殺された「悪魔の使い」の黒猫が見習い騎士に憑依しました ──魔女と断罪された公爵令嬢ですが、本物の聖女としてやり返します
その日、王都の大聖堂で、女神の祝福を受けたという聖女のお披露目の会に参加することになった。お披露目会には、聖職者の重鎮たちはもちろん、王族や貴族たちも出席する大規模な会で、グラナート公爵家令嬢の私も出席を要請されたのだった。
私の許嫁の聖騎士アレクも出席しており、挨拶しようとしたところ、なぜか気まずそうな顔で無視され、気を悪くしていたところに、聖女のお披露目会が始まった。
「聖女アナスタシアです。本日はお集まりいただきまして大変ありがとうございます」
聖女アナスタシアは平民の出身ながら、前聖女の崩御に伴って行われた祝福適性試験で高い光属性マナが検出されて、今代の聖女として任命された。
大教会の政治的な立場もあり、聖女不在を長引かせるわけにもいかず、強引に聖女に引き上げたという噂も立っており、実力には懐疑的な声も上がっていた。このお披露目で、その疑惑を晴らすためのパフォーマンスも考えているだろう。
かく言う私も、公爵家という高い地位にいながら、「傲慢で冷酷な令嬢」と言われ、社交界で好かれている立場ではなく、聖女アナスタシアが実力に疑義を持たれていることに少し同情もしていた。
私の場合は口下手なだけで、うまくコミュニケーションが取れないのを、見下して人を無視していると思われているようなのだが、本当は皆と仲良くしたいと思っていた。ちょっと気が強いのは否定しないけれど、それは公爵家に生まれて、簡単に弱みを見せないように育てられたせいだ。たぶん。
先ほども、がんばって許嫁のアレクに声をかけたのに、それに応えてもらえなかったのは正直ショックだった。私とアレクの間に愛情はなく、アレク側はグラナート公爵家の政治的な立場を利用することを、グラナート公爵家側は、教会騎士団の次期聖騎士長に最も近いと言われるアレクと接近することで、大教会とのコネクションを作ることを目的とした、完全な政略結婚ではあった。
とはいえ、表面上だけでも最低限の敬意は示して欲しかった。
私が心を開ける唯一の友達は、子どもの頃から一緒に育ってきた黒猫のビーだけだった。ただ、私が嫌われていることもあり、ビーも「悪魔の使い」と呼ばれ、「気味の悪い見た目だ」などと陰口が耳に入ることも少なからずあった。確かに、ビーには魔力があるようでもあり、私やビーの陰口を叩いた者にちょっとした不幸がふりかかることがよくあったので、根も葉もない陰口というわけではなかったのだ。
ビーもお披露目会に同行していたのだが、もともとアレクにはなつかず、聖女に対してもあまり好意的であるようには見えなかった。
「さっそくですが、このお披露目の会において、聖女の最初の仕事として、このヴァレンティア聖教国に巣食う邪悪の排除を執行したいと思います。
聖騎士アレク、お願いします」
なぜアレク? 次期聖騎士長ともなると、すでに聖女の覚えもあるということか?
「はい、聖女様。聖女様のお陰で、聖騎士の私に近づいていた邪悪の存在に気づくことができました。ありがとうございます。
グラナート公爵家令嬢リディア! よくも聖騎士たる私を騙してくれたな。婚約は破棄させてもらう!」
は? 突然なんなの?
