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翌日。
目の前に、にこにこ顔のルーヴィッヒが座っていた。
ちゃんと元に戻ったらしい。
もうちょっと時間をかけて戻ってほしかった。
簡易のワンピースにカーディガンを肩にかけて、リッテはベッドで上体を起こしていた。
あまりにも落ち着こうとして屋敷内をウロチョロするものだから、クラバルトにベッドから出るなと言われたのだ。
顔が腫れている以外は何ともないのに。
ルーヴィッヒもお見舞いだから楽な格好でと言われてしまい、この状態でのお出迎えだった。
王子相手にいいのだろうか。
ルーヴィッヒはベッドの横の椅子に座っている。
(待って。顔見れないっていうより、見られたくないんだけど)
こんな顔で好きな人に会うなんて、どんな拷問だ。
これを理由に断れたのではと今さら思いついた。
後の祭りだ。
ルーヴィッヒはと上から下まで目線を動かして、リッテはそのまま腹部を見つめた。
「お腹蹴られたの、大丈夫でしたか?」
「問題ないよ。大丈夫だ」
「殿下が来てくれてほっとしたんです。なのに蹴られてるの見てるしか出来なくて、すみません」
ぺこりと頭を下げたら、喉の奥で笑われた。
「助けられたのは私だよ。椅子を振り回すとは思わなかった」
「無我夢中だったので」
あれはファインプレーだと自分で感心する。
次があったら、もう少しためらいなくやれるはずだ。
「リッテ嬢の方が酷いだろう」
「顔ですからね」
思わず無になってしまった。
そう、顔なのだ。
真知子が愛してやまない、麗しいリッテの顔。
それが殴られて腫れている。
痛いとかよりそちらの方が腹立たしい。
思い切り椅子で殴っといてよかった。
やっぱりファインプレーだ。
頭のなかで再び伯爵を椅子で殴っていると、ルーヴィッヒの手が伸びてきた。
そっと顎に手をかけられ、切れている唇の近くを指で撫でられる。
「ぴぇっ」
謎の生命体の鳴き声みたいな声を出すと、ルーヴィッヒがやんわりと瞳をたわめた。
その目が近くて、もうちょっと離れて欲しいとガチガチに体が強張ってしまう。
「ラナメリット嬢が魔力を整えて、夜にはこちらへ来る」
「夜ならだいぶ腫れも引いてると思いますけど」
夜にラナメリットが来るなら、なんでルーヴィッヒが昼から来ているのだろう。
王城から来るんだから一緒でいいだろう。
今やラナメリットの気持ちはわかっているので、嫉妬はしない。
ルーヴィッヒがラナメリットをどう思っているかは、返答によってはどん底まで落ち込む自信があるから確認する気はなかった。
ほんのり片思いを楽しもうと決めたのだ。
「傷が万が一にも跡が残らないようにだよ。ラナメリット嬢としても、自分を助けようとして殴られたと泣いていたからね。本人の気が済むまで治癒されるといい」
「はあ、なるほど。気にしなくていいのに」
指がするりと遠ざかっていったことにほっとした。
そして報告があるんだったと思いだし、でも言うの恥ずかしいなとリッテは指先を絡めてもじもじと身動きした。




