らかに違う。表情はとても凛々しく、 頼もしい。エンリケ公国のカインズに着いた時も、その勇ましさは保たれたままだった。


「夏の南部か……西岸海洋性の気候と言っても、さすがに暑くなりそうね」


「暑さに慣れたら、涼しい秋の戦いが楽になるさ」


 エンリケ公国は南部と北部に分かれている。北部はエバン特別自治区と隣接し、南部とは海峡を挟んだ細長く大きな島を指す。


 アークドラゴンが封印されているのは、その南部の中央にある山脈だ。


「イヴァンもシャルナクも、なんだか嬉しそうだね」


「そ、そうか? いや、その……わたしは」


「ぼくは魚を食べたいです! 海の新鮮な魚の塩焼き……毎日でも食べていたいです!」


 イヴァンは尻尾をブンブン振り、顔を見れば頬が溶けそうなほど嬉しそうだ。隣にいるシャルナクも心の中は同じなのだろう、尻尾の動きはイヴァンと大差ない。


「今日は一泊するつもりだったし、上手い飯食うか!」


「魚、魚にしましょう! 今日だけは譲れません!」


「分かったよ、イヴァンとシャルナクでお店を選んでよ」


「す、すまない。その……猫人族は魚が好きなんだ。海魚を生で食べる刺身も興味がある」


 目を輝かせて店を覗いて回る2人に、シーク達は思わず笑いが出る。


 獣人も少しずつ外の世界に出るようになった。楽しそうに歩くイヴァンとシャルナクの姿を見ても、驚く者は少ない。


「あーあ、もう何日戦ってねえんだよ。汽車も船もモンスターと戦えねえし」


「馬車は襲われる可能性あるけん、まだ救いがあるんやけどねえ」


「襲われる事が救い? ちょっと、グングニルまでバルドルみたいな事言わないでよね」


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