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ルーヴィッヒと仲たがいしてから数日。
生徒会室にはあれから行っていない。
どう頑張ってもルーヴィッヒの顔をまっすぐ見れる気がしないのだ。
無理やり入ったものだし、いっそ生徒会から抜けてもいいんじゃないかとリッテは思う。
今はもうラナメリットがいるのだから。
食堂でぼんやりとテーブルにつきながら、そんなことを考える。
クラバルトに昼食を貰ってくるから待っていろと言われて、大人しく席を確保してる最中だ。
以前はラナメリットと食事をしていたけれど、いつからかラナメリットが男子学生も一緒にと言うようになり、それを断ってしまった。
それ以来一人で行動しているのを見て、クラバルトがなるべく一緒にいてくれている。
ふいに近くでざわめきが起きた。
なんだと顔を上げると、リッテの視線の先にラナメリットが昼食のトレーを持って歩いている。
一緒にルグビウスやルーヴィッヒといった生徒会メンバーが全員揃っているから、近くのテーブルに来るんじゃないかと皆がざわざわしているのだ。
クラバルトが言うには、貴重な聖女なので下手な貴族に利用されないように生徒会のメンバーが傍にいるらしい。
周りの人間も聖女ということで浮足立っているらしく、教室でもそれ以外でも人に囲まれている。
今も生徒会メンバーに遠慮しつつも、生徒達にラナメリットは囲まれている状態だ。
なんか凄いなあと思っていると、ラナメリットと目が合った。
笑顔を浮かべたラナメリットに罪悪感が沸いて立ち上がる。
クラバルトに怒られるだろうけれど、端の方の席にでもいればいいだろう。
立ちあがった瞬間に、ラナメリットの肩にロリータが現われた。
(もう本当に嫌だ……)
ロリータが現われると、碌なことがない。
ラナメリットがリッテの前まで笑顔を浮かべてくると、お馴染みのシャランラという音。
ロリータのステッキがラナメリットの手元へと振り下ろされた。
「あ!」
ラナメリットの声と、ガシャンと大きな音が鳴ったのは同時だった。
何が起きたのかわからなくて、咄嗟に目を瞑っていたリッテは、おそるおそる目を開けた。
そこには手を滑らせたのかラナメリットの足元にトレーが落ちていて、リッテのスカートには皿に載っていた料理のソースがべったりとついていた。
驚いて目を丸くするリッテに「やだぁ」とか「かわいそー」だとかの軽い声が聞こえてくる。
カッと頬に血がのぼって、恥ずかしくなった。
「あの!」
「大丈夫ですかラナメリット様」
「こめんなさいリッテ様!私」
「聖女様ですもの何かあったら大変だわ」
ラナメリットの謝罪のあいだに口々に声が挟まれる。
それらはケラミルカ達だった。
手のひら返しが凄い。
友達と無理やり思い込んでいたけれど、やっぱり友達ではなかったらしい。
ルーヴィッヒの言うとおりだ。
顔が見れなくて俯いてしまった。
「リッテ嬢、もうそのくらいで許してやってくれないか」
ルグビウスの声にパッと顔を上げると、周りの視線がリッテに集中していた。
ケラミルカ達の声に遮られていたけれど、何度も謝罪をしているラナメリットを無視する形になっていたらしい。
「あ……私、怒ってなんか」
「大丈夫か?ラナメリット嬢」
「ほら、謝っているんだし」
生徒会メンバーで宰相の息子であるサイールと騎士を目指しているアケリムが、ラナメリットをなぐさめながらリッテを見る。
どうみてもリッテが悪者の空気だ。
一瞬だけルーヴィッヒの姿を視界の端へとそっと入れた。
一歩踏み出そうとした動きに、ルーヴィッヒからも周りのみんなみたいな扱いはされたくないと震えそうになる体を叱咤する。
「気にしないで」
言うなりリッテは足早に食堂を出て行った。
そのまますぐ近くのトイレに行き、乱暴な手つきでスカートを洗う。
ソースがついているよりは、濡れているだけの方がマシだろう。
きみキラはラナメリットが聖女になったあとは、誰かとくっつくまでリッテにいびられ続ける内容だ。
「私、何もしてないのに……」
鼻の奥がツンとして痛い。
何の媒体かわからないけれど、やっぱりストーリー自体は変わらないのかなと少し不安になってしまう。
ならばロリータは軌道修正係だろうか。
「あ、でもアニメ」
噂ではオリジナルキャラクターが、ヒロインが攻略対象と幸せになるための試練を用意するのだと言われていた気がする。
「それかなあ。でもアニメのポスターにあの子いなかったよね」
やっぱりこの世界は何の媒体で進んでいるのかわからない。
別にゲームと混同はもう考えて言ないけれど、ロリータが謎すぎて気になる。
あの子が出てきたらハプニングが起こるのだ。
「あれ?そういえばルーヴィッヒ殿下と一緒のときに、よく出てくるな。あとは殿下があとから関わったりとか」
ルーヴィッヒが関わらないときは、まったく見ないのに。
首を傾げながらトイレを出ると、眉根を寄せたクラバルトが立っていた。
食堂での一幕を見て追いかけてきてくれたらしい。
「大丈夫ですか?」
ハンカチを差し出してスカートを見やるクラバルトに、濡れた場所を拭けという事だろう。
ありがたくハンカチを借りて、ポンポンとスカートを叩いて水気をとる。
「大丈夫よ」
だってリッテは悪役の悪女なのだ。
ラナメリットの恋のスパイスとして、なるべくしてなった展開だ。
一瞬唇を噛みしめると、笑顔を取り繕ってクラバルトにハンカチを返した。
そのクラバルトは苦み走った表情をしている。
「前から思っていましたが、不器用すぎます。からまわって誤解を振りまいていたのに、今度は別の意味でからまわって誤解されて」
「そうかな」
「手間のかかる方ですね」
苦笑するクラバルトに、リッテも思わず小さく笑い返した。
『私も愛されたかった』
その言葉を聞いたとき、リッテにもきっと理由があったと思った。
そんな言葉を言うくらい誰もいなくて、可哀想だと思いながらも自分の気持ちをハッキリ言ったリッテが好きだった。
今はリッテの本当の姿を知って、自分だけれどリッテのために頑張りたいという気持ちが真知子にはある。
今はほんの少しだけ気にしてもらえる。
クラバルトがいるし、意固地になってルーヴィッヒを拒絶してしまったけれど、完全に誰からも見向きもされないわけじゃない。
(いじめてもいないし、いじめる気もない。だから大丈夫)
もし大丈夫じゃなくなりそうになったらラナメリットから完全に距離を置こう。
それでも駄目だったら、ゲームのリッテのように潔く学園を去るんだ。
そう決めたら、ほんの少しだけ気持ちが楽になった。




