52
そっと出口から外を見ると、馬車が止まっていた。
作りから考えて下位貴族かお金持ちの平民の可能性がある。
こんなわかりやすい馬車を搬入口のところに止めていいのだろうかと疑問が残った。
この誘拐犯、絶対に頭よくないと勝手に思ってしまう。
「このあと、どうしよう」
方向だけわかっても連れて行かれた場所がわからなきゃ、助けるのが大変だ。
そこでクラバルトの言葉を思い出した。
自分の魔力なら終える。
(馬車にこの土入れれば、どこに行ったかわかるじゃない!)
私、頭いいかもと思い自画自賛だ。
そして行動あるのみと馬車の方へささっと近づいた。
ラナメリットは馬車の中へ入れられたらしく、男二人は御者台の方へいるようだ。
馬車の後方、どこかくぼみか隙間があればと目を走らせていると、毎度お馴染みロリータが現われた。
「今取り込み中よ」
鬱陶しいと睨みつけると、ロリータは眉を上げた。
なんだその、そんな反応何でされるのかわからない、という顔は。
今までのことを考えたら当たり前の態度だ。
けれどリッテのそっけない態度も何のその。
シャランラと音がすると、足元がつんのめって馬車にゴンと額を打ちつけた。
なかなかの音がしたのでめちゃくちゃに痛い。
「あんたリッテの顔になんてことしてくれるの!?」
真知子のお気に入りだぞ。
ロリータがイェイと親指を立てて消えた瞬間。
「なんだこいつ」
思い切り見つかった。
恐々そちらへ向くと、男二人が立っている。
なんで二人共来てるんだ。
一人なら学園内に走ればなんとかなったかもしれないのに。
「学園の生徒か。面倒くさいな」
「どうせ聖女と同じ下位貴族だろ」
侯爵家ですが。
思わず脳内でツッコみがまわる。
「誰かにバラされたら面倒だ。連れてけ」
「伯爵に文句言われないか?」
「女だったら大丈夫だろ」
女だったらってなんだ。
もの凄く不安を煽るセリフで冷や汗が出そうだった。
そうして馬車に乗れと言われて、乗り込もうとしたらロリータが目に入った。
まだ消えてなかったらしい。
くすくすと声は出なくても笑っているのがわかる。
(いや、なんで笑ってるのこいつ。ムカつくな)
馬車の中には、ぐったり窓にもたれて座らせられたラナメリットが目を閉じていた。
慌てて様子を見ると顔色は悪くないので、眠っているだけらしくほっとする。
窓は外から見えないようにされていて、しばらく走っていてもどこを通っているのかわからない。
一応まだクラバルトの土がポケットにあるから大丈夫かなと若干楽観視していると、小さく呻いた声が聞こえた。
慌ててラナメリットの顔を見ると、うっすらと目が開いていく。
ぱちりぱちりとゆっくり瞬きを繰り返すと、頭がハッキリしてきたのか窓にもたれかかっていた体を起こした。
「リッテ様?あれ、馬車……どうして」
きょろきょろと馬車内を見回して、窓が見えなくされていることに気づいたラナメリットが不安そうな表情を浮かべた。
「ラナメリット様、落ち着いて訊いてね」
「は、はい」
「私達、今誘拐されてるの」
リッテの言葉に、ラナメリットはひゅっと喉を鳴らした。
真っ青になっていくラナメリットに慌ててリッテは安心させるように説明を始めた。
「あのね、こいつら堂々とラナメリット様を運んでいたの。だからあんまりちゃんと計画立てて無いっていうか、どこかの伯爵が犯人なんだけど多分頭悪いから大丈夫だよ」
リッテの説明に、あきらかにラナメリットは困惑していた。
頭悪いってそんなことあるの?といった考えが浮かんだのだろう。
リッテだってそう思う。
お互い微妙な顔をしていると、馬車が止まった。
伯爵とやらの家に着いたらしい。
もし堂々と郊外とかじゃなく王都の屋敷だったら、アホ認定だ。
馬車を降りたら普通に自邸のようだった。
走っていた距離的にも郊外ではないだろう。
アホだ。
リッテが遠い目をしていると、ラナメリットも意味がわからないという顔をしていた。




