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「あ、あの、ラナメリットと、ちゃんと友達になれました」


 突然の報告に一瞬きょとんとしたあと、ルーヴィッヒが柔らかい笑みを浮かべた。


「そう、よかったね」

「わざわざ私のこと考えてくれたのに、かたくなですみませんでした」

「いいよ、私も大人げなかったから、ごめんね。面白くなくて」


ぺこりと頭を下げていたリッテは、眉間に皺を寄せながら顔を上げた。


「面白くない?」

「あの女生徒たちなんかより、よっぽど君のことを思って心配したのに、あっちの味方をするものだから」

「あ、ああ、いえ、そんな、思ってるなんて……」


ただでさえ頬が腫れているのだから、顔が赤くなりそうな言い回しはやめてほしい。

リッテは無理やりに話題を元に戻すことにした。


「ラナメリットと呼び捨てで呼び合うことにしたんです。友達とそんなふうに呼び合うなんてはじめてで」

「そう、よかったね」

「はい」


 真知子時代ですら名前で呼び合う関係の人間はいなかったし、真知子だからとマチという名前でSNSは各種やっていたけれど、他人の投稿を見るばかりで交流はしていなかった。

 ネットですら名前を呼ばれる機会はなかったのだ。

 ふふ、と嬉しそうにルーヴィッヒに笑いかけると、ルーヴィッヒもリッテに微笑みかけた。

 そして右手をガシリと掴まれる。


「え?」

「じゃあタイミングがいいから、私の名前も呼び捨てで呼ぼうか」

「へ?」


 何を言われているのかわからず、目を丸くしながらぽかんとルーヴィッヒを見やる。

 その唇が動くのが、やけにゆっくりに見えた。


「リッテ」

「ひょえぁ」


 やたらと甘やかしい声音で名前を呼ばれた。

 しかも呼び捨て。

 ベッドの上を逃げようとしたけれど、右手をガッツリ掴まれているので逃げられない。

 用意周到すぎる。


「くく、私のことをルーヴィッヒと」

「む、無理!無理ですよ!からかわないでください!」


こんなのリッテにとっては致死量のルーヴィッヒ成分供給過多だ。

けれどまた顎をくいと持ち上げられた。

この仕草、恥ずかしいからやめてほしいと思う。

親指が、先ほど触れた傷の近くではなく上唇をゆっくりと撫でる。


「魔力をけっこう取ったけど、体調は?」

「ひえぇ、忘れてたのに」

「忘れてもらっては困る」


 唇で弧を描くと、ルーヴィッヒは顔を近づけてリッテの耳傍にそっと艶のある声を吹き込んだ。


「伴侶にしかしてはいけない方法だからね」

「は……」


 顔を離したルーヴィッヒを見れば、なんとも楽しそうな顔で笑っている。


「殿下?」

「名前」

「いや、む」

「もう一度魔力を取られたいのかな?」

「ルーヴィッヒ様!」


 まるで軍隊のように雄々しく呼ぶと、ルーヴィッヒはさらに不敵な笑みを見せた。


「呼びすて」

「本当に許してください……」

「仕方ないね」


 一応妥協してあげたよという反応を見せているけれど、こちらとしては遺憾の意だ。

 しかしこれで疲れている場合ではない。

 確認しなければいけないことがある。


「あの、は、伴侶って」

「耳、気づかないかい?」


 言われてルーヴィッヒを見ると、ふわふわとした黒髪のなかにある形のいい耳。

 そこに、赤いピアスがつけられていた。


「それ、あのときの」

「そう、デートのね」

「でっ」

「君の瞳にあわせた色を選んで、わざわざ穴を開けたんだ」


 それだけ聞いたら、完全に勘違いしそうな展開だ。

 それは出来すぎると疑心暗鬼に陥っていると、ルーヴィッヒがサイドテーブルに置いていた箱をリッテへと手渡した。

 来てすぐに置いていたから、なんだろうと思ったのだ。

 開けていいのかなとルーヴィッヒを見れば頷かれるので、素直に箱の蓋を開けた。


「これ……」


なかに入っていたのは髪飾りだった。

しかも。


「シュバリーヌ……」


 断れなくてあげてしまった髪飾りと同じブランドのデザインだった。

 けれど、以前のものよりずっと繊細で華やかだ。

 職人の腕の良さを見せつける意匠だった。

 しかも宝石が埋め込まれている。

 このシリーズは宝石を入れないデザインのはずなのに、琥珀色の、しかも品質がいいであろうとわかるものがしっかりと埋め込まれているではないか。

 一気に背中に汗が流れた気がした。


「取られてしまった髪飾りの代わりにね」

「ありがとうございます。ところで、ええと、この石は」

「私の目の色だね」

「ひん!」


 やっぱりぃとリッテは崩れ落ちそうになった。

 この髪飾りは総額いったいいくらなんだ。

 考えるのも怖い。

 それに、ルーヴィッヒがリッテの目と同じ色のピアスをつけて、リッテがルーヴィッヒの目と同じ色の髪飾りをつけたら、全方位に勘違いされてしまう。

 勘違いしない方が無理だ。


「あの、ピアスも髪飾りも、みんなが勘違いをするんじゃないかなあ、と」

「実は今日来たのは婚約の申し込みも兼ねているんだよ」

「ひょえぇ!」


遠回しに拒否の姿勢を見せたらとんでもないことを言われてしまった。

いつもよりも格段に大きな悲鳴を上げてしまったけれど、許してほしい。

