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その日は半日授業の日だったし休みの前日だったのでちょうどいいと、リッテは図書室へと向かった。
図書室の中は重厚な作りの本棚が並んでいて、オタク心がなんともときめく。
厚い絨毯に、置いてある椅子もテーブルも洗練された職人技を思わせる上品なものばかりだ。
ここで本を読むだけで頭がよくなりそうだと思いながら、リッテは司書に魔法に関する本棚を教えてもらった。
まずは簡単な本のある本棚を見たけれど、基礎魔法の実践に関する初級編は置いてなかった。
どうやら借りられているらしい。
ならばと中級編あたりの棚にきたけれど、やはり基礎魔法の実践に関する本はない。
勉強熱心な者が他にもいるらしい。
仕方がないとリッテは上級者向けの本がある棚へとやってきた。
背表紙を目で一冊ずつ確認していくと、ようやく基礎魔法の実践本を発見する。
(読むだけだし、基礎は基礎だもんね)
ほくほく顔で基礎魔法の上級編に手を伸ばしたときだ。
「君に上級編はまだ早いよ」
後ろから聞こえた声に驚いて、リッテは勢いよく振り返った。
そこには本を一冊手に持ったルーヴィッヒが佇んでいた。
まさか生徒会室以外で会うとは思わず、ぽかんとしてしまう。
けれどすぐに推しとの邂逅に脳内がお祭り騒ぎになってしまった。
(ひええ!本棚の背景が似合いすぎる!落ち着くのよ真知子、鼻血を出さないように静まりなさい!)
気づかれないようにさりげなく鼻の下に一瞬触れて、鼻血の有無を確認してしまった。
よかった赤くない。
「こ、こんにちは」
とりあえずは挨拶をしておく。
にやけそうな顔を必死で淑女の仮面で覆い隠す。
隠れていることを祈りたい。
ルーヴィッヒは目の前に歩いてくると、ちらりとリッテが取ろうとした本に目線を向けた。
「上級編はまだ無理だよ」
ルーヴィッヒの忠告にやっぱりそうかとリッテはわずかに眉を下げた。
「初級も中級も貸し出し中みたいでなかったんです」
「⋯⋯魔法の授業は座学が始まったばかりだろう。どうしても実践をしたいなら家で家庭教師を頼めばいい」
「クラ⋯⋯従者に教えてほしいって言ったら授業が始まってわからないところからだって言われてしまって」
リッテのはやる気持ちとは裏腹にクラバルトに待つように言われてしまったのだ。
はしゃぎそうで危ないからちゃんと学校で足並み揃えた方がいいでしょうというのが、クラバルトの主張である。
はしゃぐ自覚がこれ以上なくあるので、反論は出来なかった。
「従者に習ってるのかい?」
驚いたようにルーヴィッヒが眉を上げた。
何故そんなに驚かれているかがわからず、リッテは素直に頷く。
「そうですね、上の学年にいて成績いいんで。要領が悪いから一人じゃ勉強うまくいかなくて、教えてって言ったら教えてくれるようになりました」
「自分から教えてほしいと頼んだのかい?」
「そりゃそうです」
「⋯⋯」
何故かルーヴィッヒは絶句したように言葉を無くしている。
まさかよほどのアホだと誤解されたのかとちょっと心配になってしまった。
「あの?」
そっと声をかけると、まじまじと顔を見られて居心地が悪い。
忠告されたし、今日は本を諦めて帰ろうかと思ったところで、ルーヴィッヒが口を開いた。
「魔法に興味がある?」
ルーヴィッヒの問いにリッテは満面の笑みで頷いた。
「そりゃあもう!華麗に魔法を操りたいです!」
魔法を使うなんてオタク最大の憧れだ。
戦ったりとかは怖いけれど、この世界はそんなに物騒な使い方ではないはずだ。
少なくとも貴族令嬢は戦うなんてことはないので、楽しく魔法が使えるはずだとリッテは目を輝かせた。
「⋯⋯そう」
じっとリッテの顔を見返すルーヴィッヒはあっけにとられているようだった。
もしかしたらリッテが魔法に興味なんてあると思わなかったのかもしれない。
チラリとルーヴィッヒの手元を見れば、高位魔法に関する難しそうな本がある。
リッテはそれに、にんまりと笑ってみせた。
「殿下も魔法好きなんですね」
「⋯⋯まあそうだね」
そのわりには、なんだか複雑そうな表情が一瞬走った。
すぐに柔和なものになったので気のせいだったらしい。
けれど、やはり魔法が好きなんだとリッテは嬉しくなった。
解釈の一致だ。
(知ってるよー!魔法のルーヴィッヒに剣のルグビウスだもんね!)
双子は属性がぱっくり分かれていたのだ。
ルーヴィッヒが魔法が得意だと知ったときも、もともと魔法に憧れがあったのでますます好きになって推しキャラにまでなったのだ。
なのでバッチリ魔法が好きなのは知っているんですよと内心むふふと笑ってしまう。
ルーヴィッヒはそんなリッテを見下ろすと、何度か考えるように瞬きを繰り返した。
何だろう、帰っていいかなと思っていると、ことりと首を小さく傾けて顔を覗き込まれる。
「そんなに魔法に興味があるなら、このあと城に来るといい。私が使っていた本を見せてあげる」
「えぇ!」
いきなりの誘いにリッテは何の遠慮もなく声を上げた。
図書室で大声は厳禁だとハッと我に返り、慌てて口を両手で塞ぐ。
そんなリッテに、ルーヴィッヒはくすりと口角を上げた。
どことなく悪戯をする子供のような表情だ。
「貸したら実践しそうだから、見せるだけね」
ルーヴィッヒの言葉にリッテの眉がへにょんと寄った。
確かに借りて帰ったら即実践に移す自信がある。
それでも不満そうな顔をしていると、ルーヴィッヒが仕方なさそうに苦笑した。
「少しなら実践も教えてあげる。授業があるまで使わない約束が出来るならね」
魅力的すぎる。
飛びつきたいけれど、恐れ多すぎて躊躇してしまう。
推しと個人授業なんてご褒美以外のなんでもない。
あう、と口をもにょもにょとしていると、とどめのようにルーヴィッヒが柔らかく笑ってみせた。
「私では、もしかしたら役不足かな?」
「そんなことは⋯⋯うぅ、お願いします」
目がつぶれると思いながら、リッテは内心五体投地しながら了承した。
実際には小さく頭を下げただけなので、不審がられることはなかったけれど。