「おまえが悪魔の猫を招き入れた魔女だということは聖女様がお見通しだ! 大人しく縄につけ」
やられた。大司祭の仕業か? 他の貴族の入れ知恵か? グラナート公爵家を大教会に近づけさせたくない何者かが仕組んだに違いない。
ビーが、こちらに近づいてくるアレクを唸り声で威嚇した。
「見よ、この凶悪で禍々しい猫を。これこそが悪魔の証拠だ」
アレクが喚いた。
会場ではどよめきが広がっていた。中には王族や位の高い貴族も多くいるのだ。
ひどい屈辱に頭が熱くなった。
「反抗するのでは仕方ありません。私が排除します」
聖女アナスタシアが詠唱を行い、手に持った聖杖を高く掲げた。
「聖光線」
聖杖が輝き出した。その光は私に向かって伸び始めたその刹那、黒い影がその射線上に飛び込んできた。
光が弾け、消えた。「おお」と歓声が上がった。
「ビー!」
ビーが私を庇ったのだ。
床に倒れたビーを見ると、全身が焼けたように爛れてしまっていた。すでに息はしていなかった。
身をかがめて抱きかかえようとすると、それを遮るように、アレクが私の腕を掴んだ。
「こちらに同行してもらおう」
アレクが腕を引き、強引に私を退場させようとする。
「聖女の奇跡が、この黒猫が『悪魔の使い』であることを証明し、排除した。飼い主のグラナート公爵家令嬢リディアは魔女の疑いにより拘束する!」
アレクが高らかにそう宣言した。
「悪魔の使い」を恐れてか、誰もビーに近寄ろうともしていなかった。憐れなビー……
「お嬢様、俺がビーの亡骸を持ち帰ります!」
護衛として同行していた、グラナート公爵家騎士団「黒牙の獣」の見習い騎士ユリウスが私に向けて言った。
頼りないけれど、仕方ない。
「ユリウス、頼みました……この濡れ衣は必ず晴らすから……」
※
私は大教会の地下にある牢獄に入れられた。
教会騎士団は大教会の政治力を背景に、逮捕権を認められており、大聖堂内に容疑者を留置する牢獄を備えていた。
しばらくしてお披露目会はお開きになったのか、聖女アナスタシアが牢獄までわざわざやってきた。
「あなた、どういうつもり?」
私はアナスタシアを睨みつけて言った。
「あなたには恨みはないけれど、私も貧しい暮らしを抜けて、この教会で生き残るのに必死なの。あなたみたいな大物の嫌われ者を断罪すれば、私の立場は万全になると思って……悪いわね。
あなたみたいに恵まれて生まれてぬくぬく生きてきた人には、私たち平民がどんな苦しい生活を強いられているかわからないでしょうね。どんなことをしてでもこの地位を守ってやるわ」
そう言って、聖女アナスタシアは不敵な笑みを見せた。
「ああ、そうそう。先ほど聖騎士アレクと婚約を発表させていただきました。聖女と聖騎士長のカップルなんて、皆の羨望の的でしょう?」
それをわざわざ言いにきたのか。
アレクが聖女に取り込まれていたのは明白だったが、そういうことか。聖騎士長の座を確実にし、今後の政治的な影響力を考えて、公爵家より聖女を選んだといったところか。聖女であれば、王族にすら発言力を持つからだ。
出世と保身に取り憑かれ、大した実力もないくせに野心と狡猾さだけで出世をしてきたあの男のやりそうなことだ。
「何なのよ、あんたもあの男も……」
「そんな言葉遣いはやめていただけるかしら。私は聖女ですよ。公爵家令嬢なんかよりも高い地位にいるということを忘れないでくださる? しかも犯罪者のくせに」
平民が突然成り上がって、調子に乗っているようね。この魑魅魍魎渦巻く社交界を生き抜いてきた私の権謀術数を舐めるんじゃないわよ。
「今に見ていなさい……ビーを殺したことも絶対に許さないから」
「この牢獄から出られるわけないじゃない。すぐに魔女裁判にかけて死刑にしてやるから覚悟しておきなさい」
そう言い残して去る聖女アナスタシアの背中を、私は睨み続けた。
※
聖女が去って、随分と時間が経った。
牢獄には硬い鉄格子が組まれ、もちろん脱出などできそうもなかった。見張りもおらず、牢獄の強固さにはよほど自信があるのだろう。
私はビーを失った悲しみを思い返し、泣き続けた。誰も信用ができない貴族の社交界で、唯一、無条件で私が信頼していた友達。誰も私に近づこうともしないのに、ビーだけは私に寄り添ってくれていた。その大事な唯一の友達を失った喪失感はあまりに大きく、これからどうやって生きていけばいいのだろうかと途方に暮れていた。もし復讐を果たしたら、死んでもいいかと考えていた。
ビーに想いを巡らし泣き続けているうちに、私は疲れて眠ってしまっていた。
「お嬢様」
この声は……ユリウス?
