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夜の自室でお茶を淹れてくれているクラバルトに、リッテはラナメリットとサイールの出来事をそれとなく口にした。
なんとなく消化不良なのだ。
「ってことがあったのよ、いや彼女は思わせぶりだけどわざとじゃないのよね」
カチャリと置かれた紅茶のティーカップを持ち上げて一口飲む。
もっぱら自分で淹れるしかなかったお茶だけれど、リッテになって人の淹れるお茶を飲む機会が増えた。
料理だろうとお茶だろうと自分以外の手によるものは何故か嬉しい。
「なるほど、確かにそれだと男は勘違いするでしょうね」
「だよねー」
クラバルトの頷きに、はああとリッテは深くため息を吐いた。
「注意したんだけど言い方きつくなかったかなあ」
真知子は平和主義だったので人に注意するなんて経験はあまりない。
今になってお節介すぎたかなとか色々、気になって仕方なくなっていた。
小心者なのだ。
許してほしい。
「どうしよう」
「それならお菓子でもプレゼントしたらいかがです?」
「お菓子?」
「ささやかな物ですから気軽に渡せますし、相手も気負わず受け取れるんじゃないかと思いますよ」
それだとリッテは目を輝かせた。
確かにお菓子ならちょっとポンと渡すのにちょうどいい。
「それにしよう」
「では準備しますね」
クラバルトの言葉にうんと頷きかけてリッテは止まった。
お詫びならせっかくだし何か作ろうと瞬間的に閃いたからだ。
ラナメリットは手作りする系の女子だから、その方が親近感もあるかもしれない。
「私今からお菓子作るわ!」
「何でいきなりそうなるんです!」
高らかに宣言するとクラバルトが目を剥いた。
「その方がなんかいい感じでしょ」
「お嬢様はお菓子なんか作ったことないですよね。大人しくしててください」
辛辣だ。
しかし真知子には自炊を何とかしていた記憶はあるので何とかなるはずだ。
クラバルトから見たら根拠なき自信を見せつけて、結局リッテはクラバルトや他の使用人の反対を押し切って、料理人に厨房を使わせてもらった。
やれ危ないだのなんだのと騒がれて、パウンドケーキが出来上がった頃には何故かリッテ以外はぐったりと疲れていた。
解せぬ。
結局パウンドケーキをひと切れラッピングしたものを、念のため二つ準備した。
出来上がったことに満足して味見をしなかったことに気づいたのはリッテがベッドに入ってからだったけれど、まあいいかとそのまま寝たのだった。
翌日の昼休み。
声をかけてまず最初にお菓子を渡そうと思っていたけれど、ラナメリットはすぐに席を立って教室を出ていってしまった。
慌てて追いかけるもすでに廊下にはいない。
足が速いにもほどがある。
ならば中庭かと思いベンチのある場所にも行ってみたけれど、そこにも彼女はいなかった。
出鼻をくじかれた。
これは避けられているのではともやもやしていると、ひらりと視界にピンクのフリルが翻る。
「ん?」
目線で追いかけると、それはロリータだった。
ひらひらと羽根を動かしてリッテの近くを優雅に飛んでいる。
何故いるのだろうと思わず半眼を向けてしまった。
このロリータは何をしたいのかわからない。
どういう役割のキャラだっけと考えるけれど思い出せない。
「私に近づかないでよ」
何をされるかわかったものではないので、しっしっと手を振るとロリータはあからさまに頬を膨らませた。
それを無視して中庭から建物に戻ると、どうしようかなと思う。
今から食堂で昼食を食べるか、ラナメリットを探すか。
うーんと悩んだところで角を曲がると人影が現われ、慌ててピタリと止まった。
なんとかぶつからなかったとほっとして顔を上げると、そこには見慣れた顔がありリッテは内心「げ」と苦みを零す。
目の前には本を一冊手に持ったルーヴィッヒが立っていた。
「なんでここに」
ここら辺は昼休みに用事が出来るような教室はない。
何故よりによってルーヴィッヒがいるのだとリッテは思わず呻いていた。
「図書室への近道だからね」
あっさりと告げるルーヴィッヒの表情はない。
以前の愛想笑いだったらしいものすら浮かべていない。
やはりゲームの推しじゃないと、むっとしてしまった。
「そうですか」
子供じみているとは思うけれど、にこやかに笑顔を見せる気にはなれないのでそっけなく答えて、そのまま横をすり抜けようとした。
シャランラ。
聞き覚えのある音。
それが聞こえた瞬間、右足が急につんのめって倒れそうになった。
「おっと」
軽い声と同時に温かいものに包まれ、何だと思うとルーヴィッヒに抱き留められていた。




