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「⋯⋯殿下、あれ⋯⋯」
「⋯⋯洞窟だね」
都合よすぎないか?
なんで雷で枯れた木の後ろに、雨宿りしろとばかりに洞窟があるんだ。
ルーヴィッヒもあっけにとられて洞窟を見ている。
そりゃあそうだ。
「木の下よりかは安全だ。行こう」
「⋯⋯はい」
ルーヴィッヒの言葉に頷くと、ロリータがパチンとウィンクした。
大変あざとらしい仕草で。
そしてそのまま姿を消してしまう。
何がしたいんだこいつ、とリッテのなかの真知子が口悪くなっている。
ルーヴィッヒに抱えられたまま洞窟へ向かいながら、リッテはうぅーん?と頭のなかをひっくり返した。
この展開は絶対にゲームにはない。
ゆるふわゲームなので、こんなぬるめとはいえ緊迫感が出るような展開は一切ない作品だ。
(やっぱりアニメかコミカライズ?じゃあもしかしてラナメリットが落ちる展開だったのかな?)
リッテが飛び出さなかったら、そうなっていただろう。
もしかしてラナメリットが落ちて誰かが助けに来る展開だったのだろうかと思うと、悪い事をしたと思う。
ルーヴィッヒが今ここにいるということは、もしかしてと思う。
(ラナメリットが落ちてたら、ルーヴィッヒがこんなことをしてあげたのかな)
想像でラナメリットがルーヴィッヒに抱き上げられている姿を思い浮かべる。
なんかやだ。
似合うかもしれないけれど、なんかやだ。
説明がうまくできないけれど、ルーヴィッヒはなんか駄目だ。
(やっぱりルグビウスとラナメリットじゃないと嫌だからかな)
洞窟へと入って行くルーヴィッヒの顔を盗み見て、ほんの少しほっとした。
「今は、私だし」
「何か言ったかい?」
「いえ!」
口のなかで転がすように呟いた言葉は、ルーヴィッヒに聞こえないような声量だったのでごまかした。
洞窟内部は人が三人入ってギリギリといったような、こぢんまりとしたものだった。
雨風がしのげただけ、外よりも暖かい。
ロリータのいいように事が運んでいるようで少し業腹だけれど、仕方ない。
雷のなる大雨の外にはいたくないというのが本音だ。
絶対に嫌だ。
ルーヴィッヒにそのまま地面へと下ろされた。
制服が汚れるなんてと普通の令嬢だったら気にするだろうけれど、真知子は着古した服が一番というズボラ体質だったので、なんの問題もない。
多少クリーニングがとは思ったけれど、それだけだ。
本当は可愛い部屋着とかとても興味があった。
モコモコだったりワンピースだったり。
しかし得てしてそういうものは高い。
部屋着を買うよりオタク活動。
それが真知子だ。
抵抗なく座るリッテに若干驚いたようにわずかに眉を上げると、ルーヴィッヒも地面へと腰を下ろした。
「服、一番濡れてる上着だけでも脱いだほうがいい」
「あ、はい」
ルーヴィッヒが上着を脱ぎながら言った言葉に、それもそうかと納得する。
貴族の制服なんて生地もしっかりしているから、前世のシャツみたいに「きゃあ、透けて下着が!」なんてエロハプニングは起きない。
安心して脱げる。
ルーヴィッヒの言葉に頷いてから、リッテはさっさと上着を脱いだ。
「私が言っておいてなんだが……君、ためらいもなく脱ぐな」
「? シャツ着てますし⋯⋯」
脱げと言ったのはそっちだ。
何故驚く。
「はぁ⋯⋯まだ十三だからか?」
「何がです?」
さっぱりわからない。
ハッキリ説明してほしいと、隣に座るルーヴィッヒを見やった。
その瞬間。
ぐるるる。
「あ⋯⋯」
気まずくなるくらいに勢いよく、リッテの腹の虫が鳴った。
なんかもう恥ずかしさすら通り過ぎる勢いの音だ。
「ほら」
そっけない声でルーヴィッヒが投げたものを、リッテは慌てて両手でキャッチした。
手のひらの上を見ると、ルーヴィッヒが非常食だと言っていたチョコレートだ。
「それくらいしかなくて悪いけれど」
「殿下のは?」
「私は腹はすいていない」
ムッとリッテは唇を引き結んだ。
昼食はスケジュール的にまだ先の予定だったので、空腹は感じているはずだ。
くわえてルーヴィッヒが本を優先して食事をほっておくことを、リッテは知っている。
朝食を真面目に食べてきたか、怪しいものだ。
「いりません!殿下が食べる非常食ですよね、これ」
ずいとチョコを差し出すと、ルーヴィッヒが少し面倒くさそうに眇める。
「子供が遠慮しない」
「子供扱いしないでください!」
「私から見たら子供だよ」
ルーヴィッヒの取り付く島もない様子に、むむむとリッテはぶすくれた顔をしたあとにプイとそっぽを向いた。
「たった三歳じゃないですか」
ツンと言い放てば「そうかい、わかった」とルーヴィッヒが言うや否や、チョコレートの包みを開けた。
ようやく食べる気になったかと思っていると、顎を掴まれて顔を向き合わされる。
「はぇ?」
なんだと思わずまぬけな声を出した唇にチョコが押し付けられ、そのまま押されて口内へ滑り込んできた。
「ふぐ!?」
「君は強情だね」
無理やり食べさせられたチョコレートは高級な味がして、大変おいしいものだった。
前回貰ったものよりも少しビターな大人の味だ。
そうではなくて。
甘いものを喜んでいる真知子とは別に、リッテの記憶が淑女とは!と説教してきそうだ。
そしてさらに。
「はぶしゅっ」
「豪快だな」
もはや淑女とかいっちゃいけないほど豪快なくしゃみが出た。
せめて小さく「くしゅっ」とか「くちっ」とか可愛らしいものだったらセーフだっただろうに。
リッテに申し訳ないけれど、もうどうとりつくろっても淑女の仮面が完全に剥がれている。
すでにルーヴィッヒの前ではだいぶ剥がれているから、記憶の中のリッテにごめんと思いつつも真知子はもう諦めてくれと肩を叩いて慰めたくなった。