私は固い牢獄の床で痛くなった体を起こした。
そこには確かにユリウスがいた。鉄格子越しではあったが。
「ユリウス、あなたどうやってここに侵入したの?」
「ビーが案内してくれたんです」
「ビー!? ビーが生きているの?」
「あ、いえ、えっと、たぶん死んでいるんですけど」
「何よ、死んでいるんだったらどうやってビーがあなたを案内したのよ」
「あのですね、実は、お嬢様が連れて行かれた後に、ビーの亡骸を持ち帰ろうと触れたときに、突然ビーの声が聞こえたんです。『リディアを助けなきゃ』って。それから『この大聖堂の牢獄には通気口があるから、夜になったらそこから侵入しよう』って言うんです。王都は隅から隅まで散歩していたから何でも知っているとかで。
この声は何なんだ?と思っていたら『ビーだよ。あんたの体に取り憑かせてもらったって』って言ってくるんです。つまり、たぶんビーは俺に取り憑いています」
「え? 本当? じゃあ、ビーと話せるの? 今、何て言っているの?」
「うん、話せるよ」
「何で急にタメ口なのよ」
「って言ってます」
「ややこしいから、ビーの言葉の時は語尾に『にゃー』ってつけなさい。『って言ってます』はいらないから。あと声音もビーを真似なさい」
「えぇ……」
「口ごたえしないの」
「うん、わかった……にゃー」
「何よ、その間は。もっと自然にしてよ。話しにくいじゃないの」
「うん、わかったにゃー」
「あはははは。ユリウス、あなた面白いわね」
「えぇ……」
「ちょいちょいここに来なさい。退屈で仕方ないのよ」
「はい、わかりました」
「あんたじゃなくて、ビーに言っているのよ」
「うん、わかったにゃー。ボクもリディアと一緒にいたいにゃー」
「ああ、ビーだわ。今すぐ抱きしめてあげたい」
「お嬢様、それはまずいですよ。あ、ボクも抱っこしてもらいたいにゃー」
「ややこしいからユリウスはしばらく発言をやめなさい。ビーと話すわ」
「それがいいにゃー。えぇ……」
「こんな頼りない見習い騎士の姿にはなってしまったけれど、できればビーとまた暮らせるようになりたいわ。でもどうしたら牢獄から出られるかしらね……このままだと魔女裁判にかけられて死刑にされるかもしれないのよね……」
「ボクもリディアとまた一緒に暮らしたいにゃー。リディアをいじめるやつは許さないにゃー」
「聖女と聖騎士に何か動きはある?」
「うーん、やつらはよくわからないけれど、近いうちに強い魔獣が王都を襲いに来ると思うにゃー。だから、やつらもその対応をすることになると思うにゃー」
「え? そうなの? 何でわかるの?」
「ボクは魔力が強いからわかるにゃー」
「そうなんだ。ってことは、もしかしてユリウスの身体でも魔力は引き継がれているってこと?」
「そうにゃー。それに、ボクみたいに素早く動けるし、目も鼻も耳もよくなってるにゃー。そうなんですよ、今の俺、すごいですよ」
「ユリウスは黙ってて」
「はいぃ……」
「あとはそうね。ビーはその魔獣を特定の場所に誘き寄せることができたりしない?」
「簡単にゃー。ボクは『悪魔の使い』で、闇属性魔法が得意だから、いろいろできるにゃー……え? 『悪魔の使い』とか言っちゃってますよ……この猫やばいやつなんじゃないですか?」
「ユリウスは邪魔だから発言しないでって言っているでしょう……なるほど。目立ちたくなかったから隠してきたけれど、私の魔法も使えばいろいろと戦略が立てられるわね……」
私は考えを巡らし、策を練る。
そして一つの道筋が見えた。
「私はここに残ります。やつらは明日にでも魔女裁判を開いて、私を有罪にするつもりよ」