すべてはルーヴィッヒのせいだ。


「そ、そんなの嘘でしょ?嘘ですよね!?」

「本当だよ。私としては、脈はかなりあると思うのだけれど?」


 恋心を自覚してからそんなに経っていないのに。

 もしや無意識に好きだったときの行動で、なにかやらかしていたのだろうかと泣きたくなった。

 リッテは自分がこのうえなくわかりやすい人間だという自覚がないのだ。

 ズーンと落ち込んで暗雲を背負っていると、ルーヴィッヒが掴んでいた手を離した。

 それにほっとする。


「侯爵にはできれば君の意見を尊重してほしいと、お願いされたよ」

「お父様……」


 あれだけ放任してたのに、本人達の言うとおり大事にしていてくれるているのだ。

 感動していると、ルーヴィッヒはそれを微笑ましそうに見やった。


「あとは用意してきた書類を書くだけだよ」

「展開が早い」


 思わず真顔になってしまう。


「リッテ嬢」

「いひゃう!」


 そっと殴られていない方の頬を手のひらで包まれた。

 その感触に喉から裏返った声が飛び出す。


「ふっ、独特だな」

「か、からかって」


 とうとう涙目になりながら文句を言おうとしたら、こつりと額を合わせられた。


「結婚してほしい」


 ひゅっとリッテの喉がなった。

 飲み込んだ息に、苦しさを一瞬感じる。

 好きだと思ってから告白すっ飛ばしてプロポーズされる。

 だれが予想できるだろう。

 動揺しかない。


「うそお……」

「嘘じゃないさ」

「そうだ、そう!私みんなに嫌われてるなんていうか、悪女なので!」

「悪女は奇声を上げて微妙なお菓子を量産しない」

「うぐぅ!」


 それはそうだ。

 中身が真知子なのでリッテのように気高くない。

 まして小心者なので、多分そういうのが滲み出てるのだろう。

 悪女と思われるのも嫌だけれど、結婚を受け入れたあとに期待させておいてドッキリでしたとか言われるのは絶対に嫌だ。


「なんで、私なんですか」


 ほぼ陥落されている自覚はあるけれど、ルーヴィッヒがリッテを選ぶ理由がわからない。

 わからないから、たとえ好きでも怖くて頷けない。

目前にある琥珀色に震える声で問いかけると、ルーヴィッヒは口元を緩めた。

こんな無防備な顔ははじめてで、リッテは状況も忘れて見入ってしまう。


「目が離せない。ずっと見ていたいと思ったんだよ」

「それ珍獣枠では?」


一気にスンとときめきが落ち着いた。


「違うさ。君を見てると、落ち着かないのに満たされる」

「はわ」

「何よりこんなにキスしたい」


 その言葉に、ズサッとリッテはルーヴィッヒから体を離した。

全身が熱い自覚がある。


「君にこの先、一生キスする権利を私だけにちょうだい」

「ううぅ……」


ここまで言われたら頷くしか選択肢がないではないか。

もともと大好きなキャラクターが大好きな人間になって、さらにそれが恋になったのだ。

最初からリッテの負けは決まっている。

両手で耳まで赤くなった顔を隠すと、ルーヴィッヒがくすくすと笑った。


「君は妖艶な見た目なのに、本当に初心で反応が可愛い」

「なっ」


 思わず顔を上げてしまった。

 確かにリッテは年のわりに発育はいい。

 見た目の雰囲気もいかにも色気のある悪役仕様だ。

 真知子の愛すべきリッテは確かにルーヴィッヒが言うとおりの見た目だけれど。


「す、すけべだ」

「これですけべ認定なのか。厳しいな」


 笑うルーヴィッヒはリッテの責める言葉なんてどこ吹く風だ。

 それが少々おもしろくない。


(負けるな真知子!年上の意地を見せるのよ!)


 奮起するように顔を引き締めて拳を握った。

 ルーヴィッヒがおやと興味深そうにする。


「殿下は私の反応を面白がってますけど、私にだって男性を誘惑することとか出来るんですからね」

「してくれるの?私以外は許さないよ」


 蠱惑的な笑みを向けられ、ごきゅんとリッテの喉が鳴った。

 よくわかった。

自分が勝てる相手ではない。


「……もう許してください」

「仕方ないな」


 敗北宣言するしかなかった。


「じゃあ返事をくれるかい。それで、今度はちゃんとキスさせて」

「それもう返事決まってますよね」

「嫌?」


 そんな殊勝な顔をしないでいただきたい。

 さっきまでのことも忘れて、何でも言うことを聞いてあげたくなる。

 結局、唸ったあとにリッテは覚悟を決めた。


「嫌じゃな、んぅ」


口を開いた一秒後にはキスされていた。

一度目と違い、唇の感触がよくわかる。

小さく啄まれてからキスを終えたルーヴィッヒが、満足そうに笑っていた。


「ぜ、ぜんぶ言ってないのに!」

「そんな真っ赤な顔で言われたら、待てなんて出来ないよ」


 満足そうなルーヴィッヒが自分の唇をツッ、と指で撫でる。

 それが生々しくて、リッテはあからさまにぐりんと顔をそらした。

 そらしたら何故かロリータがいた。

 偉そうに腕を組んで鼻の穴をふくらませたあと、パチパチと拍手して消えてしまった。

 なんで満足そうなんだ。

 あと覗くな。


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