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あまりの驚きに息をのんでいると、いつぞやのようにルーヴィッヒが光に包まれて五歳くらいになった。


「でん、か?」


 呆けた声が出てしまう。


「そうだよ。とりあえずこれか」


 言うなりルーヴィッヒが指先をふると、ドンという大きな音とともに植物の動きがピタリと止まった。


「とまった、の?」

「止めたよ」


 小さくなってからの魔法は大変なんじゃと思っていたら、外に面した側の壁が吹き飛んでいる。

 風が入ってきてリッテの長い髪を揺らした。

 植物だけを止めるようにしたのだろうが、それ以外のものは余波でも浴びたのか壁だけでなく室内のものはほぼ壊れている。

 片足の折れた椅子が、かろうじて無事だったかなのレベルだ。

 本当に小さくなると制御が難しいらしい。


「それ」

「え?」


 リッテの顔を見て思いきりルーヴィッヒが眉をしかめた。

 なんだろうと思ったとき、とっさに叫んだ。


「危ない!」

「どこから現れた!」


 リッテの声と同時にルーヴィッヒの後ろから伯爵が怒鳴りつけた。

 さっきまでラナメリットへ近づこうとしていたのに、侵入者に気づいたらしい。

 後ろから服を掴んでルーヴィッヒの軽い体を床に叩きつけた。

 ゲホッとルーヴィッヒが大きくせき込む。

 そのまま伯爵がルーヴィッヒの小さな体に蹴りを入れた。


「ックソ」

「やめて!やめてよ!」


 ルーヴィッヒが顔を歪めて悪態をつくと、さらに腹へと伯爵が蹴りつける。

 魔法を使わないのは、小さくなってから一度大きな魔法を使ったからだろう。

 これ以上使ったら、もっと制御が出来なくなってリッテ達を巻き込む可能性があるのだ。


「やめてよ!体小さいのに死んじゃう」


 ルーヴィッヒに覆いかぶさろうとしたけれど、伯爵にリッテは突き飛ばされた。

 火は近づかないと使えないし、今の状態で集中などとてもできない。


「でんか、どうしよう、でんか……!」

「死ぬほどじゃ、ないよ」


 ルーヴィッヒがリッテに目をやり口元を笑って見せる。

 その様子に、また伯爵が足を振り上げた。

 ぼろぼろ涙が溢れてきたときに、滲む視界のなか。

ある物にふと気づいた。

片足だけ折れた椅子。

今近くにあるものは、それだけだ。

武器になるのは、それしかない。

 ごくりとリッテは息をのんだ。


「が、がんばれ」


 小さな声で呟く。


(がんばれ、がんばれ真知子、がんばれ!)


 嫌なことひとつ拒否できないし、大それたことなんてもっと出来ない小心者だ。

 でもこんなの本物のリッテだったら多分、絶対出来ない。

 真知子だから出来るのだ。


「女は度胸!」


 叫ぶなりリッテは椅子を両手で掴んだ。

 脚を掴んで、折れているのが一本だけでよかったと思う。

 そのまま立って持ち上げた遠心力で、伯爵の右わき腹に思い切り椅子を叩き込んだ。


「ぐあ!」


脇腹を押さえてしゃがみこんだ伯爵から、ぐいとルーヴィッヒを抱き寄せて胸に抱え込む。

髪は振り乱しているし、顔面もぐちゃぐちゃだ。


「殿下!殿下!」

「ははっ淑女がすることじゃないな」


 こんなときにそんな意地悪なことは言わないでほしい。


「こ、のクソ女」


伯爵がよろよろと立ちあがった。

その顔には憤怒が浮かんでいる。

じりじりと後退していると、止まっている蔓のひとつに足をとられて尻もちをついた。

せめてルーヴィッヒだけはと頭をかかえこもうとしたときだ。

小さな手がリッテの黒髪の後頭部にまわされた。

なんだと思ったのと同時に、琥珀色の瞳が視界いっぱいに広がり、唇に柔らかいものが押し当てられた。


「んん!?」


 ルーヴィッヒを抱えていた手を思わず離してしまったくらいの動揺のなか、唇から何かが引き出される感覚がした。

 たとえるなら、うねうねした感覚のものが。

 瞬きをひとつしたときには、ルーヴィッヒが元の年齢へと戻っていた。

 しかも唇を合わせたまま。


「んー!」


 くぐもった悲鳴を上げると、頭をひと撫でしてルーヴィッヒはリッテから離れた。

 そんな場合ではないのに、顔が真っ赤になっているのがわかる。


「さて、散々かわいがってくれたお礼をしようか」

「は?なんだ、何がおこった?」


ルーヴィッヒの変化に伯爵が動揺していると、突如伯爵が床へとめり込むように倒れた。

圧力が強いのか、身動きひとつ、悲鳴ひとつ上げられず歯だけを食いしばっている。

そしてガチリと突然現れた氷に、そのまま全身を抑えつけられるかたちで動きを封じられてしまった。

淡い光のなか、再びルーヴィッヒが子供の姿へと変わる。


「それ、普通の魔法じゃ五時間は溶かせないよ。もちろん私は溶かす気はない。粗相をしないことを祈るんだね」

「う、うわあ」


 つまり五時間トイレにも行けないということだ。

 しかも今のルーヴィッヒの言い方だと漏らすなら漏らせということだろう。

 非道だ。

 こんな愛らしい少年の口からそんなこと聞きたくなかった。

 バタバタとした大勢の足音に、リッテは吹き飛んだドアの方を見やる。

 ルーヴィッヒが手を差し伸べたのを少しだけ手を添えさせてもらって立ちあがると、ルグビウスと騎士数名が走り込んできた。

 まさかルーヴィッヒに続いてルグビウスまで来るとは思わなかった。

 そもそもだ。


「何でクラバルトじゃなくて殿下が来るんです?」

「クラバルトに場所を確認してもらったあと、近くまで来たら私がリッテ嬢の魔力を辿ったんだよ」

「なるほど」


 たしかに来たのがクラバルトだったら窮地は逃れられなかっただろう。

 もしかしたらクラバルトと最初に会ったのがルーヴィッヒだったのかもしれない。


「まったく、図書室で君が逃げるから追いかけたらこれだ」

「追いかけたんですか?何でです?」


 リッテが疑問をなげかけると、ルーヴィッヒが苦い顔をした。

 何その顔。

 追及しようとしたときだ。


「ラナメリット嬢!」

「ルグビウス殿下!」


 いつのまにかルグビウスとラナメリットが感動の再会をしていた。

 正直ルーヴィッヒに必死すぎてラナメリットのことが頭から抜けていた。

 心底申し訳ない。


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