GO ROUND‐13
アルジュナから放たれた光の矢は、アークウルフの前足の付け根を貫通した。
今までの弓を使っていれば、鏃が深く突き刺さっても、まさか矢羽まで貫ける事などなかったはずだ。
「おい次! 何やってんだよ、まさか矢が1本しかねえ訳じゃないよな? ほらもう1発ぶち込め!」
「わ、分かった!」
騎士の称号を持つレイダーであっても、アルジュナの気迫には何も言い返せない。そんな様子を、ゼスタとビアンカが口をあんぐりと開けたまま見ている。
シークは開いた口をなんとか閉じ、そしてボソリと呟く。
「アルジュナ……どうしちゃったんだ」
バルドルが何でもないかのようにその疑問に答える。
「いつも通りさ。アルジュナは、モンスターと戦う時だけは、まるで『弓が変わったよう』になるんだ」
シークの視線の先では、アルジュナの言うがまま、全力で矢を放つレイダーの姿がある。
カイトスターの斬撃がアークウルフの背中を深く刻んでいる事すら、本来は賞賛されるべき事だ。けれどアルジュナを手にしたレイダーは次々と矢で貫き、傷つけるどころかアークウルフの肉を削り飛ばす。
あっという間にアークウルフは倒され、テディがライトボールの光に照らされたその死体を写真に収める。レイダーが使える矢を回収した後、リディカが魔法で焼き払った。
「いやあ、驚いた! 矢の強度がむしろ足りなくてどうしようかと。流石だアルジュナ、これならなんとかパーティーを支えられそうだ」
「そ、そうかな。ボク……1本じゃ何も出来ないし、使ってくれたレイダーのおかげ……だよ」
アルジュナはレイダーに褒められ、自信なさげに語尾が小さくなる。先程の気迫は何処へ行ったのか。
「これじゃあ俺の出番が全くないじゃないか。残りの炎剣アレスは俺が貰いたいくらいだ」
「アルジュナ、俺は君からみてどうだった? 持ち主として認めてくれるかい」
「ボク……ボクで役に立てる? 何にも出来ないけど……ボクを必要としてくれるの?」
「ああ、勿論さ! 戦いは勇ましく、アーチャーの全てを把握している。こんな逸品、手放したくはないよ! おまけにこのなめらかなリムに、迫力あるハンドル! 眺めているだけで時間を忘れそうだ」
「そ、そう言って貰えるなら……」
ややマニアックなレイダーと、励まされるアルジュナ。レイダーからの一方的な信頼はむしろちょうどいいのかもしれない。絶大な信頼と愛着をぶつけられ、アルジュナも嬉しそうだ。
きっと良いコンビになる、少なくともその場の皆がそう思っていた。
辺りは再び静寂に包まれた。ライトボールを消すと、また綺麗な星の瞬きが空一面を覆い始める。
戦いを行っていないシーク達は、今日は自分達が見張りをすると言ってゴウン達を寝かせた。実を言うと、故郷が襲われるかもしれない、シャルナク達が危ないかもしれない、そう思うと寝てなどいられなかったのだ。
ゴウン達を起こさないようにと声を出すこともなく、灯りはランプ1つ。満天の星空を見上げながら、シーク達はこれからの事を考えていた。
* * * * * * * * *
「じゃあ……ここでまた、一旦お別れだ。すまないが俺達は暫く町に寄る事が出来ない。マイムの管理所で事情を報告して、ムゲン自治区にバスターを向かわせるように依頼して欲しい。無事が確認出来たら、俺達もまたギリングまで向かう」
「分かりました。名残惜しいですけど……今は時間がありません。どうかお気をつけて」
翌朝、いよいよ2パーティーが別行動となるため、それぞれが挨拶を交わしていた。武器達も一応は人間の真似をして挨拶を交わしているようだ。
「あんた大切にしてもらうんよ? 不安でも泣いたらいけんよ、好きごと使うてもらい。昨晩もようやったやないの。凄かったばい」
「うん、グングニル……でも、レイダーと、使った矢が凄かっただけかも……」