「え? じゃあ、今すぐ脱出しないといけないじゃないですか」
「いえ、残ります。なるべく観衆が多い中で作戦を決行するべきなのよ。魔女裁判は格好の舞台だわ」
そして私はユリウス=ビーに作戦を伝えた。
「しっかりお願いね。たぶん私が一番目立つけれど、二人が成功の鍵よ。
お父様とお母様にもよろしくお伝えしてね。何も問題ないとね」
「わかったにゃー。わかりました」
※
私は後ろ手に縄で縛られ、大聖堂前の広場の中央へと引き出された。
「これよりリディア・フォン・グラナートの魔女裁判を開廷いたします」
私の目の前の大司祭が高らかに宣言した。
右手側には私の罪を追求する検察の聖女アナスタシアと聖騎士アレクが座り、左手側には私を弁護する王都法務官と王家代理弁務官。
そして、裁判官は裁判の開廷を宣言した大司祭と、その配下の神官たちだ。裁判官がどちらを擁護するかは明確で、結論は出ているに等しいだろう。
観衆もたくさん集まっていた。私が断罪されるのを世間に広め、大教会の権威を強く示そうと考えているのだろう。
観衆の最前列に、ルートヴィヒ・フォン・グラナート公爵とイザベル・フォン・グラナート公爵妃の姿も見えた。お父様とお母様だ。心配そうに……いや、なんかわくわくしている感じがするわね。娘の危機を何だと思っているのかしら。
「被告であるリディア・フォン・グラナートには、魔女である嫌疑がかかっているということで、間違いないですな」
大司祭に促され、聖女アナスタシアが起立して、発言を始めた。
「はい、大司祭様。間違いございません」
「その根拠を示せますか?」
「はい、もちろんです。私の光属性魔法『聖光線』は、魔族や魔獣など、邪悪な存在のみに有効なのですが、リディア・フォン・グラナートの飼い猫が『聖光線』により大きなダメージを受け、死にました。これにより、飼い猫が『悪魔の使い』であることは明確です。そして、その『悪魔の使い』を誰よりも深い愛情を持って飼っていたのが、このリディアなのです。ですから、リディアが魔女であることは明確です」
聖女アナスタシアは周到に用意してきた台詞を読み上げるように、流暢に論理を展開した。
「見事な論理です、アナスタシア様」
聖騎士アレクが相づちをうった。元婚約者のことなどかけらも思いやる気はないらしい。
「弁護側は何か反論がありますか?」
今度は弁護側が大司祭に促され、王家代理弁務官が起立し、発言を始めた。
「百歩譲って飼い猫がたまたま『悪魔の使い』だからと言って、名家のグラナート公爵家の令嬢までも魔女だなどとは論理の飛躍が過ぎます。聞けば、道端でやつれて今にも死にそうだった子猫を、リディア嬢が助けてあげたのがきっかけで飼うようになったそうです。こんな心根の優しい方が魔女であるはずがないでしょう。
ここからが本題ですが、我々は聖女の資質を疑っています。その『聖光線』とやらは本当に正しく邪悪を検出できるのですか? 冤罪でリディア嬢の猫を殺したということであれば重罪ですぞ。そもそもどうやって祝福適性試験を実施したのか内容を開示し……」
「はい、もう結構。では判決に入りたいと思います」
都合の悪い内容を話されるのを嫌がった大司祭が弁務官の言葉を遮った。
「では、判決を言い渡す。弁護側が言いがかりのような訴えなのに対し、検察の聖女アナスタシアの論拠は明確であった。よって、リディア・フォン・グラナートは有ざ……」
そのとき、聴衆の後ろのほうから大きな声が聞こえてきた。
「ワーウルフの群れだ!」
聴衆は裁判そっちのけで、大騒ぎを始めた。
茶番はここまで。
ここからが本当のパーティーの始まりよ。
※
