ALARM-10
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「いやあ、本当に噂通りだ! どんな化け物かと思ったら」
「こんな可愛い顔したニイチャンとネエチャンとはな!」
「魔法と剣の組み合わせに、ランスとダブルソードでの合わせ技! いやあ、あんな戦い方を見たのは初めてだ」
村に戻ると皆が次々に賞賛の言葉を掛けてくれる。村長も深々と頭を下げ、何度も何度も「有難う、有難う」と感謝を述べた。
村の名産品である枯草の茎で編んだ籠や、チーズ製品をお礼にと渡されそうになるも、旅に持っていく訳にはいかない。報酬が欲しくて戦った訳でもない。
特に裕福ではない村で育ったシークは、バスターへの謝礼の工面に奔走する大人達の姿を何年も見てきた。
何も要りませんと逃げ帰るように宿屋に戻れば、宿屋の主人は満面の笑みで明らかに奮発した料理を出してくれた。3人は急いで体を綺麗にすると、かぶりつくように料理を平らげていった。
「この村も、『バスターになって強さを磨けば村を守れる』と意気込む若者が何人も現れてね。いずれは家の農業を継ぐとして、町に下宿して学校に通う奴らもいるんだ」
「そうなんですか。確かに、この村からギリングまで通う訳にはいかないですよね」
シーク達に影響された若者が各地にいる。それが少し恥ずかしくもあり、そして誇らしい。
勿論、どこへ行っても前評判だけで歓迎してくれるとは思っていない。評判や名声に甘えて美味しい思いをしようなんて事は一切考えていない。
そんな姿勢もまた評価されてしまう。本人達は先ほどの通り「貰いきれない」「恥ずかしい」のであって、決して評判を上げる事を狙っていないのだ。
「はぁ、美味しかった……」
「もう寝よう、今日はもう無理、ほんと疲れた」
「私も寝る、おやすみー」
ベッドに倒れたまま、ゼスタとビアンカが歯も磨かずに寝息を立てはじめる。グングニルもケルベロスも、今日は疲れた2人に駄々をこねる訳にもいかず、手入れされるのを諦めていた。
「はあ。騎士ともあろうお方が3人も揃って『刃』も磨かずに寝るとは情けない」
「まあ、今日は諦めるしかねえな。磨く途中で寝られるのがオチだぜ」
「お嬢も、もうベッドに倒れる前から目が開いとらんかった。きちんと拭いてはくれたけん、残りは明日して貰うかね」
「おいで、バルドル。ケルベロスもグングニルも、残りは俺がやる。ああ……おいでって言っても無理だった」
シークは部屋の隅に腰掛け、バルドル、ケルベロス、グングニルの順で手入れを始めた。武器達は輝きを取り戻し、それぞれカバーや鞘も洗われてようやく満足したようだ。
防具の革の部分に染みが残った事を嘆きつつ、シークも灯りを消してベッドに入る。部屋の掛け時計では22時。明日は少し寝坊しようと笑い、シークも眠りについた。
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時刻は早朝4時少し前。
シークは寝坊どころか、太陽も昇らない時間にパチッと目が覚めてしまった。二度寝しようにも寝付けず、同じく起きていたバルドルを持って宿の外の階段に腰掛けていた。
「アークイエティみたいなのが他にもいて、俺達がいない場所で村を襲っていたら、無事では済まないかもしれないね」
「一番近い管理所に連絡したところで、駆けつけるのに何日もかかってはね」
「守れる範囲でしか守れない。守れなかった村では何で来てくれなかったんだって思ってるかもしれない。どこまでやっても、モンスター退治や人助けって時々虚しくなるよ」
辺りは真っ暗で、月と星の明かりだけでは足元も見えない。星を見上げるシークの表情をはっきりと窺い知ることは難しい。
「……僕は、アークイエティからこのイサラ村を守れて、少し自分勝手な思いを抱いているんだ」
「どういう事?」
