9
一応充実はした魔法勉強の時間が終わり、リッテは屋敷に帰宅した。
待っていたクラバルトがお茶の準備をしてくれたので、制服を着替えてふいーと一服する。
「ルーヴィッヒ殿下に魔法の実践ちょっとだけ教えて貰ったんだけど、私は火が得意みたい!ちょっと魔法も使ったんだよ」
訊いて訊いてーと意気揚々と城での出来事を上機嫌に伝えれば、クラバルトは「火ですか」と頷いたあとぴしゃりと言い切った。
「授業で実技が始まるまでは絶対に魔法を使わないようにしてください」
「⋯⋯殿下にも言われた」
ぶうと唇を尖らせれば、当然ですと言われてしまった。
信用がない気がして遺憾の意だ。
ティーカップに角砂糖を落として、ゆっくりとスプーンでかき混ぜてからそういえばとクラバルトを見やる。
「クラバルトは何が得意なの?」
わくわくと目を輝かせると、クラバルトはまたどうでもいい質問をと言いたげな目をしている。
リッテが興味の向くまま好奇心のままにくだらない質問をすると、よくそんな目をしている。
結局いつもリッテがそんな眼差しに負けないので、毎回答えてくれているのだが。
「土ですよ。魔力を混ぜて操れます」
「農業で喜ばれそう」
「農業⋯⋯ですか」
畑を耕すのが楽そうだと思ったけれど、クラバルトは嫌そうな顔を浮かべた。
もしかしたら魔法で農業は一般的ではないのだろうかと不思議に思う。
「芋掘りとかにもよさそう。ちょっとしてみたいのよね」
「絶対やめてください」
キッパリ言われてしまった。
真知子は引きこもりだけれどスローライフものの話も好きだった。
のんびりジャムを作るだとか畑をするだとかも、実は興味があるのだけれどクラバルトの様子から体験することは不可能そうだ。
残念とティーカップに口をつけると、クラバルトが懐から封筒を取り出した。
「お嬢様に手紙が届いてます」
「手紙?」
差し出されたそれを受け取ると、白い封筒をしげしげと眺める。
「なんの手紙かしら」
「多分お茶会のお誘いではないかと」
クラバルトの言葉にリッテは一瞬で瞳を輝かせた。
赤い瞳が期待の眼差しを手紙に向ける。
「友達できるかな?」
リッテは正直評判がよくないので友達がいない。
そりゃあ侯爵家で身分を笠にツンケンしていたら誰も寄ってはこないだろう。
でも学園に入学してからは中身が真知子になったこともあり、悪評を立ててはいないはずだ。
友達になってもいいという猛者の一人や二人いるかもしれない。
真知子は学生の頃はオタクとして黙々と漫画やゲームに打ち込んでいたので、気づけば友人がいないまま社会人になっていた記憶がある。
後悔は一切ないけれど、友達が出来るのならそれはそれで嬉しいと思う。
ウキウキとした顔で封筒を開けていると、クラバルトが何ともいえない微妙な顔をしていた。
「どうしたの?」
「いえ、今のお嬢様にはあまり向かないので断った方がいいかと⋯⋯」
「ちゃんとマナーは覚えてるから大丈夫よ」
心配性なことを言うなあとカラカラ笑って見せると「いえ、そういうことでは」と濁すような物言いをする。
けれどリッテは特に深く考えずに、クラバルトが言うように同級生からのお茶の誘いだったので即出席を決めて返事を出したのだった。
かくして次の日の放課後。
個室のサロンを借りたのだという場所に向かうと、四人の女生徒がいた。
自己紹介を聞けば全員一年生だった。
特に主催で招待状を送ってきたのは、クラスメイトのケラミルカ・ブルット。
他の女生徒は下位貴族だったけれど、ケラミルカは伯爵令嬢だ。
小柄な体に赤毛をツインテールにしたケラミルカはやや吊り目で、見た目でいえばリッテのように悪役風だった。
リッテのような妖艶さは皆無だったけれど。
「今日はリッテ様も参加してくださって嬉しいわ」
「招待してくれてありがとう」
人とお茶なんてはじめてだけれど、以前のリッテは精力的にお茶会の招待には参加していたから記憶はある。
なんか盛大に失敗していた記憶も含めてだ。
クラバルトが何故か心配していたけれど、大丈夫だろうとリッテは頭のなかでのほほんとしていた。
「リッテ様は生徒会に入られたのですよね。ルーヴィッヒ殿下やルグビウス殿下とは仲良くされているのですか?」
ケラミルカの問いかけに、リッテはあれと思った。
てっきり趣味とかの話で盛り上がるのだと思っていたからだ。
「特に親しいわけではないですね」
業務的な会話しかしていないので、当たり障りない答えを返すと、四人は一瞬つまらなそうな顔を浮かべた。
「ルーヴィッヒ殿下は魔法がとても強力だと噂で聞いたのですが、本当ですか?」
ケラミルカがさらにずいと聞いてきたけれど、リッテは困って内心うなった。
設定では得意となっていたけれど、ルーヴィッヒ自身から聞いたわけでもないし、リッテはルーヴィッヒが魔法を使うのは見たことがない。
なので強力なのかは知らない。
安易に答えない方がいいよなあと思いながら。
「魔法が好きではあるようですね」
とりあえず知っている情報だけ口にした。
途端に四人がまあ、とかやっぱり、と姦しく話し出す。
「ルーヴィッヒ殿下はやはり魔法がお得意なのね」
「ルグビウス殿下は剣がお得意らしいわ、正反対なのね」
「やっぱり確執があるのかしら」
得意なんて一言も言っていないのに、勝手に話が盛り上がっていく。
口を挟もうにも会話の展開スピードが速すぎて、コミュニケーション能力を鍛えたことがないリッテには飛び込むタイミングがまったく掴めない。
(ていうか確執ってなに!)
魔法が好きという話題から何故そんなものに飛ぶのか理解に苦しむ。
リッテは頭を抱えたくなった。
ケラミルカが得意気に口元を弓なりに引き上げた。
「私お父様に聞きましたの。ルーヴィッヒ殿下は魔法がとても強力だから、充分王位を狙えるって」
途端に三人の女生徒がきゃあきゃあと口々にまくし立てだした。
「一応王位継承権はルグビウス殿下が第一位ですけれど、双子ですものね」
「どちらが王になるかはまだわからないものね」
「そうよね、まだ正式に決定したわけではないし」
何故学園の放課後のお茶会でそんな話になるのだろう。
なんかもっと年頃の女の子のキラキラした会話を楽しみにしていたのにと、リッテは口を出せず黙り込むしかない。
ケラミルカが三人の女生徒を見回して、自信満々に笑みを浮かべた。
「まだどちらも婚約者を決めてはいないけれど、アプローチするのはもう少し待った方がよさそうね。どちらに付いた方がいいか見極めなくちゃだわ」
あけすけすぎる。
ようは王になる方が決まるまで静観するということだろうか。
何だかもやつく話の内容に、リッテはティーカップの中身をさりげなく全部飲み干すと「私そろそろ……」と立ち上がった。
ケラミルカや他の女生徒はそうですかと、特に引き留めることもない。
一体何で呼ばれたんだと内心首を傾げながらリッテは席を立ってサロンを後にした。