「自信持てって、お前は昔っからそうだよな。俺っちがアークドラゴンをバッサリ叩き斬ってやっから、今度はテュールとアレスも揃ってまた会おうぜ!」
「うん……ボク、ちょっと頑張れる気になったよ。ケルベロスも元気でね?」
「えっと、それじゃあ……じゃあねアルジュナ。えっと……じゃあね」
「バルドルは……僕が封印される時も同じようなお別れを言ったね。……変わってなくて安心したよ」
別れを惜しむ時間はいくらあっても足りないものだ。ゴウン達はなかなか動きだせずにいるシーク達に手を振り、振り返らないまま北へと向かって歩き出す。シーク達よりやや年上のテディだけが、振り返って再びにこやかにシーク達に手を振り、小走りでゴウン達を追った。
ゴウン達はシーク達が早く歩き出せるよう、敢えて振り向かなかったのだ。
「アルジュナとの再会も束の間だったね」
「すぐに会えるさ。今は目的があるからね、武器としての存在意義に徹する事にする」
「おめーさ、もうちょっと気の利いた見送りしてやれよ。じゃあねしか言ってなかっただろ」
「君達が僕の言いたい事を全部言ってしまったんじゃないか。アルジュナも300年前の事を思い出して懐かしんだのだから、むしろ一番いい挨拶だったと思うのだけれど」
「何がね。要らん事はようけ喋るくせに」
モンスターは相変わらず殆ど現れないが、夏の平原は暑く、汗がダラダラ流れる。ペースを上げて歩いているが、ビアンカとゼスタがシークに対し、アイスバーンやブリザードなどの魔法を強請る時間の間隔が狭まってくる。
「ああ暑い! このままマイムまで歩くの無理じゃね? ここ数日、ここまで暑くなかったじゃねえか」
「髪も体もべとべと! あーもうお風呂入りたい。シーク、アクア唱えて! 水に濡れてサッパリした気分だけでも味わいたいの」
「いいけど……風邪ひかないでよ? ケアじゃウイルスまで消せないからね」
「あっ、俺も俺も!」
シークは自分達3人にアクアを唱えた。バケツをひっくり返したような水に包まれ、全身びしょ濡れになる。シークは吹っ切れたのか一瞬ニヤリとし、同時にブリザードも畳み掛けた。
「うっわ! さむっ! あーでも気持ちいわ」
「へっくしゅ! 一気に汗が引いたわ! 魔法って便利ね、エアロでパンツ覗く馬鹿もいるけど」
ぐちゃっと音を立てる足具が全く気にならないのか、3人はすっかり元気を取り戻し、また軽快な足取りになる。バルドル、ケルベロス、グングニルはアクアを丁重にお断りしたが、彼らはそもそも歩かない。
「……なあ、マイムまで歩いて2日、結構時間が惜しいんだけど……流石に昨日寝てねえし、夜通し歩くのはつらいかな」
「いけなくはないけど……歩きながら寝ちゃいそう」
「ねえ、見て見て! 街道を馬車が通ってる!」
街道に差し掛かる所で、ちょうど馬車の姿が見えた。ペースはゆっくりだが、2頭の馬の動きは軽く、荷物は載せていないらしい。シロ村からマイムまで向かう村人のようだ。買い出しにでも行くのだろう。
「すみません、乗せて下さーい!」
「おっと……旅の方、いや、聖剣バルドルのご一行様じゃないですか! どうしたのですか、そんなにずぶ濡れで」
「あ、いや、暑かったので涼もうと思って」
シーク達は乗せてもらえないかと駆け寄った。男は勿論だと頷いて3人を乗せてくれた。金は取れないと言う男に1万ゴールドを強引に支払うと、幌の中に乗り込んだ。
「まさか村を救ってくれた皆さんが、もうギタカムアから離れていたとは」
「話せば長くなるんですけど、実は昨日寝てなくて……歩き疲れていた所なんです」
「そうですか。時折馬を休ませますが、揺れと音の中でも眠れるようなら、どうぞ寝て下さい。モンスターが出たら……」
「その時はすぐ起こして下さい」
男の厚意に甘え、シーク達は馬の蹄や荷車の軋む音すらも子守唄代わりにし、すぐに眠りに落ちていった。
勿論、バルドル達の自称子守唄を断って。






