18
そんなこんなで翌日の昼休み再び。
リッテは、ルーヴィッヒへの謝罪のために今度は手作りのクッキーを持っていた。
十枚ほどをラッピングしたものだ。
パウンドケーキを作ったことでちょっとお菓子作りの情熱が生まれかけているかもしれない。
すでにルーヴィッヒにパウンドケーキを渡したことで、クッキーを渡すことに抵抗もなかったので手作りお菓子にした。
高価なお詫びの方がいいかもとはちょっと考えたけれど、オタク生活のため以外では財布の口は堅かったので高い買い物は尻込みした。
あと学校に運ぶことを考えたら気が気じゃない。
手作りお菓子を喜ぶと思うほど楽観的ではないけれど、こういうのは誠意だからねとお菓子作りを止めるクラバルトをごり押しして作った代物だ。
その包みを片手にリッテは廊下を目的地まで一直線に歩いていた。
「どうせ昼休みは図書室でしょ、インテリめ」
手早く昼食を食べてきたリッテは図書室の中をうろうろと歩き回った。
ここの図書室は広い。
本棚も多いので探すのはなかなかに骨が折れた。
図書室内に見つからず、そういえば書庫もあったなと思い第一書庫室を探して見つからず、第二書庫室の扉を開ける。
本棚を三つ通り過ぎたところで、目当ての人物が本棚を見ているのを発見した。
第二書庫室は古い本だらけで、少し埃っぽい。
人もまったくいないようだった。
ルーヴィッヒの姿に思わず眉が寄ってしまうけれど、気にせずズンズンと近づいていく。
すると、ルーヴィッヒがリッテへと気づき顔を向けた。
眉を上げてリッテを見たあと、わざとらしく口角を上げる。
「やあ」
「⋯⋯どうも」
むすっとした顔ではいけないと何とかへらりと笑って見せる。
ルーヴィッヒまで歩み寄ると、一瞬躊躇したけれどええいとポケットからハンカチを取り出した。
そのハンカチは一応使用人に染み抜きを頑張ってもらったけれど、結局綺麗にはならなかった。
「あの⋯⋯これ」
「何だい、この汚れたハンカチは」
ルーヴィッヒが不思議そうな顔をする。
それはそうだろう。
言いづらいと思いながら、リッテはしどろもどろに説明を口にした。
「借りた⋯⋯ハンカチです」
「なるほど、嫌がらせでもしようって?」
「違いますよ!」
皮肉げに笑ったルーヴィッヒに思わず大きな声を出してしまった。
ルーヴィッヒが驚いたようにわずかに目を瞠るけれど、リッテは誤解されてはたまらないとそのまま喋り続けた。
嫌がらせなどをするような趣味は持ち合わせていない。
甚だ心外だ。
「紅茶零して汚しちゃったから!謝罪に来たんです!」
勢いのまままくし立て終わると、肩でわずかに息をする。
あまりの剣幕だったからか、ルーヴィッヒはきょとんと目を丸くしていた。
反応が鈍いのを幸いと思い、ルーヴィッヒの右手に前回同様ぐいとクッキーの包みをねじ込む。
条件反射なのか包みをしっかり手に持ったので、さっと一歩後ずさった。
「それ!お詫びですから」
「⋯⋯これは?」
手に押し付けられた包みを見下ろすルーヴィッヒに、とりあえず目的は達成したとリッテは満足だ。
「クッキーです」
答えると、何故かルーヴィッヒの口元がおかしげに笑いを含んだ。
何故そんなおもちゃを見るような目で包みを見るのかがリッテにはわからない。
「手作りかな?」
「そうです」
「昨日のも?」
「そうですけど」
一体何なのだと首を傾げる。
「ふ、くくっ」
何故かルーヴィッヒが肩を震わせて笑い声を零した。
何故いきなり笑われるのかわからなくて、リッテが訝しげに眉を寄せるけれど、ルーヴィッヒの笑いは止まらない。
(声上げて笑うんだ)
そんなことをするとはまったく思っていなかった。
ゲームでも見たことはない。
動揺しながらも、笑っている理由が見当もつかないので、リッテは眉を寄せたまま注意深くルーヴィッヒを眺めやった。
やっぱり何故笑っているか、わからない。
「何なんです?」
ルーヴィッヒは笑いすぎて涙まで出てきたのか、指先で軽く目尻を拭ってひとつ息を吐いた。
「あれは、ものすごく微妙な味がしたな」
「え!」
「味見はしたのかい?」
「⋯⋯してない、です」
呆然と答えれば、だろうねと笑われる。
ものすごく微妙。
つまりまったく美味しくなかったとそういうことだろうか。
そう考えがいたると、リッテの顔色がサッと悪くなった。
「え!あ!じゃあそれは返してください」
手を伸ばして包みを取り返そうとすると、それを持っている手を遠ざけられた。
「ちょっと」
待ってと最後まで言う前に、包みのリボンをルーヴィッヒが開いてクッキーを一枚取り出す。
見た目はとても美味しそうな、いたって平凡なクッキーだ。
取り返そうとするリッテを無視して、ルーヴィッヒはサクリとそのクッキーを食べてしまった。
「ああ!」
食べちゃった、とリッテの顔色がさらに悪くなる。
ルーヴィッヒへ伸ばした手のまま固まってしまった。
ルーヴィッヒの方はといえば、サクサクと咀嚼してごくりと飲み込んでしまう。
そしてこくりと神妙な顔でひとつ頷いた。
「うん、やっぱりものすごく微妙だ」
「マ、マズイなら食べなきゃいいじゃないですか!」
伸ばしていた手を下ろしてぎゅっと握りしめる。
料理でものすごく微妙な味なんて、いいところがひとつもないようなものだ。
まさかそんなものを意気揚々と渡したなんて。
それも二回も。
ルーヴィッヒは包みのリボンを結びなおすと、それを上着のポケットへと入れて意地悪げに口角を上げた。
「酷いな、お詫びっていうから、食べたのに」
とうとうリッテの顔が羞恥で赤くなってしまった。
わざわざ言わなくていいし、味がわかっていたのなら食べなければよかったのに。
(もう!馬鹿!嫌い!)
ゲームのキャラと全然違いすぎる。
ルーヴィッヒの前にいたくなくて、もうクッキーを取り返すのは諦めてリッテは踵を返した。




