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 若干疲れてよろつきながらサロンから出ると、外に迎えに来ていたらしいクラバルトがいた。

 それを見てなんだかどっと疲れた気分が倍増した気がする。


「お疲れ様でした」

「つ、つかれた」


 よろよろとクラバルトに歩み寄れば、その目はだから言ったのにと言わんばかりだ。

 弁解させてほしい。

 何の用件だったのかさっぱりわからなかったけれど、普通なら友達になりたくて声をかけたのだと思うだろう。

 最初以外まったく会話が成り立たなかったけれど。


(あんなの何回も参加してたリッテ凄いわ、真知子には無理無理)


 弱音しか出ない。

 結局テーブルにあったお菓子は食べなかったし、お茶もさっさと飲み干した一杯だけだ。


「この時間なら生徒会室もう誰もいないだろうし、ちょっと寄って帰ろう」

「生徒会室にですか?」

「お茶一杯飲んで癒されたい。誰もいなかったらちょっとクラバルトがいても大丈夫でしょ」

「さっさと帰った方が楽だと思いますけど」


 クラバルトの言葉は聞こえないふりをした。

 今は頑張るケージが底をついているから駄目なんだ。

 疲れ切った歩調で生徒会室に向かい、辿りついた扉をさっさとお茶を淹れようと勢いよくバタンと開けた。

 そこではたと室内に目を丸くする。


「あれ?」


 リッテがいきなり勢いよく扉を開けたせいだろう。

 室内には誰もいないと思っていたのに、定位置に座っていたルーヴィッヒが目を瞠ってこちらを見ていた。

 誰もいないと思っていたけれど、手元に書類があるので仕事をしていたらしい。

 訝し気な顔で立ち上がり、目の前まで歩いてくる。


「何でルーヴィッヒ殿下がいるんですか?」

「期日が今日の書類で不備が見つかったんだよ。校内に残っていたのは私だけだったんだ」


 なるほどと頷く。

 もしかしたら図書室にでもまたいたのかもしれない。

 けれどこれだとクラバルトを生徒会室には入れられないなと思う。

 かといって外で待たせるなんてのは無しだ。

 仕方なく帰ろうかなと考えた。


「君は何をしにきたんだい?」


 まあ聞かれるよねと思い、あっさりリッテは答えた。


「お茶を飲みなおそうかと思いまして」

「お茶を飲んでたのに、わざわざ飲みなおすのかい?」


 不思議そうにされたけれど、あんなのは飲んだうちに入らないと思う。

 お茶はゆっくり楽しむものだ。


「うーん、疲れたからですかね」

「正直だね」

「お茶会で話聞くのに疲れました」


 ずっと口を挟むタイミングを狙っていたのもあり気疲れが凄いのだ。

 後半は諦めてぼーっと聞いていたけれど。


「そんなに疲れる話をしていたのかな?」

「いやあ殿下達二人の話ばっかりで」


 正直に話すと、ふうんとルーヴィッヒが瞳を細めた。

 途端に冷たい印象の眼差しがリッテを射すくめた。

 基本は柔らかい雰囲気だけれど、リッテと対峙しているときは胡散臭いものを見る眼差しが多いし好感を持たれてないのはわかっている。

 噂されていたことは言わない方がよかったかなと思った。

 誰だって知らないところで好き勝手に言われるのは嫌だろう。


「実はルグビウスと私は対立しているなんて話でも出たのかな」

「そういえば言ってました」


 途端にルーヴィッヒの周りの空気が一段冷えた。

 けれどリッテは気にせず不思議そうに首を傾げる。


「仲いいのにそんな噂が出るの不思議ですよね」

「⋯⋯普通だよ」

「またまたあ、ルグビウス殿下はルーヴィッヒ殿下を気にかけてますし逆もそうじゃないですか」


 ケラリと笑うと、ルーヴィッヒがわずかに眉を上げてまるで不思議なものを見るような眼差しをリッテに向けていた。

 何故そんな目を向けられるのかわからない。


「あとはルーヴィッヒ殿下が実は魔法が凄いとか言ってましたね」

「それは誰が?」

「ブルット伯爵家のケラミルカ嬢ですね」


 聞かれたのであっさり答えたら眉を嫌そうに顰められた。

 何か嫌な話題でもあっただろうかと思うけれど、まったくわからない。


「君は私の魔法のことは知らなかったのか?親には聞かされたりは?」


 親という単語にリッテは気まずげに目をそらした。


「あー⋯⋯親は基本放置でほとんど話さないので、知らなかったです」


 そうなのだ。

 リッテの親は干渉をまったくしてこない。

 なんなら顔も合わせない。

 今のリッテはたいして何とも思わないけれど、以前のリッテはとても寂しく思っていた。


「そうか⋯⋯それで魔法が強力だから王位も狙えるとでも?」


 皮肉気にルーヴィッヒが口元に笑みを浮かべる。

 こんな表情でも推しは麗しいと呑気に思いながらも、リッテは不思議そうにパチパチと瞬きをした。


「狙うんですか?面倒くさそうですけど」


 王様なんて大変以外の何物でもないだろう。

 素直にそう思ったことを口にしたら、ルーヴィッヒはポカンと目を丸くした。

 先ほどの皮肉気な顔とは雲泥の差だ。


「興味は、ないけど⋯⋯」

「えぇ?まぎらわしいですね」


 絞り出すような声に、思わず飛び出した言葉にリッテは口に手を当てた。

 これは不敬になるのではと気づいたのだ。

 怒られるかなとダラダラ冷や汗をかいていると、何かを飲み込むような表情をしたあとルーヴィッヒははあとため息を吐いた。


「君は腹に一物抱えているのか、馬鹿正直なのか判断がつきにくいな」


 やばい。

びくりと一瞬リッテの肩が揺れた。


(真知子感出てたかな、侯爵令嬢ぽくなかったかも)


 一応リッテとしてちゃんと侯爵令嬢をしたいとは思っているのだ。

 真知子が緊張感のない性格だったせいで、だいぶ緩いことになってしまっている。

これ以上ボロが出てはまずいと思い、リッテはにこっとあからさまな作り笑いを浮かべた。


「私帰ります!」


 くるりと廊下に振り返ると、空気に徹していたクラバルトと目が合った。

 その目はこのあと説教だと物語っている。

 やはり王子に何か不敬だったんだと思い、一目散に速足でその場を後にしたのだった。


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