「ワーウルフの群れだそうよ。もうそこまで迫っているんじゃないかしら。これじゃ裁判は延期かしらね。聖女と聖騎士だったら、こんな茶番より、市民の皆さんの安全確保を優先すべきじゃなくって?」
私は大声でそう言い放った。
これでも裁判続けるというなら、ちょっと神経を疑ってしまうけれど。
「もう判決だったじゃない。判決だけ言っておいてよ、大司祭」
聖女アナスタシアが食い下がった。
マジか、この女。
「ああ……ええ……」
大司祭がおろおろ狼狽しているので、助けてあげましょう。
「聖女ともあろう者が、市民の安全よりも、無害で無罪の女を冤罪で死刑にすることを優先しようとするなんて、やはり聖女としての資質が疑わしいですわね。聖女の資格もないのに、聖女を騙ることがどれだけの大罪かわかっていらっしゃるのかしら!」
「何ですって!? ワーウルフごとき、さっさと蹴散らしてくるわ。その後すぐに裁判を再開するから待っていなさい。行くわよ、聖騎士アレク」
そう言い捨て、アナスタシアは騒ぎのほうへと向かっていった。後ろからアレクもついていった。
私も戦況を見るため、さらにその後ろをついていく。その際に、観衆の最前列にいたお父様に目配せをすると、お父様が力強く頷いたのが見えた。
ワーウルフの群れはすでに教会広場前まで迫ってきていた。人の形でありながら、狼の顔貌と尾を持つその魔獣は、通常の人間よりはるかに高い身体能力と凶暴性を持つ。それが群れで現れたのだから、鎮圧は容易ではない。
最前列にアナスタシアが立ち、それに教会騎士団の二十人ほどが続いていった。聖騎士アレクはというと……最後尾で何か偉そうに指示していた。聖女を守るのがあなたの仕事なのでは……しかも今は婚約者なんでしょう? 今さらながら婚約破棄されてよかったわ。
アナスタシアが詠唱を始め、聖杖を高くかざした。
「聖光線」
聖なる光線が先頭のワーウルフ一匹に命中し、一発で見事に倒した。アナスタシアは得意げな顔をしているが、すでに目前に何十匹というワーウルフが迫っており、すぐに焦りの表情に変わった。
群れで迫ってきているのに単体攻撃の魔法はないでしょうに……まさかそれしか攻撃魔法がないの?
「ちょっと、教会騎士団! 早く私を守りなさい! 私は聖女よ! アレクどこなの!?」
アナスタシアは取り乱し、喚き始めた。
「教会騎士団、とにかく聖女をお守りしろ!」
アレクも同様に喚いた。人任せであなたは聖女を守りに行かないのね……もはや指揮ですらないじゃない。
とはいえ、屈強な教会騎士団だ。聖女とワーウルフの間に壁を作り、行く手を阻み、攻撃を開始した。
ワーウルフも強力だが、教会騎士団も巧みに剣での攻撃を繰り出し、一匹、二匹と倒していく。膂力で魔獣に勝てる者はいないかもしれないが、武器と技でそれを上回っているようだ。
アナスタシアは後退し、後衛から攻撃を試みるようだ。聖騎士アレクはさらにその後ろで「あのワーウルフを狙うんだ」とアナスタシアに指示を出していた。あなたも前線で戦いなさいよ……
アナスタシアが詠唱を行い、聖杖を掲げた。
「聖光線」
放たれた光の線がまた一匹のワーウルフを貫く……と思ったらその手前にいた教会騎士団の一人に直撃し、その騎士が倒れた。
邪悪な魔獣じゃなくて、人を守る騎士を直撃するなんて……やっぱりあんたの能力いんちきじゃないの!
アナスタシアの誤射を契機に、教会騎士団は混乱し始めた。背後にも警戒しながらの戦いとなり、疲労も溜まってきたうえ、数で勝るワーウルフに対し、次第に劣勢となってきて、一人、二人と、ワーウルフの爪で引き裂かれ、倒れ始めた。
予定よりちょっと強くない?
