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よもやと思えば、やはりロリータが目の前に現れている。
口元に手を当てて、何やらにやにやしているのがイラッとしてしまう。
(今はお呼びじゃないのよ!)
混乱してるんだから、おかえりください!と脳内で叫んでいると、聞こえているとでもいうように、ロリータはチッチッと人さし指を左右に動かした。
イラッとするしぐさだ。
「リッテ嬢?」
ルーヴィッヒに呼ばれ、ロリータを無視しようとしたらひらりとルーヴィッヒの方へ飛んでしまった。
追い払えない。
そう思ったとき、ロリータがちょいちょいと横を指さす。
なんだとそちらを見ると、なんとラナメリットが歩いていた。
白いワンピースに帽子という出で立ち、いかにもおしとやかなお嬢様といった雰囲気だ。
清楚な出で立ちに、やっぱりリッテとは真逆だなと思う。
そのラナメリットがふいにこちらを向いた。
ドキリと思わず固まったときには、ラナメリットが嬉しそうにこちらへと歩み寄ってくる。
それにルーヴィッヒも気づいて「おや」と眉を上げた。
「ルーヴィッヒ殿下、リッテ様、偶然ですね」
ラナメリットが嬉しそうに最後には駆け寄ってくる。
可憐な笑顔に、どもりながら「ぐ、偶然ね」と答えた。
ルーヴィッヒもいつもの柔和な笑顔だ。
ちなみに思いきり殿下と呼ばれているけれど、いいのだろうか。
リッテにはやたらと名前を言わせようとしたくせに。
「お買い物ですか?」
「う、うん」
「わあ、二人でなんて、仲がいいんですね」
無邪気に笑われると、どういう態度をとったらいいのだろうと動揺で言葉が出なかった。
ルーヴィッヒと二人でいた空間に、まさか他の人間が入るとは思わなかったのだ。
「君は一人?」
「はい。近くに用事があったんです」
ふふ、と楽しそうにルーヴィッヒへ微笑むラナメリットに、瞬間的にリッテは心がもやついた。
(もしかしてこのあとはラナメリットも一緒に過ごすのかな。いや、いいけど。いいんだけど)
ルーヴィッヒがもし誘ったら仕方ない。
今日はルーヴィッヒ主導のお出かけだ。
なんだか楽しかった気持ちがしょぼんとしぼむ感覚にとまどう。
さっきまでの楽しさが何故かどこかへいってしまった。
(なんか、ちょっと残念な気がする……)
ラナメリットは好きなんだけどなと、誰に言うわけでもなく思う。
これではまるで言い訳しているようだ。
言い訳する相手なんていないけれど、そう思ってしまったことがラナメリットに悪い気がして、リッテは苦い気持ちを飲み込んだ。
「素敵なチューリップですね」
ラナメリットがキラキラした目でリッテの手の中にあるチューリップを覗き込んだ。
そういえばラナメリットに声をかけられてあやふやになっていたけれど、凄いことを言われたんだった。
思わず頬がほんのりと熱くなる。
「うん、今———」
言いかけたとき、ロリータがひらりとラナメリットにステッキを振り下ろした。
あ、と思う暇もなく。
シャランラ。
いつもの音が鳴る。
それと同時に。
「きゃっ」
ラナメリットが後ろからぶつかられて、リッテにどんと正面からぶつかった。
「ふぎっ」
潰された猫のような声が思わず出る。
そして、ぶつかられた衝撃でゆるんだ手から、バサリとチューリップの花束が地面に落ちた。
「あ!」
慌ててチューリップを拾い上げると。
「大丈夫かい?」
ルーヴィッヒの言葉に顔を上げた。
そこにはしゃがみこんでいるラナメリットがいる。
ぱちりと瞬きをすると、ルーヴィッヒがラナメリットに目線を合わせるようにしゃがんだ。
「いた……足が」
「痛めた?」
「みたいです……あの」
右の足首を押さえたラナメリットがルーヴィッヒをじっと見る。
その目はどう見ても助けてほしいという顔だった。
ルーヴィッヒを見てラナメリットを見ると、リッテは抱えていた花束をぎゅっと抱きしめた。
ルーヴィッヒが口を開く前にと慌てて口走る。
「殿下はラナメリット様を送ってあげてください」
「リッテ嬢!」
言うだけ言うと、リッテは走って二人から離れた。
ルーヴィッヒの声が呼んだけれど、それは無視だ。
二人から結構離れたなというところで立ち止まる。
息切れして心臓が破れそうに痛い。
貴族の娘が走るもんじゃないから、体力なんてない。
はああと大きく息を吐きながら肩を落とした。
さきほどの二人の様子を振り返る。
足を痛めたのなら仕方がない。
あそこでラナメリットを見ないふりは出来ないし、手を貸すなら男のルーヴィッヒがいいだろう。
ただ、リッテがそれを見たくなかっただけだ。
もう一度ため息を吐いて、チューリップを見下ろした。
「なんで、見たくないとか思うのよ」
ぽつりと呟きながら見たチューリップは、包んでいる包装紙も花びらもよれている。
それに何だかこみ上げるものがあって、リッテは口を引き結んだ。
「ごめんね」
そっと花びらを撫でると、先ほどのルーヴィッヒの言葉が耳によみがえる。
『花言葉は、愛の目覚め』
動揺したけれど、うっかり深読みしそうになってしまった。
ルーヴィッヒだってそんなことされたら困るに決まっている。
「浮かれそうだったな。気をつけなきゃ。これだから異性に免疫ないのは駄目なのよ」
真知子的にもリッテ的にも、下手したら男に簡単に騙されそうだ。
情けないと思ってしまう。
ルーヴィッヒにそこまで無様な姿は見せていないはずだから、そこは安堵した。
「どこかお店に入って馬車呼んでもらおう」
次の行動を決めて歩き出したところではたと気づいた。
さきほどの二人のことを思い出す。
「あれ……殿下とフラグ立ててたんじゃ」
そう思ったら、そうとしか思えなくなってきた。
そもそもいきなり狙いすましたように、街に来たルーヴィッヒと会うだろうか。
しかも足を痛めるおまけつき。
リッテのなかでは「ルグビウス殿下は?」とか「いまさら別のフラグ?」とぐるぐると色んな言葉が回っていた。
けれど口から出てきた言葉は。
「私、勝てるわけない」
そんな言葉だった。
はっと我に返り、わけがわからずリッテはせわしなく視線をあちこちにさまよわせた。
完全に無意識な言葉だった。
「勝つとか、何わけのわからないこと言ってるの、私……」
自分自身で言った言葉に困惑してしまう。
けれどさきほどのラナメリットとルーヴィッヒの二人を思いだして、リッテは足元を見下ろした。
ここは現実だ。
ゲームの世界じゃない。
けれど、さきほどの出会いはどう見てもルーヴィッヒへのフラグが立ったようにしか見えない。
「ルグビウス殿下が好きなんじゃなかったの……?」
ぽつんとこぼした言葉に、なんだかラナメリットを責めているようでリッテは自己嫌悪に陥った。
ラナメリットが誰を選ぼうと自由だ。
リッテに文句を言う資格はない。
きゅっと唇を引き結んで、リッテは近くのカフェへと速足で向かって行った。




