13
ラナメリットを昼に誘ってから数日後の放課後。
リッテはルグビウス達に許可を取ってから、ラナメリットを生徒会室へ誘った。
恐縮していたけれど書類整理の人手が欲しいのだと言えば、私でよければと手伝いを承諾してくれたのだ。
善良ないい子だとじんわりする。
本当なら攻略対象たちがラナメリットを生徒会室に呼んだりするはずなのに、待てど暮らせど連れてこないものだからとうとうリッテがお節介をやくことにしたのだ。
生徒会のメンバー、特にルグビウスはもっとちゃんと攻略対象者の自覚を持って行動をしてほしいものだと思ってしまう。
正直、仕事を割り振るほど大変なわけではなかったけれどリッテはそれを隠してラナメリットに頼んだこともあり、現在彼女はもくもくと書類の仕分けや冊子作りを行っている。
自分で出来るのに手伝ってもらうのは心苦しい。
けれどルグビウスとの仲を深めてもらうためだとリッテは潔く割り切った。
「リッテ様、こっちの仕分けは終わりました」
「わあ早い!来てくれて本当に助かってるわ」
大げさなくらい褒めつつ、ルグビウスをチラリと見やる。
さあ褒めるのよと念を送ったけれど、タイミング悪くルーヴィッヒが書類の一枚を手にルグビウスへ話しかけたのでスルーされてしまった。
ぶうと思わず内心で唇を尖らせる。
「わざわざ手伝ってもらえるうえに、手際もいいなんて助かるよ」
にっこりしながらラナメリットを褒めたのは、まったく眼中になかった副会長のアケリムだった。
「やだ、そんな」
照れくさそうにラナメリットがもじもじしてからにっこり微笑むと、アケリムの頬がほんのり朱に染まる。
そこが距離を縮めるのは違うでしょと言いたくなるのを、リッテはぐっとこらえた。
曲がりなりにもアケリムも攻略対象者だ。
仲良くなることは間違ってはいない。
ただリッテのなかではルグビウスのルートを攻略してほしいという願望があるので、何ともいえない気持ちになってしまう。
(ラナメリットが好きなのはルグビウスでしょ!迂闊な事しないのよ)
内心注意をしたかったけれど、そんなことをするわけにもいかない。
乙女の恋心を本人のいる場で暴露するわけにはいかないのだ。
ふいに生徒会室の扉をノックされてすぐにガチャリと開いた。
入ってきたのは騎士志望のサイールだった。
教師に呼ばれているから遅れるとは伝言があったので、室内にはいなかったのだ。
どうやら用事は終わったらしい。
「悪い、遅れた」
サイールがざっと室内を見回す。
そこで本来いないはずのラナメリットに気づくと、眉を寄せた。
「彼女は?」
「クラスメイトのラナメリット様です。書類仕分けのお手伝いをしてくれているんです」
サイールが不機嫌そうに尋ねたので、慌ててリッテが説明を口にした。
その顔はラナメリットを顰め面で見ている。
サイールは硬派なキャラで女が苦手という設定だ。
ただ一番簡単な攻略対象者でもある。
だから最初のうちだけ態度が頑ななのだ。
(設定通りだわ)
よしよしと頷いておく。
サイールはぷいとラナメリットから顔をそらすと自分の机へと足を踏み出した。
関わる気はないらしい。
「あの!」
ラナメリットが突然、横を通り過ぎようとしたサイールの腕をそっと掴んだ。
わかりやすくサイールが狼狽する。
頬が瞬く間に赤くなった。
「な、なんだ!」
「上着のボタン、とれかけています。よかったらつけますよ」
にっこり笑いながらラナメリットは手を離すと、自分の鞄から裁縫セットらしき巾着を取り出した。
女の子の鑑のようだ。
三十年女をやっていたって真知子は雑巾ひとつ縫えなかったし、裁縫セットなんて持ち歩いたこともない。
「脱がなくても大丈夫ですよ、着たままつけられますから」
狼狽するサイールを気にせず、ラナメリットはテキパキと針と糸を準備すると至近距離でボタンをつけ始めた。
触れるほど近くにいるラナメリットに、サイールが赤い顔のまま固まっている。
リッテもあんぐりと口を開けてしまった。
(ちょ、ちょっと!近すぎる近すぎる!これフラグ立ったよね、絶対立ったよね!)
こんなシーンはゲームにあっただろうか、いや覚えていない。
リッテは二人のあいだに割り込みたい気分でそわそわと二人を見やってしまう。
離れろ離れろとジトッと念じていると。
「リッテ嬢」
声をかけられて我に返った。
ハッとして声の方へ顔を向ければ、ルーヴィッヒだった。
ひょいと手元を指差される。
「書類」
「え、あ、すみません」
言われて手元を見れば、書類をぐしゃりと一枚握りしめていた。
二人の急接近に無意識に力が入っていたらしい。
慌てて書類の皺を伸ばしながら、気まずそうにおずおずと口を開いた。
「目のやり場に困ってしまって……」
リッテの言葉にアケリムが確かにと頷いた。
ルグビウスも苦笑を浮かべて、二人を見やる。
「二人共、距離が近すぎるぞ」
「やだ、つい……」
「お、俺は不埒なことは考えていないぞ」
ルグビウスの言葉にラナメリットがボタンをつけ終わったのか、一歩後ずさった。
恥ずかしそうに頬を両手で包む姿は可憐だ。
サイールにいたっては真っ赤になって、一気にラナメリットから距離を取っている。
それにホッと息を吐きつつ、なんとなく周囲を見回した。