ちょっと不安になってきた。
さらに追い討ちをかけるように、そこにひときわ大きな魔獣が現れた。
フェンリルだ。巨大な体躯に黒銀の毛並み、真っ赤な瞳が禍々しさを湛えている。
おそらく群れを率いているボスだろう。さらに百匹単位のワーウルフを引き連れての登場だ。
聖女アナスタシアと聖騎士アレクは顔面蒼白となり固まっていたが、我に帰ると、二人とも一目散に走って逃げていった。
そのことに気づいたら教会騎士団の面々も、さすがに士気が落ちたか……と思いきや、背後からの攻撃を気にする必要がなくなったためか、前面に集中を始め、何とか拮抗状態に押し戻した。
魔獣の強さも数もちょっと私の予想を超えてしまっているけれど、仕方ないわ。やるしかない。いよいよ私の出番だ。
「本物の光属性魔法を見せてあげるわ」
私は詠唱を始めた。
「聖光雨」
上に向けた私の手のひらから、無数の光の筋が放たれて天に上がり、そして地上に降り注いだ。
聖なる光の雨は、邪悪な者を自動追尾し、攻撃を浴びせる。
雨に打たれたワーウルフたちは次々と倒れていった。
フェンリルが連れてきた新手も含め、弱い個体のワーウルフはこれで殲滅できたはずだ。
しかし、ワーウルフはまだ数十匹以上は残っている。
「奇跡だ! 本物の聖女だ!」と誰かが叫んだ。
すると教会騎士団の士気が上がったのか、残った強い個体のワーウルフにも果敢に立ち向かっていく。
そこに新たな黒い群れが現れた。
それは黒牙の獣ーーグラナート公爵家が誇る獰猛な騎士団の援軍だった。
黒の甲冑に身を包んだ彼らがワーウルフへの激しい突撃を始めると、教会騎士団の士気はさらに高まっていった。
教会騎士団と黒牙の獣が群れを挟撃し、押し込んでいく。
両側から強く押し込まれたワーウルフが一列に並ぶ瞬間が訪れた。
私はその瞬間を見逃さず、素早く詠唱を行なった。
「聖光槍」
強大な光の槍が、一列に並んだワーウルフを一息に貫いていった。
数匹生き残ったワーウルフもダメージでまともに動ける状態ではなく、騎士たちが簡単に討ち取った。
これでワーウルフは全滅したはずだ。が、最後尾にいたフェンリルは生き残ったか。
と、群れを全滅させられ、怒り狂ったボスの魔狼王は、私のほうにものすごいスピードで迫ってきた。
え? これは計算外なんですけど。
と、また別の黒い影が、私の前に飛び出してきて、私に覆い被さった。
「リディアお嬢様……大丈夫ですか?」
「ユリウス……」
黒牙の獣の一員として参戦していたユリウスが、背中でフェンリルの鋭い爪による攻撃を受け止め、私を庇ってくれたのだ。
そのまま私は詠唱を始めた。
「 聖鎖拘束」
私の手のひらから光の鎖が伸び、フェンリルの体を拘束し、動きを止めた。
「今よ! ビー、あいつを倒して!」
「わかったにゃー!」
そう言って、ユリウスは後ろを向き(向かされ?)、跳躍した(させられた?)。
人間とは思えない高さにまで跳躍し、フェンリルの頭上高くまで上がったかと思うと、その頭部を目がけて急降下を始めた。
「黒影牙ッ!」
ユリウス=ビーが下に向けた剣が黒い瘴気を放ち始めた。
降下し切ったとき、フェンリルの頭部にその剣が深々と突き刺さった。
フェンリルの動きが止まった。私が 聖鎖拘束を解除すると、フェンリルは轟音とともに、横に倒れた。
フェンリルから飛び降り、地面に着地したユリウスも、体勢を崩し、その場に倒れた。
私はユリウスに駆け寄った。
ユリウスは背中から大量の血を流していた。瀕死の状態なのは明らかだった。
「ユリウス! あなた大丈夫? 意識はある?」
「……リディアお嬢様、私はもうだめみたいです……最後に一つだけ言わせてください……俺はずっとあなたのことをお慕いして……」
「『聖治癒』。はい、治したわよ。何か言った?」
「え? いえ」
「私は光属性魔法の適性はすごく高いの。あのいんちき聖女と違って、祝福適性試験も簡単にパスできるくらいね。治癒魔法は特に得意なのよね。
それより、もうユリウスの体じゃなくて、ビーのための体なんだから、ちゃんとしてよね」
私はそうごまかしたが、私を命がけで庇ってくれたユリウスに不覚にもキュンとしてしまっていた。
※
「フェンリル、およびワーウルフは、リディア・フォン・グラナート、およびグラナート公爵家騎士団『黒牙の獣』が討ち取った!」
そう宣言がされると、少しずつ避難していた観衆が大聖堂に戻ってきた。
魔獣たちの全滅が確認され、大聖堂内に避難していた大司祭、神官、王都法務官、王家代理弁務官らも広場に出てきた。
「さあ、裁判の続きをしましょう」
