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「寒さは大丈夫そうかい」
その言葉に、リッテはまた腕でルーヴィッヒを抱えなおす。
身じろぎされたけれど、気にせず体を自分の胸のなかへと抱え込んだ。
どこか諦めたようにルーヴィッヒがため息を吐くけれど、何が原因かよくわからない。
「大丈夫です。殿下あったかいから」
「ぐっ⋯⋯」
呻くような声が胸元から聞こえたけれど、自分の口から飛び出た言葉にリッテは目を丸くした。
温かい。
今体を密着させているルーヴィッヒの体は、温かいのだ。
(体温⋯⋯あるんだ)
何を当たり前のことを、と思った。
生きているのだ。
温かいのは、体温があるのは当たり前だ。
そして行き当たった考えに、そっかと眉を下げた。
ルーヴィッヒには顔が見えなくてよかったと思う。
(現実で生きてる人間なんだ。キャラクターなんかじゃなくて⋯⋯ここも現実で。だからゲームにないことばっかり起こるんだ)
そんな当たり前のことがまったくわかっていなかったことに、リッテは恥ずかしくなった。
目の前のルーヴィッヒとゲームのルーヴィッヒは違うのに、同じと決めつけてそれを押しつけた。
そりゃあ、あんな冷たい目で見られるはずだ。
(自分の情けなさに泣きそう)
なまじゲームとストーリーが微妙にかぶっていたりしたから、余計そう思い込んだのだろう。
(ストーリーが同じだろうと、現実なんだってちゃんと理解しなきゃ。ルーヴィッヒにも⋯⋯ううん、殿下にも悪いことしちゃった)
しゅんとしながら、リッテはルーヴィッヒに回していた腕に力を込めると、背中を向けていた少年の体を横抱きの体勢にした。
「ちょっ君っ何して!」
完全にルーヴィッヒは動揺している。
その黒髪から覗く耳が赤くなっていた。
リッテの体を離すために腕を伸ばしたいけれど、うかつな場所に触れるわけにもいかず、ルーヴィッヒは固まってしまっていた。
けれどリッテはそんなことは微塵も気にせず、ぺこりと頭を小さく下げる。
「ごめんなさい」
殊勝な態度に、ルーヴィッヒが動揺をおさめるようにリッテに半眼を向ける。
「何だい、いきなり」
「⋯⋯このあいだ、殿下のこと勝手に決めつけるようなこと言いました。よく知りもしないのに」
「このあいだのことなんて、いまさら気にしていないよ」
「ちゃんと改めます。殿下は優しいけど性格いじわるだって」
キリッとした顔で断言したら、少年らしい細い指が伸びてきて。
「いひゃい!」
頬をぐにっとつねられた。
跡が残るほどではないけれど、淑女にすることではない。
「何でつねるんですか!」
「当たり前だ」
真知子だからよかったものの、それ以外の淑女だったらひんしゅくものだったからね!とつねられた頬を押さえてルーヴィッヒに眉を寄せた。