「僕がいつか再び立ち寄りたいと願っていたシロ村は、訪れた時にはキマイラが壊滅させていた。僕がもう少し封印を維持できていたのなら、そう思わずにはいられなくてね」
「バルドルのせいではないよ。君がモンスターを操っている訳じゃないんだ」
しんみりと話すバルドルに対して、シークの口調は優しい。たとえ動かずとも、表情が分からずとも、バルドルが落ち込んいるのは分かる。涙腺があれば泣きだしかねない気持ちなのも、手に取る様に分かっていた。
1人と1本は、それ程の絆で結ばれていた。
この1年ずっと一緒にいて、シークは見た目では読み取る事が出来ないバルドルの考えや性格も、随分と把握できるようになっていた。
「僕の柄の部分に、封印の術式が彫り込まれている事は以前話したと思う」
「うん。君自体が封印に使う魔具のようなものだって」
「僕が封印を維持できた理由は分からない。きっとアダム・マジック亡き今、説明できる人間はいないかも」
「魔具として、アダム・マジックの計画と君自身の想いに、何か繋がるものがあったんだろうね」
バルドルの少し昔話を混ぜたような話に、シークは穏やかな口調で相槌を打つ。
「僕が君の存在に気付いていたって話は、随分前にしたと思う」
「ああ……俺の通学途中の、恥ずかしい適当呪文を聞いていたってやつね」
「僕に溜められていたアダム・マジックの魔力は、君が何度も魔法の練習をしながら通り過ぎる度に、引っ張られるように反応していたんだ」
「えっ?」
「単純さ、魔具は魔力に反応する」
バルドルのどこか気落ちしたような声の調子は戻らない。いつもより寂しそうな語り口に、シークは何が言いたいのかとは敢えて言わず、そのまま話を合わせる。
「それで、ある日思ったんだ。あの魔法少年が僕を見つけてくれるとしたらいつなんだろう。その時、また世界が始まるという期待感はどれほどだろうって」
「それ、入学したての頃だから……」
「3年前になるのかな、時の経過には疎くてね。その頃、僕に込められていたアダム・マジックの魔力の大部分が……急に失われたんだ」
「えっ? じゃあ、今のバルドルには、もう封印の効力がないってこと?」
アークドラゴンを再封印するための魔具に、その効力がないのは大問題だ。シークは星空と月明かりを静かに反射するバルドルを見つめる。
「シークの魔力があれば心配はいらない。僕はアダム・マジックの魔力を蓄えていた、それだけなんだ。封印をアダム・マジックの代わりに発動し続けていたってところかな。多分ね」
「それで、どうしてなくなったんだ?」
「僕が君に持って貰いたいと思ったせいかもしれない。うっかりアダム・マジックの魔力を開放してしまったのかもしれない。……そう考えた事もあったんだ、実はね」
シークはバルドルのせいではないと言って、300年間背負っていた役目に労いの言葉をかける。
「バルドルが300年経って、このタイミングで魔力の維持を失敗するなんてことはないだろ。何が原因なんだろう」
「……考えられる事は幾つかある。アダム・マジックが期限を定めていたとかね」
「物理的に壊すか、魔法で打ち消すかしない限り、術者しか解除できないものもあるよね。あれ、でも待って? アダム・マジックが自分で解いたって可能性はないはずだ。という事は」
「封印自体はそうだと思う。でも僕に込められた魔力は、アダム・マジックが解き放つか、もしくは僕が手放すしかない」
「ん~。となると、訳が分からないね」
当時の知識が殆どないシークに、事態の把握など出来るはずもない。結局は相槌を打つだけになってしまう。
「僕の仮説を、聞いてくれるかい」
バルドルが落ち着いた声で確認を取る。バルドルはこんな時、必ず重要で誰にも言えなかった事を告げる。それはバルドルの覚悟と言っていい。
その覚悟は、シークが相手だからこそのもの。
「どうぞ」
シークは頷き、バルドルの言葉を待った。






