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次の日。

リッテの体は頑丈だった。

昨日完璧に処置された足に、痛みはない。

なので、ものすごくお世話になったからルーヴィッヒのお見舞いに行きたいと手紙でお伺いをした。

実習日の次の日は、もともと授業は休みだ。

風邪なんて一ミリたりとも素振りを見せなかったリッテと違って、子供になっていたルーヴィッヒが熱でも出しているのではと思ったのだ。

ルーヴィッヒで暖もとりまくったので、お礼も言いたい。

手紙の返事で了承の意が伝えられると、リッテはいそいそと王宮へと急いだ。

ルーヴィッヒの部屋に行くまでに、他の貴族たちが廊下を行きかう場所を通ったときだ。

ひそひそと声をおさえる気があまりない会話が、訊こえてきた。


「魔法を使うたびに子供になるんだろう?」


その一言に、リッテは思わず立ち止まりかけた。

多分、というか、どう考えてもルーヴィッヒのことだとわかる。

うっかり歩くスピードが落ちてしまうと、会話の続きが耳に届いた。


「魔法を使うたびになんてなあ」

「あれでは王位を狙えない」

「ルグビウス殿下よりも扱いやすいだろうから、ルーヴィッヒ殿下に王太子となってもらいたいのだがな」


あぁん? 思わず口を歪めていちゃもんをつけたくなった。

なんだその完全傀儡宣言。

言いたい放題で胸倉を掴みたくなる。

指先が微かにわきわきと動いたけれど、ハッと我に返って「私は淑女、私は淑女」と心のなかで二回復唱して落ち着いた。

そのままルーヴィッヒの部屋に案内されて入室すると、ソファーに座っていたルーヴィッヒが、きょとんとした。

まだ元には戻れないのか、子供のままだ。

リッテは昨日の遭難中にバッチリ関わってしまったので、この姿でも会ってくれたのだろう。


「なんだい、そのぶくすれた顔」

「別に。何でもありませんけど」


完全に何かありましたよと言う顔だ。

呆れたような視線を無視して、リッテは持っていた箱を差し出した。


「お見舞いです。糖分補給にどうぞ。苦みの方が強いチョコレートケーキです」


普通のチョコレートひとつぶよりも、栄養があるだろう。

脳みそは食いしん坊なのだ。

チョコレートひとつなんかでカロリーが賄えるわけがない。

テーブルの上にあったチョコレートを見て、思わず眉をひそめそうになってしまう。

これを食事代わりにしている可能性が物凄くある。


「君の手作りじゃないよね」

「違いますう。どうせ不味くなるから作らないですよ」


あれだけ言われてそれでも手作りを持ってくるほど図々しくはない。

今回はちゃんと人気の店で苦みの強いチョコレートを、と注文したのだ。

一応味見はした。

大人の味だと微妙な顔で言えば、クラバルトに完全に子供扱いされたのは遺憾の意である。


「不味くても、君が作ったものなら別にいいけどね」

「え!クセの強い食べものが好きなんですか?」

「何でそうなる」


思いきり半眼を向けられてしまった。

さっさと座るように促され、ソファーへと腰を下ろす。

広々とした室内はリッテの部屋よりも広い。

なのに寝室なんかは別らしい。

この部屋には書き物机もなくて、完全にくつろぐための空間らしかった。

壁には手前の棚を移動できる、二層式の本棚がずらりと並んでいる。

とにかく大容量の本棚は、ルーヴィッヒがどれだけ本を読むのかを表している。

チョコレートを食べるということを知ったときも、本に夢中になって食事を忘れたからだった。

物珍しげにリッテは控えめに赤い瞳を動かして室内を見ていた。

リッテの部屋も豪華で広かったけれど、比べ物にならない。


「まだ戻れないんですか?」

「もう少しだね」

「体は大丈夫なんですよね?」

「もちろん」


ルーヴィッヒの言葉にほっとした。

昨日も支障はないと訊いていたけれど、とりあえず安心のための確認は大事だ。

リッテのせいで縮んだのだから。


「昨日はすみませんでした」

「別に君が謝ることじゃないだろう」


ほぼほぼ自業自得なので、自己満足でも謝っておきたい。

もう一度謝罪を口にして顔を上げると、ルーヴィッヒは本当に気にしていないように肩をすくめた。


「それで?どうしてぶすくれてるんだい」

「別にぶすくれてなんて、いません」


ぷいと顔を背けるけれど、つい唇が尖ってしまう。

どう見てもぶすくれた姿だ。


「ふむ。悪口でも訊いたかい?」

「いいえ」


ぴくりと指先が反応してしまったけれど、リッテは顔を引き締めた。

まだルーヴィッヒの陰口を訊いたとはバレていない。

悪口陰口なんて、するもんじゃないとリッテは思っている。

言う人間は楽しいかもしれないけれど、言われた人間も訊いた人間も嫌な気持ちになるだけだ。


「その様子じゃ私のかな。今なら傀儡にしやすそうなのに魔力の持ち腐れな、使い勝手が悪い王子、かな」

「そこまでじゃないですよ!あ⋯⋯」


勢いよく否定して我に返った。

どう考えてもルーヴィッヒの言葉を肯定している態度だ。

ルーヴィッヒが喉の奥で笑うのとは対照的に、リッテはずーんと肩を落とした。


「別にずっと言われていることだよ」

「そうなんですか?」


「ルグビウスは正義感が強いからね、一部の人間にとっては扱いづらい。私の体質は有力貴族なら知っているから、ルグビウスを王位につけたくない連中以外は使い物にならない存在でいてほしいんだよ。双子だからね、入れ替えようと思えば入れ替えられる。逆に私を王位につけたい人間は使い物にならない私を操りたい」

「どっちの勢力も失礼極まりないですね」


真顔で言い切ってしまった。

眉間にうっかり力が入るのをルーヴィッヒがおかしそうに笑った。


少し私生活がバタついているので、若干更新頻度が遅くなります。

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