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来週まで更新スピードアップします。
通常授業が始まった。
魔法はまだ実技がないと言われたのが残念だ。
リッテはなかなか勉強を頑張っているつもりだった。
勉強は以前のリッテの勉強不足で遅れてのスタートだったけれど、クラバルトが成績がいいと聞いて教えてほしいと言ったら心底驚いていた。
さらに以前のリッテが要領の悪い性格だったこと発覚したので、それ以降つきっきりで面倒を見てもらっていたりする。
おかげで遅れは取り戻せたけれど。
「何で今まで訊かなかったんですか!」
とても叱られた。
一応自分だけで頑張ろうと思ったのだとしゅんと答えれば、盛大なため息を吐かれてしまい。
「今度からちゃんと頼ってください」
疲れたような顔で約束させられた。
それ以来、何だかとても甲斐甲斐しい。
あとリッテが結構手がかかると認定されたのか、以前よりもかなり世話を焼かれている。
以前のリッテとは距離を置いていたのに。
実はかなり世話焼き体質だったのか、今ではオカンと化していた。
最近のリッテは力を抜きすぎだと言われるけれど根は真知子なので仕方がない。
とりあえず良好な関係が築けたので良しとしようと結論づけた。
けれどそれはそれとして、やっぱり魔法は気になるけれど。
そんなわけで学校生活はなかなか順調だ。
ただ放課後の生徒会のときは少し居心地が悪い。
意外と出来る子だと思われたのか、それなりに仕事を割り振られるのだけれど、書類整理なんて事務仕事で慣れているのでテキパキと段取りよくまとめている。
そのあいまに喉が渇いたついでにみんなにお茶を淹れたりもする。
そうなると全員が驚いたような顔をするのだ。
リッテはどれだけ出来ない人間だと思われていたのかと吃驚する。
そして困ったのはルーヴィッヒだ。
たまに観察するような目で追われている気がする。
何だろう、何か変かなと不安でぎこちなくなってしまう。
悪役令嬢の自覚は一応あるけどこのゲームはのんびりした内容だから、そんなに出番はないし小心者だから何もしてないのに。
むしろ悪役令嬢になる以前に侯爵令嬢の仮面が剥がれそうで怖い。
推しの視界でウロチョロするだけでも恐れ多いのに、観察されるのは心臓に悪いと思う。
それでも放課後毎日のように生徒会室に一緒にいれば慣れるというものだ。
今日も今日とてリッテは生徒会室で書類の仕分けを中心に働いている。
本日はルーヴィッヒと二人きりだ。
他の三人は席を外している。
推しと二人きりなど緊張しかないけれど、仕事をしていると思うとスンと気持ちが沈静化して喜べない。
元社会人の弊害だ。
ときめくより仕事を進めねばと思ってしまう。
「殿下、こちらの分の書類の仕分けが終わりました」
紙束を机の上で揃えて立ち上がる。
ルーヴィッヒの机まで持っていくと、顔を上げて手を差しだされた。
「ああ、ありがとう」
「いえ」
紙束を渡したところで、視界にピンク色がよぎった。
なんだと目で追うと、そこにはピンク色のロリータ服の妖精がひらりと飛んでいる。
またいる。
思わずじっと見ているとロリータは以前にも見せた装飾過剰なステッキをリッテに向けて景気よく振った。
シャランラ
聞き覚えのある音がなる。
前回のように何かあるのかと身構えたけれど、特に何も起こらなくて拍子抜けだ。
ついでに言えば、ルーヴィッヒはやはりロリータが見えてはいないらしい。
何で見えてないんだろうとルーヴィッヒを見やると、彼はリッテの右肩あたりを見ていた。
「リッテ嬢、肩に」
「え?」
「蜘蛛が」
「うっひょう!」
ルーヴィッヒの言葉に驚いて体が跳ねた。
右肩を見れば数ミリ程度の小さな蜘蛛だ。
驚くほどのものではなかった。
まぬけな声を上げてしまったと気まずい顔をリッテがすると、ぶふっとルーヴィッヒが噴き出した。
それに思わず眉をひそめてしまう。
今の声は完全に油断していたせいだ。
真知子は咄嗟のときに女の子らしい声は出ないのだ。
笑い声を出さないようにか口元を手で押さえるルーヴィッヒの肩は震えている。
「殿下⋯⋯笑いたければ笑ってもらってかまいませんよ」
笑いたければ笑えばいいと、ぶすくれた声で告げると、ルーヴィッヒはとうとう小さく笑い声を上げた。
「ふ、くくくっなんて声を出すんだ」
「驚いたときは仕方ないんです」
小さくため息を吐いて、再び右肩を見る。
こんな小さな蜘蛛だとわかっていたら悲鳴なんて上げなかったのにと思う。
紛らわしい。
リッテはさっさと窓際に行くと、窓を開けた。
そして身を乗り出して右肩の蜘蛛がいる近くをポンポンと叩く。
「ほら、外行きなさい」
無益な殺生はしない主義だ。
蜘蛛がすぐにピョンと飛んで行ったので、窓を閉めて振り返るとルーヴィッヒが驚いた顔をしていた。
もうどれだけこの表情を見たのだろうか思ってしまう。
けれどそれだけ不審な行動をとっているのかと不安になった。
「何です?」
「蜘蛛が平気なのかい?」
問われて、はてと首を傾げた。
あんな小さい蜘蛛を怖がる要素がない。
「小さかったですし」
「女性はみんな大きさ問わず、虫は嫌がるものだと思ってたよ」
「毒虫でもないですし、平気ですよ」
あっさり答えると、ルーヴィッヒは呆気にとられたような表情を浮かべている。
そこでハッとリッテは、これは侯爵令嬢としてアウトなのかセーフなのかと焦った。
今のルーヴィッヒの言葉だとリッテは彼の知っている令嬢から外れることになる。
淑女なら今のは悲鳴を上げてルーヴィッヒに蜘蛛を取ってもらうところだったのではと結論に至った。
まったく違う行動をとってしまっている。
「リッテ嬢、君は」
「あー!喉渇きましたね!お茶淹れてきます」
不自然すぎる大声でごまかしながらリッテは足早に給湯室へと避難した。
その顔の近くでロリータがひらりと舞う。
どうやらリッテについてきたらしい。
しかしその顔はぶうと頬を膨らませて不機嫌そうだ。
「なんでぶすくれてるの」
さっぱり理由がわからない。




