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外が何だか騒がしい。
雨音はしばらく前からしていないから、外からの音がよく聞こえる。
「迎えが来たみたいだね」
「え!?ここ、わかるんですか?」
「ルグビウスが私を追えるようにしてるって言っただろう。お互い魔力を追えるようにしているんだ。ほら、いい加減離して、こんなところ見られるわけにはいかないだろう」
それもそうだ。
王子で暖を取っていたなんて知られたら、めちゃくちゃ怒られるに決まっている。
それを口にすると、ルーヴィッヒに「そうじゃない」と苦い顔をされてしまった。
パチンと指を鳴らしたルーヴィッヒが魔法を解除したようで、一気に暖かい空気が無くなった。
ぶるりと体が身震いする。
「早く上着を着て」
「上着べしょべしょですけど」
「いいから」
うながされて上着を着れば、水を吸ったせいで随分重い。
やっぱり脱ぎたいと思ったけれど、ルーヴィッヒにじろりと睨まれ牽制されたので、大人しく着ておくことにした。
「ルーヴィッヒいるか」
知っている声と共に現れたのは、やはりルグビウスだった。
騎士も一緒に現れたので、ルグビウスが先導してきたのだろう。
ルーヴィッヒの姿に、ルグビウスがわずかに目を瞠った。
「魔法を使ったのか」
「色々とタイミングが悪かったんだよ」
肩をすくめたルーヴィッヒに、ルグビウスはともかく騎士に見られて大丈夫なのかと思っていると「王宮に近い人間はみんな知っているよ」とあっさり言われた。
学園では隠しているだけで、王宮では案外知られているらしい。
ルグビウスがリッテの方を見て、上から下までサラッと視線を走らせた。
「リッテ嬢も見つかってよかった。怪我は?」
「足を怪我してるから応急処置をしたら家に帰してよ」
ルーヴィッヒの言葉に、ルグビウスが頷く。
すぐに指示を出すと、騎士の一人が失礼しますとリッテを抱き上げた。
一瞬、ひょっと声を上げかけたけれど悲鳴は出なかった。
ルーヴィッヒのときはあんなに悲鳴を上げて動揺したというのに、顔の体温もまったく上がらない。
なんでだ。
「リッテ嬢は教師の元で応急処置を。ルーヴィッヒは王宮へ戻るぞ」
「あ、あの」
ちゃんと戻るとは訊いたけれど、大丈夫だろうかとルーヴィッヒとルグビウスを交互に見やると、ルグビウスはルーヴィッヒが縮んだことに動揺していると思ったらしい。
「このことは学園では他言無用だ」
「はい、もちろん」
こくこくと頷くとルグビウスもひとつ頷いて「早く王宮へ」とルーヴィッヒを促した。
そわそわと落ち着かない顔で背中を向けたルーヴィッヒを見やると、まるで問題ないとばかりに肩越しに振り返って口角を上げていた。
「ちゃんと手当してもらうように」
その言葉に頷くと、騎士に抱えられたまま正反対の方向へお互い歩き出す。
見えなくなるまでリッテはその小さな背中を、赤い瞳で追いかけていた。
騎士に抱えられて教師や生徒がいる場所へ行くと、応急処置の準備の道具を持っていた教師から手当を受けた。
そして、帰れるように馬車の手配なんかをするからと生徒から外れたところでぽつんと座る。
泥だらけで侯爵令嬢が地面に座っているなんて前代未聞だろう。
なんかイメージ壊しまくってごめんと真知子はリッテに謝った。
悪気はないんだ。
ちょっとしょんぼりしていると、走ってくる早いテンポの足音がして、そちらへ目をやるとラナメリットが泣きそうな顔で立っていた。
「わ、私のせいですみません。無事でよかった⋯⋯!」
なんかもう涙声だ。
外見とあいまって保護欲だとかが溢れてくる。
たしかにきっかけはラナメリットだけれど、全面的にリッテの行動の結果だ。
ラナメリットのせいではない。
「気にしないで、私が勝手にわりこんだせいだし」
安心させるように笑うと、ラナメリットの眉がへにゃりと下がった。
「⋯⋯先生には事故だと報告されたって」
声音が少し不満気だ。
完全に事故じゃなくて事件だったのだから、その反応もわかる。
チラリと少し離れた所にいるケラミルカ達を見やると、取り巻きじみている友人達はこちらをチラチラ見ているけれど、ケラミルカ自身はまるで何事もなかったかのように、こちらを丸無視している。
まあ証拠もないし、ラナメリットの証言だけでは弱い。
それに。
「あの子達、一緒にお茶した人だから大事にするのはちょっとね」
リッテとしてはお茶にわざわざ誘ってくれたのだから、友人になってくれるかもしれない淡い期待を抱いているのだ。
「事故だよ」
「⋯⋯いいんですか?」
ずいとラナメリットの顔が近づいた。
可憐な顔がドアップだ。
正直距離が近い。
というか近すぎる。
「だって、そうだし」
ラナメリットの距離の詰め方にしどろもどろに答えると、ようやく顔を引いてくれた。
たとえ美少女でも顔が近すぎると変な汗が出そうになる。
「具合はどうだ、リッテ嬢」
「ルグビウス殿下」
声をかけられて顔を上げると、そこにはルグビウスがいた。
ルーヴィッヒと帰るのかと思ったけれど、リッテを送り届けてから帰ると集合場所まで同伴してくれたのだ。
これからルーヴィッヒを追いかけて帰るのかもしれない。
「はい、大丈夫です」
しっかり頷くと、ラナメリットの下がっていた眉が元の位置に戻った。
「本当によかった」
「とても心配していたからな」
ラナメリットの安堵の声に、ルグビウスがどこか優し気な声で安心させるように声をかける。
「リッテ嬢はこのとおり無事だから、安心するといい」
「はい。ありがとうございます」
なんかリッテの存在が忘れられている。
二人の足元にはリッテが座っているのだけれど、忘れられている。
別にいいんだけれど、なんだか腑に落ちない。
見つめ合う二人は、なんだか眼差しに熱が灯っているようだ。
そこではたと気づく。
これはリッテがいないあいだに仲を深める何かがあったのではないかと。
二人が仲良くしているのは嬉しい。
嬉しいけれど。
(できれば私のいるところで関係が進んでほしいなあ)
見つめ合う二人を見上げながら、リッテは生温い眼差しになっていることを自覚した。
ちなみに屋敷に帰ったら連絡を受けたクラバルトが待機していて、お説教を受けた。
まさか落ちたあと雷と大雨で遭難なんて気をつけようがないのにと、リッテは解せぬという顔で殊勝な顔をしていた。




