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コンコンと扉の外からのノックに、二人はそちらへと顔を上げた。
ルーヴィッヒが答えると、扉を開けて現れたのはルグビウスだ。
慌てて立ち上がり挨拶をと思ったけれど、手で制されたので座ったままぺこりと頭を下げる。
「どうかしたかい?」
ルーヴィッヒが隣に座るかと手をひらめかせるけれど、ルグビウスは首を横に振った。
長居する気はないらしい。
「なにかあった?」
「ラナメリット嬢がリッテ嬢を助けたお礼が言いたいと訪問の許可を申し出てきた」
「会うのは無理だね」
「だから断っておいたぞ」
一応伝えるだけ伝えに来たらしい。
しかし、はてとリッテは首を傾げた。
(何で私を助けたことで殿下にお礼を?)
リッテ自身が訪問するのはともかく、ラナメリットは昨日ルーヴィッヒとほとんど接触していないはずだ。
それに何故リッテが理由で?
よくわからない。
(なんか凄く気を使いやすい性格なのかな)
昨日の遭難から戻ってからのラナメリットを思い出す。
とても動揺していたし、リッテの姿に安堵していた。
それでわざわざ助けに行ったルーヴィッヒにお礼をと言いだしたのだろうか。
「いい子だ」
おもわず口からポロリと出てしまう。
「そうだな、いい子だ」
リッテの言葉にルグビウスが同意した。
それに「あれあれあれー!?」とテンションが内側で上がってくる。
ルグビウスはラナメリットをちゃんと個人として認識しているらしい。
しかも今の口ぶりでは、なかなか好意的な感触だ。
ラナメリットはルグビウスを好きだと言っていたし、完全にゲームで言えばルグビウスルートだろう。
二人が並ぶ姿は綺麗だし、せっかく親しくしているラナメリットの恋を応援したい。
ここは援護しておくかとドレスの影で握りこぶしを作った。
「はい!いい子ですよ!優しいし、料理上手ですし、可愛いですし」
「……そうか」
「挨拶されているんですよね!?」
「何故か、目がいくからな……」
それはもう恋では?
リッテ的には恋の予感がビシバシする。
真知子にもリッテにも恋愛経験はないけれど、真知子は伊達に漫画やアニメを観ていない。
少女漫画的な展開で言えば、これはもうほぼほぼ恋を自覚する前の両片思いだ。
ここで自覚させるか遠回しにちょっと誘導しておくか。
「それって」
「ストップ。ほら、ルグビウスは伝言を伝えたんだから、戻るといい。忙しいんだろう?」
「ああ」
いいところでルーヴィッヒに邪魔された。
ルグビウスはリッテに「ゆっくりしてくれ」と言い残すと部屋を出て行ってしまった。
惜しかった。
とても惜しかった。
おもわず口角が下がってしまう。
真知子はリッテを意識しないとすぐに表情が出やすくなってしまう。
いけない、いけないと、とりつくろうとすると、口元に何かが押し付けられた。
何だと思うと、ルーヴィッヒの少年らしい細い指がチョコレートをつまんでリッテの唇に押し付けている。
おもわず口を開けてしまったら、そのままチョコレートを入れられてしまった。
「らにひゅるんですか」
もごもごと口を動かしながら「これってあーんじゃない?」と若干恥ずかしくなる。
はじめてではないけれど、なんだか恥ずかしい。
とりあえず今は子供なのでセーフだと、なんとか顔が赤くなる前に心を落ち着けた。
「別に」
別にじゃない。
素知らぬ顔でいるルーヴィッヒに、おもいきり半眼を向けてしまった。
「君、ルグビウスとラナメリット嬢をくっつけようとしてるのかい?」
あからさますぎたらしい。
まあルーヴィッヒにはバレるかなと思っていたので、想定内だ。
「ルグビウスはそういう面では鈍感だし、あまり成熟していないから気づかないよ」
「自分はしてるみたいな言い方ですね」
「そうだね。凄く最近したかな」
「え……」
どういうことだ。
ルグビウスより恋愛面において一歩抜きんでているということは、好きな人でもいるのだろうか。
サッと視線を手元に下ろして、バクバクする心臓をやり過ごそうとした。
(好きなひと、いるのかな。いや、いいんだけど、ラナメリットがルグビウスを選んだら、いつかはそうなるし。そもそも殿下はキャラクターじゃないから、そのとおりに動くわけじゃないし)
ぐるぐると心のなかで自分を納得させるような言葉がまわっている。
何故こんなに動揺しているのかリッテにはわからない。
やっぱりまだ推しとルーヴィッヒが切り離せていないんだと、動揺する頭のなかでなんとか結論を絞り出した。
「本人が気づくまで無駄な努力はやめておくといい。それに、そもそも身分違いだ」
「それはお気になさらず」
「重大だろう」
「いいんです。気にしないでください」
キッパリとリッテは言い切った。
創作と現実は違うとは思ったけれど、それでも世界観や今いる人間はゲームや漫画の影響が強い。
多分ラナメリットは聖女に目覚めるだろうとリッテは思っている。
聖女は王族と結婚できる。
むしろ王族との結婚が基本だ。
次点で公爵家などの高位貴族。
けれどラナメリットとルグビウスが望めば、二人は完全に結ばれることが出来る。
そのためにもルグビウスには自覚してもらいたいのが本音だ。
リッテはルグビウスとはほとんど話さないから、こんなときくらい後押ししておきたかった。
ルーヴィッヒに阻まれたけれど。




