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その場を離れようとしたら、ぐいと腕を引かれた。
「ひょやあ」
突然のことに驚いて声を上げてしまうと、耳元で「ふっ」と吐息で笑う声がする。
バッと慌てて振り向くと、近いところにルーヴィッヒの顔があってリッテは「ひえ」と口のなかで小さく悲鳴を上げた。
その反応になのか、ルーヴィッヒの肩が揺れてまた唇から小さな笑い声が漏れる。
「あ、あの、離してください」
肩越しに振り向いたまま何とか要望を口にすると、ルーヴィッヒは何かを考えるように一瞬視線を斜め上へ向けると、すぐに満面の笑みを浮かべた。
その顔はゲームでよく見ていた表情に近いけれど、もうリッテはルーヴィッヒに警戒心しかなかった。
「そういえば、わかりやすい初心者用の魔法について新しい本があるんだけど読みたくはない?」
何とも魅力的なお誘いだ。
しかし何か企んでいるのではないかと、警戒しかない。
「⋯⋯読みたい、ですけど」
貸してくれるのだろうか。
おそるおそるルーヴィッヒを見上げると、にっこりと微笑まれた。
「読ませてあげるし、魔法も教えてあげよう」
返事をしあぐねていると、ルーヴィッヒの唇が耳元に寄せられた。
触れるか触れないかの距離で、吐息が当たる。
「明日は休みだから、城においで」
「ひゃひい!」
あまりの近さに奇声を上げると、くすくすと耳元で笑う声。
動揺したままあうあうと身動きをとれずにいると、ルーヴィッヒはそれはそれは楽しそうに微笑んだ。
「微妙なお菓子のお礼に、美味しいお菓子も用意しよう」
余計なお世話だ。
結局はいと了承するまで逃がしてもらえず、リッテは約束を交わした。
そして今日は以前のガゼボにて、二人並んで座っている。
膝の上に約束の本を広げて、右手はルーヴィッヒの手に包まれている。
遠慮したかったけれど、魔力の動きを感じるにはこれが一番わかりやすかった。
これは勉強の一環だから仕方がないと言い聞かせまくる。
見た目はまだ十五歳だし、優男なのに手が大きい。
リッテの小さな手は簡単に包まれてしまって、ちょっとドキドキと挙動不審になりそうなのを、なんとかこらえていた。
「緊張してる?」
「私をからかってるんですか」
くすりと笑みを零すから、思わずジトリと半眼を向けてしまった。
「まさか、魔法を使う手伝いだよ。ほら、指先から魔力を押し出す感覚だ」
むうと唇を尖らせたけれど、ルーヴィッヒに魔力の流れを誘導されて体の中にあるぐねぐねとした魔力を指先に集めるよう集中する。
むむむと自分の手を見つめて魔力を押し出す感覚で動かすと、指先に小さい火が灯った。
「やった!」
喜んだ途端に火は消えたけれど、自分で魔法を出せたことに変わりはない。
思わずにっこにこだ。
「よくできたね」
手を離したルーヴィッヒに柔らかく褒められて嬉しいとうっかり思ってしまい、リッテは顔を引き締めた。
そっけないようにつんと顔を背ける。
「殿下は私のこと嫌いなのに、よく魔法教えようなんて思いましたね」
助かりますけどとごにょごにょ零す。
ルーヴィッヒはそんなリッテの様子に眉を上げた。
「そうだね」
あっさりした返答に、やっぱり嫌いなんだとズーンと気持ちが重くなる。
そりゃ好かれることはしていないけれど、ハッキリ嫌いと言われるほどにはしでかしていないと思うのに。
まあでも一応、悪役令嬢だしなと内心ため息を吐いた。
「心境の変化があったんだよ」
「そんないきなり変化なんてします?」
「君の自分革命と一緒かな」
それを言われると何も言えない。
以前のリッテとはまったく違う性格に変化しているのだから。
「まあでも、魔法使うコツがわかりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げておく。
これなら実技の授業が始まっても、落ちこぼれることはなさそうだ。
「ルーヴィッヒ殿下みたいに魔法得意になれたらいいな」
何の気なしに口にすると、ルーヴィッヒが苦笑した。
「そんなにいいものじゃないよ」
何故そんな苦いものを飲んだような顔になるかわからなくて首を傾げる。
「私の魔力は制御が難しいんだ。使えるのは小さい魔法だけだよ」
そんな設定はあっただろうかと疑問がよぎる。
ルーヴィッヒが魔法は得意という設定はあったけれど、そんな制約があるとは書いてなかった。
それは断言できる。
おぼろげな記憶しかないけれど、推しの特殊設定だったら覚えているはずだ。
(本当にゲームと違うな……アニメもルグビウスメインだったから見なかったしなあ)
ゲームのルグビウスが王道ルートで他の媒体も大体、ルグビウスが基本になっていた。
アニメもコミカライズも見ていない。
そのせいで知らない設定が他の媒体のものなのか、それとも媒体と関係ないのかもわからなかった。
「もしかして使いすぎたら命にかかわるとかですか?」
「そこまでではないけど、まあ問題があるから、使わないようにしてるんだよ」
問題ってなんだ。
ますますそんな設定、ゲームではなかったぞと内心首を傾げてしまう。
ううん? と他の媒体で何かそれらしい記憶はないかと探ってみたけれど、心当たりはなかった。




