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ラナメリットの視線に気づいたのか、ルグビウスがこちらへ顔を向けた。
顔を下げると、リッテ達の方へと歩いてくる。
「や、やだ、どうしよう」
ラナメリットが恋する少女らしく動揺しているのが可愛らしい。
「ラナメリット嬢にリッテ嬢、二人で何をやってるんだ?」
「お昼を食べてました」
リッテが答えると、ルグビウスが眉を上げた。
「こんなところで?」
その言葉にラナメリットが顔を赤くして俯く。
もしかして一般的じゃないんだろうかとリッテは思った。
外で食べるのは気持ちいいもんなくらいにしか思ってなかったのだ。
「か、風が気持ちよくて日差しもあったかいのでせっかくだからと外に出たんです」
「そうか」
若干早口で説明すると、納得してくれたらしい。
恥ずかしそうにしているラナメリットを見ているとお節介心が湧いてきて、ちょっとひと押しするかとやる気になった。
「ラナメリット様は自分で作ったお弁当なんですよ。凄いですよね、とても美味しそうなんです」
にっこり告げると、ルグビウスの視線がラナメリットのランチボックスに目が行く。
それに気づいたラナメリットが恥ずかしそうにはにかみながら、ランチボックスを差し出した。
「あの……料理得意なんです。よかったら」
「へえ」
ルグビウスが興味深そうにサンドイッチに視線を落とす。
それを見てリッテはテンションがぶち上がっていた。
まさか推しカップルを間近で浴びれるなんてと拝みたくなる。
けれど、あれと思う部分もあった。
(手作りイベントは生徒会室でお菓子だった気がするけど、やっぱりちょっと違うのかな)
記憶にあるかぎりお弁当を食べさせるイベントはなかったように思う。
けれど仲が近づくなら何でもいいかと思いなおしたときだ。
ポンとピンクのロリータが現われた。
相変わらずひらひらと飛んでいるのに、誰も気にしていない。
何だ何だと思っていると、ロリータはステッキをラナメリットとルグビウスの間で大きく振った。
シャランラ。
音が鳴った瞬間、突風が突如吹いた。
「きゃっ」
思わず目を閉じた瞬間、ラナメリットの小さな悲鳴が上がる。
風がやんで目をゆっくり開けると、ラナメリットの足元にランチボックスが落ちてひっくり返っていた。
「お弁当が……」
「残念だな」
ラナメリットのしゅんとした顔に、ルグビウスも申し訳なさそうに少しだけ眉を下げている。
(今のどう見てもこのロリータの仕業よね!)
何やってるのよと大声を上げたいのをリッテはなんとかぐっとこらえた。
周りに見えていない以上、そんなことをすれば不審人物だ。
サンドイッチが見るも無残で、非常に勿体ないことになっている。
はあとリッテはため息を吐いて立ち上がった。
食べ物が地面に落ちているのを見るのは心苦しいものがある。
しゃがんで落ちて中身の飛び出したサンドイッチを手でためらいもなく拾いだした。
「リッテ様!」
何故かラナメリットが焦った声を出すけれど、リッテの脳内は落ちているサンドイッチでいっぱいだ。
あんなに美味しそうだったのに、と嘆きしかない。
さすがに拾って食べたりしない分別はあるけれど、米一粒にも神様がいると教えられた元美食大国日本の人間だ。
食べ物を粗末な状態ではほっとけない。
落ちたランチボックスの中にサンドイッチを拾っていると、最近聞きなれた声が割り込んできた。
「何してるのかな」
顔を上げると、そこには呆れたような顔のルーヴィッヒが立っていた。
ルグビウスがいたから気になって近づいてきたのだろうか。
サンドイッチを拾ってしまったので立ち上がると、何故かルーヴィッヒが眉間をわずかに寄せた。
何だろうと思っていると、右手を急に取られる。
「うひゃおう」
奇声が出てしまい、ラナメリットとルグビウスが驚いた顔をしたので、慌ててすました顔で姿勢を正す。
けれど何故いきなり手を取られたのかわからない。
内心びくびくしていると、ドロドロに汚れていた右手をルーヴィッヒが自分のハンカチで拭き始めた。
「え、あの、ルーヴィッヒ殿下、私ハンカチ持ってます」
「そう」
そう、と返事を返したのに手を離してはくれなかった。
王子が持っているのなら最高級品であろうハンカチが卵やソースで汚れていくのは心臓に悪い。
手を引き抜こうとしたけれど、まったくびくともしなかった。
結局手はとても丁寧に綺麗にされてしまった。
いたたまれない。
「君は意外性があるな」
そんなことはないと思う。
否定したかったけれど、また何かボロを出しているのかと気が気じゃなかったので賢明にも黙っておいた。
それにしてもちゃんと侯爵令嬢やれてないのかなと不安になってしまう。
視界の端でロリータがうんうんと頷きポンと消えた。
なんだったんだ。
「ハンカチ洗って返します」
「気にしなくていいよ」
「いえ、気になりますので」
ルーヴィッヒのハンカチに手を伸ばしてしっかり掴んだら、肩をすくめて離してくれた。
さすがに自分の汚れた手を拭いてもらったのに、汚したハンカチを持って帰らせるのは無理だ。
ほっとすると、ルーヴィッヒがルグビウスに向き直った。
「急ぎの書類が一枚あるんだ」
「そうか、すぐに行こう」
頷いたルグビウスが「それじゃあ」とリッテ達を一瞥してから背を向ける。
ルーヴィッヒもそれに続いて、二人は離れていった。
「食べてもらえなくて残念だったね」
ラナメリットへ声をかけると、じっと二人の背中を見ていたラナメリットは仕方ないわと笑った。
「それにしても、ルーヴィッヒ殿下は優しい人でしたね」
「え、うん」
じっと二人の背中を見つめるラナメリットは、ほんのり頬を染めている。
今のセリフを考えれば、ルーヴィッヒに好感を持ったように見える。
(もしかしてルーヴィッヒにフラグ立った?まさかね)
ルグビウスのルートに確定したと思ったのに違うのだろうか。
まさかまだルート確定にいたっていないのかと、少し不安になる。
ちらりと見るラナメリットはルグビウスとルーヴィッヒのどちらを見ているのか判別はつかない。
ほんの少し、リッテは胸がモヤモヤと説明のつかない気持ち悪さを感じた。




