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リッテのぼそぼそとした励ましに、ラナメリットもおずおずと笑みを浮かべた。
「そうですね。結婚なんて絶対に嫌です」
「ルグビウス殿下が、好きなんだよね?」
一応決めつけずに疑問形にした。
もしかしたらルーヴィッヒを選んでいたり、残りの二人と距離を縮めたりしている可能性もあるからだ。
けれど、リッテの言葉を肯定するようにラナメリットは、ぽぽぽと頬を紅潮させた。
「殿下とどうにかなるなんて思っていません。高嶺の花に夢を見てるだけです」
「でも、聖女様だし」
「私自身は……好かれるような人間じゃないですから」
自嘲的な顔でぽつりとラナメリットが呟いた。
それに、疑問符が頭に浮かぶ。
「え、そうなの?みんな好きでしょ?いつも誰かといるし」
「そんなの顔の出来がいいからですよ」
自覚がもの凄くあったらしい。
そりゃ美少女だもんなと、一瞬思考が別のところにいきかけた。
慌てて意識をラナメリットに戻す。
「それに私、自分がズレているってわかってるんです」
「ズレてる?」
「母に、人に優しくしなさいって言われて育ったから、そのとおりに行動してるんです。でも、いつも女の子が離れて行って、男の子が集まってくる。姉も一緒なんです。見てたら違和感は何となくわかるけど、自分のことだと何が駄目なのかわからなくて……」
ラナメリットはくしゃりと泣きそうな顔をした。
そんな表情も美少女だ。
いっそ庇護欲が沸いてくる。
けれどラナメリットの問題はリッテにはよくわかっていた。
ハッキリ言うべきか迷って、結局本人が泣きそうになるほど悩んでるんだしと、伝えることにする。
「その、男は可愛い女の子に好かれてるって誤解して、そのせいで男に囲まれちゃうんだよ。それで女から見たら関わりがないから、男にだけかまってるって思われて距離置かれる。それの悪循環だと思うよ」
「……私、女の子とも仲良くしたいんです」
ぽつりと呟いた声音は切実だ。
「えっと、じゃあ全体的にちょっとだけ距離置いたら?特に男」
「ちょっとだけ、ですか?でも、関わるのなら優しくしないとって思って……」
「しなくていいんだよ」
あっけらかんと言ったリッテに、ラナメリットは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でリッテをまじまじと見た。
そんなことは考えたことがないと、よくわかる。
「優しくしないんじゃなくて、自衛するために踏み込みすぎないようにするの。手助けが必要そうなら手を貸すけどあまり親身にならずに、そのあとは廊下なんかで会えば挨拶する程度の距離でいる。そしたらそこまで男に囲まれないと思うよ。ルグビウス殿下に誰とでも距離が近いと思われるのは嫌でしょ?」
「嫌です」
こくりとラナメリットは頷いた。
その瞳は少し潤んでいる。
「ルグビウス殿下、嬉しい言葉を言ってくれたんです。君は親切なことを誤解されやすいだけだって。ただ優しすぎるだけだって、言ってくれたんです」
「そうなんだ」
そんな会話をするようになってたんだなと少し驚いた。
最近はもう自分のことでいっぱいいっぱいだったから、二人のことを気にしていなかったのだ。
すると、ラナメリットが何度か口を開閉させたあとで、リッテのことをまっすぐに見る。
「ルグビウス殿下、嬉しい言葉だけじゃなく私のこと見ててくれたんです。リッテ様のことを好きなことわかるから、それ以外の相手は女にだって男にだって態度変えてないの、見ててわかるって」
「へ?」
予想外に自分の名前が出てきた。
思わずまぬけな音が口から漏れてしまう。
目を丸くしていると、ラナメリットは少しおもはゆそうに、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「お友達になれて嬉しかったです。ちゃんと関わってくれたのも、私のやり方がおかしいって注意してくれたのも、リッテ様がはじめてなんです。聖女って言われてから周りにいきなり人が溢れて……その人たちが好きかって言われたらそんなことないけど、無下にできなくて」
ラナメリットはきゅっと両手を合わせて握りしめると、ぺこりと頭を下げた。
「食堂のときだって空気がおかしかったのに、私その空気に入っていけなくて、うまく話せなかったです。ごめんなさい」
「いいよ、私もそれわかるから」
ぽんと肩を叩くと、ラナメリットはゆっくりと頭を上げた。
リッテはラナメリットの言葉に、真知子が入る前のリッテを思い出した。
人にうまく馴染めなくて、上手くいかずに空回りしていた。
そのたびに落ち込んでいたのだ。
きっとラナメリットも同じように苦い気持ちになっただろう。
だったらこれはもう水に流すべき案件だ。
それにラナメリットの言葉を借りるならと、リッテはほんの少し頬を赤らめた。
「私も友達……ラナメリット様だけなんです」
「ともだち……」
呆然と呟いたあと、ラナメリットがこれ以上なく破顔した。
その顔に喜んでくれているのだと、ほっとする。
それなら、ともう一歩踏み込んでみることにした。
「あの、さ、その、名前を呼び捨てていい?」
「勿論です!嬉しい!」
弾んだ声を上げるなり、ラナメリットはリッテをぎゅっと抱きしめた。
体温が制服超しに感じられる。
「わ!こういうのが近いんだよ」
「いいの!だってリッテは唯一の友達なんだから!」
お互い呼び捨てどころか敬語も外れてしまっていた。
今がどんな状況かも忘れて、無邪気に笑い合う。
(ルーヴィッヒ殿下に謝らなくちゃ)
友達の定義についての話をしたとき、散々忠告を受け入れずにラナメリットの名前にさえ、かたくなな反応を返したリッテだ。
それをしっかり謝って、それからちゃんと友達になれたと言いたくてしかたなかった。