私が大司祭に向かって宣言した。
「……しかし検察側の者がおらんので……」
「検察? 容疑者の間違いじゃなくて? 結果を見れば明白でしょう? 偽物の聖女アナスタシアとその擁護者、聖騎士アレクこそが魔獣を招き入れた張本人で、王都に混乱を招き、魔獣を使って王都を乗っ取ろうとした大罪人よ!」
「背後から教会騎士団を攻撃し、戦場から早々に逃げて、王都を危機に陥れたのがその証拠よ!」
魔獣を撃退に成功したのは、私とグラナート公爵家騎士団「黒牙の獣の力によるところが大きいのだ。私の言葉に説得力があるのは言うまでもない。
「にせの聖女を擁立した大教会、および大司祭、および関係する神官も大きな責任があるでしょう」
大勢の聴衆の前で、聖女と聖騎士が無様な姿を見せ、大教会の権威にも小さくないダメージを与えてやっただろう。
大司祭は一瞬たじろいだが、すぐに威厳を取り戻し、口を開いた。
「リディア様、あなたの光属性マナは素晴らしい。実はこれは真の聖女を発見するために我々が打った芝居だったのです。あなたを大教会に真の聖女としてお迎えしましょう」
「はぁ!? ふざけんな! どの口が言ってんだ!」という言葉をぐっと堪えた。
「大変ありがたいお申し出ですが、私みたいな『魔女もどき』は大教会に相応しくないと思いますので、はっきりとお断りさせていただきます」
大司祭は、あまりに予想外だったのか、次の言葉も出せず、黙り込んだ。
私はすかさず追い討ちをかける。
「それから、大司祭様、もう誰もあなたの戯言は信じません。王都を危機に陥れた責任はしっかりと追及させていただきます」
魔獣を誘き寄せたのはビーなんだけどねっ!
※
「ははは、見事だったな。リディア」
お父様が上機嫌に言った。
「おかげで鬱陶しい大教会の権威も落ちて、我がグラナート公爵家の地位はうなぎ上りだ。大教会を目の敵にしていた王家もうちには頭が上がらなくなるだろう。リディアが大教会に逮捕されたと聞いたときは、気が気でなかったが、危機を好機に変えてしまうとは大した娘だ」
「気が気でないって、お父様も状況を楽しんでらしたでしょう? 私は知っていますよ」
「ははは。ああ、ユリウスがおまえの作戦を伝えにきたときはつい、うきうきしてしまったよ。
あのアレクとも婚約破棄できて、結果よかったの。あんなのと結婚してしまったら大変なことになるところだった。大教会なぞにはもう二度と近づこうと思わん。すまなかったな」
「私もあの男と縁が切れたのはよかったですわ。でも、あのにせ聖女は、平民の暮らしが辛くて、聖女になりすまそうとしていたみたいなの。グラナート公爵家は、平民の暮らしも考える為政を行うべきだと思うわ」
「ああ、そうだな。それも大教会の悪政によるところが大きいだろう。そんな大教会に騙されて担ぎ上げられてしまったとは皮肉なもんだな。
ともあれ、やつらの権力が弱まれば、少しずつ状況をよくしていけるはずだ」
「それを聞いて安心しましたわ。
それで、お父様……折りいってご相談があるのですが……」
「何だ? 何でも言ってみろ」
※
午後の昼下がり、私の愛しいユリウス=ビーは、私の膝を枕にして横になっていた。
「リディアの膝は気持ちいいにゃー」「俺も最高の気分です」
とても穏やかで幸せな午後だった。
その後、アナスタシアとアレクの行方はしれなかったが、王都を離れ、小さな町で平民として細々と暮らしているという風の噂があった。
十分懲りたでしょうから、これ以上追い詰める必要もないでしょう。
大教会の失墜で、悪政も改善されていくでしょうから、平民に戻ったアナスタシアもそれを感じられるといいな、と思った。
アレクも苛烈で無益な出世競争から逃れて、意外と幸せになっているかもしれない。
私はといえば、ユリウス=ビーと婚約することになり、穏やかな日々を過ごしていた。
ユリウスはグラナート公爵家配下の子爵家の出自で、身分差はあったのだが、今回の功績で昇爵は間違いなく、将来性も買われて、公爵家の婿として無事に迎え入れられることになったのだった。
こんな午後がいつまでも続くといいな、と思いながら、私もうとうとするのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし少しでも「面白かった」と思っていただけたら、
①ブクマ登録 ②★評価 ③一言感想
のいずれか一つでもいただけると、めちゃくちゃ励みになります。
ご興味ありましたら、他の作品もちらっと見ていただけると嬉しいです!
改めて、ありがとうございました!




