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店内に入ると、とても落ち着いた雰囲気だった。
どう見ても高級感が漂っている。
けれどリッテの勘は当たったらしく、店内は女性ものもあるけれど、どちらかといえば男性向けのように見えた。
「いらっしゃいませ」
迎えてくれたのは三十代ほどの紳士だった。
折り目正しい挨拶に、思わず背筋が伸びてしまう。
「あ、あの、男性向けのハンカチ、あ、男性っていうかこの方に渡すもので」
年齢によって商品のデザインが違うかもしれないと、なんとかつっかえながら伝える。
後ろでまたしても笑う気配がしたので、肩越しにキッと睨んだらおかしそうに目を細められた。
店員はリッテ達にサッと目線を走らせると。
「奥の部屋へとどうぞ」
何故か店頭ではなく応接室らしき場所へと通された。
もしかしたらさっきの視線は服なんかの質を見ていたのかもしれない。
どう見ても服装は地味だけれどこんな店に入ってきたのだ。
それくらいは瞬時に判断するだろう。
ソファーに座ると、ハンカチの載っている布製のトレーがテーブルに並べられた。
これがお金持ちの買い物、と恐れ慄いてしまう。
絶対に何も買わずに出ることが許されなさそうだ。
並べられたハンカチは濃い色から淡い色まで細やかだった。
希望すればワンポイントでイニシャルなどの刺繍を受け付けているらしい。
至れり尽くせりだ。
しかし種類が多い。
隣に座っているルーヴィッヒに、チラリと視線を向けた。
「好きな色ってなんです?」
「特にないかな」
「参考にならないんですけど」
「君に全部任せると言っただろう」
言われたけれど、好みくらいは言って欲しい。
むすりとしながら、リッテはここには無い色を思い浮かべた。
「髪の黒にしてやろうかしら」
ぽつりと口にする。
黒なんてちょっと重くてハンカチといものには不釣り合いな気がする。
実際にそんな嫌がらせじみたことはしないけれど。
ルーヴィッヒは一瞬きょとりとしたあと、にっこりと微笑んだ。
なんか意地悪を言うときの顔をしている気がして警戒心がむくむくと沸いてしまう。
「髪の色、ね。君の?」
「へ?」
言われて、リッテはルーヴィッヒを見た。
一応とルーヴィッヒは帽子をとってはいない。
けれどその隙間から前髪などが見えているので、黒い髪色がよくわかる。
だから、ルーヴィッヒの髪ではなくリッテの? と首を傾げたところでようやく気付いた。
リッテも黒髪だ。
しかもルーヴィッヒよりも濃いぬばたまの髪だ。
つまり黒髪にあわせると言うなら、ルーヴィッヒよりリッテの方が先に連想しやすい。
一気に気づいてしまったリッテは、思わず目をかっぴらいた。
「ちがっ!でん」
「しぃ」
顔を寄せて囁くように言われたことに、口をぱふりと両手で覆ってついでに体をおもいきり引いた。
そのリッテの動きにルーヴィッヒがくすくすと笑う。
「ルーでいいよ。殿下も様もいらない」
「そ、それは駄目では?」
手をギクシャクと下ろすと、リッテはぎこちなく口を開いた。
顔が近かった。
あんなの落ち着いていられない。
ついでに呼び捨てとかできるわけがない。
王子様だという自覚を持ってくれ。
というか。
(たすけて!真知子にはこれ以上の二人きりはもう無理よ!)
店員はいるけれど、いないも同然だ。
リッテなら淑女の仮面でいけたかもしれないが、真知子はそろそろ限界だ。
ルーヴィッヒには自重してほしい。
「王子だと隠してるんだから逆に名前を呼んじゃ駄目だろう?中位の貴族に見えるようにしてるんだから」
その言葉にリッテはぽかんとしてしまった。
てっきり貴族というより市民に溶け込んでいると思っていたのだ。
正直、日本の品質はとてもよかったので真知子的には基準がずれているのかもしれないと気づく。
それにくわえてリッテも結構世間知らずだ。
かたくなに人と関わらなかった弊害が今ここにきている。
「えぇと……じゃあ、ルー?」
「うん?」
呼んでみたら、琥珀色の瞳をたわませてルーヴィッヒが微笑んだ。
正直鼻血が出そうである。
いっそ勢いよく出してもいいんじゃないかなんて、馬鹿なことが頭に浮かぶ。
「ん゛」
酸っぱいものでも食べたような顔でなんとか平静を保つと、ルーヴィッヒが小首を傾げた。
「どういう心情なんだい、それ」
「気にしないでください」




