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外を歩きながら、横に並ぶルーヴィッヒの方をリッテはちらりと見やった。
その形のいい耳に視線を集中させる。
「本当に開けるんですか?」
「開けるよ」
「えぇー……」
「気にするね」
いきなり前触れもなく決められたら、とまどうに決まっている。
しかも自分といるときに。
何かやらかしたのではないかと不安になるというものだ。
「たしかにピアスはちょっといいなと思いますけど」
「いいじゃないか、開けなよ」
「絶対嫌です」
怖い。
耳に針刺すってなんだ。
痛いに決まっている。
真知子はビビりなのだ。
だから開けていなかった。
もしリッテが開けていたら楽しめたけれど、リッテはイヤリングで満足していたらしい。
「開けたら贈ろうと思ったのに。イヤリングは?」
「さっきも言ったけど落としそうだからつけたくありません」
「残念」
何がだ。
リッテはイヤリングを時々つけていたけれど、落としたことなんてない。
しぐさが上品な動きしかしないからだろう。
現在はガサツな真知子が中身なので、落とす未来しか見えない。
「じゃあ別の物かな」
「何がです?」
「何でもないよ」
意味ありげに笑われるのは怖い。
思わずそっと視線を外してしまった。
そこでふと鮮やかな色彩が視界に飛び込んでくる。
通りかかったのは色とりどりの花が飾られている花屋だった。
思わずそれをじっと見てしまう。
真知子のときに丁寧な生活動画を観て、花を飾っていた。
何軒も雑貨屋を見てまわって一輪挿しを購入し、花屋で厳選したものを飾っていたものだ。
いつも小ぶりな花だったけれど、大ぶりなものも買ってみたかった。
大きな花瓶は部屋のスペース的に厳しくて諦めたのだ。
店頭には三色のチューリップが飾られていた。
定番は赤だと思うけれど、ほかの色も素敵だと思う。
「かわいい」
「チューリップが好きなのかい?」
「花ならなんでも好きですよ」
現在のリッテの部屋には花が飾られている。
窓辺やテーブル、枕元にも。
以前のリッテは花が好きだったけれど、好きなものを人に言うことが怖くて誰にも言っていなかった。
否定されるのが怖かったのだ。
クラバルトと話の流れで花が好きだと告げたら、翌日から部屋に花を飾ってくれるようになったのだ。
「チューリップは結構好きです」
これも前世では買えなかった花だ。
とても一輪挿しには飾れない。
「なるほど」
ひとつ頷くと、何故かルーヴィッヒは花屋へと向かって行った。
店員に何事か話しかけているのに、慌ててリッテは呼びかける。
「ちょ、で、あ!る、ルー!」
呼び方をとまどっているあいだに、ルーヴィッヒはさっさと戻ってきた。
行動が早すぎる。
その手にはピンクのチューリップの花束。
(う!推しと花のコラボが眩しい!しかも結構好きな花)
はわわわとリッテは唇を震わせた。
思わず拝みそうだ。
好きなものと好きなものが合わさって、情緒が乱される。
手をわきわきとさせたり、鼻血の有無を確認したりと完全に挙動不審だ。
「リッテ嬢」
「ふぁい!」
間の抜けた声を上げると、ルーヴィッヒが喉の奥でくつくつと笑った。
ルーヴィッヒのせいなので笑わないでいただきたい。
「どうぞ」
「え!」
そっと差し出されたチューリップの花束に、リッテはぽかんと口を開けてピンクの花と綺麗な顔を何度も交互に目をやった。
ルーヴィッヒ本人は悪戯気に笑っている。
「ハンカチを選んでくれたお礼だよ」
「あれはお詫びで、しかもお金を出してないんですが」
「無理に連れ出した自覚はあるからね」
「自覚あったんですね」
「頬をつままれたいのかな?」
「ありがたくいただきます!」
ルーヴィッヒの不穏な言葉にリッテはハキハキとした物言いで手を出した。
淑女としてそう何度も頬を脅かされるわけにはいかない。
「じゃあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ルーヴィッヒから花束を受け取ると、リッテはしんなりと目を細めた。
ほんのりと花の香りがする。
チューリップはしっかりと見ごろの形を保っていて、ピンクの色は目に優しい。
チューリップの花束は純粋に嬉しかった。
真知子時代、買いたくても買えなかった春の花。
「チューリップは赤ってイメージですけど、ピンクも違う雰囲気で可愛いですね」
「それはよかった。ちなみに花言葉は愛の芽生えって知ってたかい?」
「ひょぉう!」
いきなりぶっこまれた情報とおかしそうに笑う顔を近づけられて、リッテは悲鳴を上げて一歩後ずさった。
なんか凄い事を言われてしまった。
(え!どういうこと?あい!あいのめざめ!)
二次元でしか聞いたことがない言葉だ。
本来可愛らしいヒロインが美形に囁かれる甘々ボイスである。
(え、なんで私がそんなこと言われてるの?真知子びっくりよ?)
リッテは美人だけれど元は悪役令嬢の悪女だからキツめで派手な外見だ。
中身の真知子は逆立ちしたってヒロインなんて柄じゃない。
なんだ。
なにがおこってるんだ。
リッテは花束を抱えて、あうあうと動揺のままに口を開いたり閉じたりしている。
それを見ているルーヴィッヒはとても楽しそうで、小憎らしい。
うう、とどう反応すればと呻いていると、眼前でポンと音がした。




