32話『オーナガワ村へ』
金花山の参道を登り、石造りの立派な鳥居をくぐると主祭神である金山毘古神様と金山毘売神様が仲良く並んで待っていた。
特に金山毘売神様は瀬織津姫様の幼い姿を見て目を輝かせている。
この神様、本当に子供好きだよな……
「金山毘古神様と金山毘売神様、お久しゅうございます豊玉でございます」
「まぁまぁよく来てくれたわね豊玉姫命、それに随分とまぁ可愛くなってその姿も懐かしいわぁ、私によく見せて頂戴?」
金山毘売神様は瀬織津姫様と目線を合わせるようにしゃがみ込むとニコニコと瀬織津姫様を愛でている。
「ん? 豊玉姫命って、なぁおやびん名前、瀬織津姫様じゃなかったの? 名前間違いは失礼だぜ?」
「ふふふっ、心配することはない我が氏子よ、瀬織津姫でも豊玉姫命でも合っているからな」
金山毘古神様はそう言うと、ゲオの頭をポンポンと軽く叩いた。
「あっ、失礼しました! 金山毘古神様と金山毘売神様、俺を氏子と認めてくれてありがとうございました!」
改めて二柱の神に感謝を告げたゲオが深々と頭を下げる。
「あれ? ゲオはお二人に会ったことがあるのか?」
「ないよ? オーナガワ村からきた俺たちしか居ないはずの金花山、しかも神社で始めて会う人斗来たら金山毘古神様と金山毘売神様しかいなくないか?」
何を今更と言わんばかりの表情をしているゲオの順応ぶりに驚く。
やはり若いと順応が早いなぁと黄昏れたくなるのは歳を取ったせいだろうか……
「それに瀬織津姫様は神様だっておやびんが言ったんじゃないか、神様が一人実際に存在するなら他にも見えないだけで居てもおかしくないよね?」
うん、たしかに言われてみればこの世界……というか俺がいた時代からかなり未来らしいけど、クラーケンやら人魚やら巨大な昆虫やらいるわけだしたしかに今更だよな。
「ふふふっ愛でるには薹が立っておるがゲオは良い子じゃな」
そんなゲオの反応がお気に召したのか、金山毘売神様がニコニコと瀬織津姫様を愛でながら言ってくる。
「ところでお二人と瀬織津姫様はどういったご関係なのですか?」
「ふむ、豊玉姫命の父親の大綿津見神は私達の兄妹なの、だから豊玉姫命は姪っ子にあたるわね」
たしかに日本神話……古事記に登場する神様は皆、伊邪那岐命と伊邪那美命の子やその子孫たちだ。
「出産後に旦那と喧嘩して子供を妹に任せて海底に引きこもったのはいいものの、我が子が気になって気になって、瀬織津姫なんて名乗ってこっそり陸に戻ってきたんだもんね~と~よ〜た〜ま〜?」
ニヤニヤしながらツンツンとハリのある瀬織津姫様のほっぺたをつつく金山毘売神様の手を瀬織津姫様が叩き落とす。
「なんのことか妾は全くわかりませぬわ」
そんな気安いやり取りが二人は本当におばと姪の関係なのだと実感できる。
叔母なのか伯母なのかはわからないけどな。
「こっ、子供……結婚……歳上……」
なにやら隣でブツブツとつぶやきながらショックを受けているゲオがいるが、まぁ元々女神様に恋をするなんて無謀なんだ。
神様と人の身分?違いの恋に比べたらバツイチ子持ちの歳上くらいどうって事ないに違いない。
むしろそれくらいで諦められる位の気持ちならはじめから同じ時間を生きていける人の伴侶を探したほうが双方のためというもんだ。
「とにかく、貴女はなるべく早く社を復活させなさい? 御神体が完全に消失する前に新しく受け皿となる物を用意しなければいけないわ」
「わかっておる……だからゲオが住んでいたオーナガワ村へ行ってみようと思っておる」
「そうね、あそこは今は主神が居ないはずだからいいのではないかしら?」
金山毘売神の話では昔オーナガワ村には他の神を奉る神社があったらしいのだが、理由は定かではないが今はもうなくなってしまったらしい。
その後他愛もない話をしたあと二柱の神に別れを告げて山を降りた俺たちは既にオーナガワ村への出発の準備を整えて待ち構えていた皆をのせて船を出した。
豪族が迫ってきて不安に表情を曇らせていた子供たちは、久しぶりに自宅に帰れるため明るい笑い声を上げながらはしゃいでいる。
はしゃぐのは構わないが、頼むから船から落ちないでくれよ!?
内心ヒヤヒヤしながら第八豊栄丸を操舵してオーナガワ村に船を接岸させると、船を見つけたらしい男たちが次々にやってきて、俺が陸へと投げた船のロープを引っ張り波に持っていかれないように固定していく。
「父ちゃん!ただいまぁ!」
どうやらその中に子供たちの父親も混ざっていたのか両手を伸ばして降ろしてもらっている。
「おかえり、ってもっ、もしかして……帰ってきたの……か?」
子供に会えた嬉しさ半分、戸惑い半分で船に乗っている自分の妻から目をそらす旦那さんの様子に奥さんの顔が冷ややかな笑顔に変わる。
うひぃ、怖い!
「あら? 私にはおかえりと言ってくれないのかしら? 私が帰ってきたら何か不都合でも?」
「なっ、なんもねぇよ! おかえり」
ワタワタと慌てふためく旦那さんとのやり取りにくすくすと笑いながら、他の女性陣が子供と一緒に次々と下船していく。
「ゲオは降りないのか?」
「俺は後でいいよ、どうせ海賊入江にいくんだろ?」
「そのつもりだ」
全員下船し終えたのを確認して固定用ロープを外して海賊入江に入港すれば既に俺たちが戻ってきたのを知っていたのか接岸補助に出ていた男性にロープを渡す。
ぴょんと岸へと飛び降りたゲオは下船のエスコートをするつもりだったのか、瀬織津姫様に手を伸ばすが身長が少しばかり足りないみたいだ。
「さぁ瀬織津姫様」
ゲオの手を掴んだ瀬織津姫様の両脇に後ろから手を入れて下船の補助をして抱き上げる。
「ここがオーナガワ村かの? 少々土地は毒海の影響で弱っておるが、皆活気があるの」
どうやらオーナガワ村から聞こえてくる子供たちの明るい声を聞きながら瀬織津姫様がそういった。
「土地が弱っているってわかるんですね、さすが女神様」
「まぁそれくらいは神力が弱っておってもわかるの」
今も一所懸命に瀬織津姫様へオーナガワ村の説明をして、案内しようとしているゲオには悪いがまず先に魔龍組の組頭に会わせるのが先だ。
「すまないがシンゲンさんに会えるように話を通してきてくれ」
「へい、少しだけ待っててくだせぇ」
頷いて去っていく男を見送り、俺は地面を数秒睨みつけると、ため息を吐き出した。
俺の陸酔い……いまは陸神の忌み子によるバッドステータスの影響だとわかっているが、これはどうやら陸地の面積によって左右されるのだと気が付いた。
周りを海に囲われている金花山では島を治める二柱の神に加護を賜った影響か、加護を授かる前と後では陸酔いが軽減され、瀬織津姫様の加護を頂いてからは更に軽減された。
覚悟を決めて地面に甲板から降り立つとやはりずっしりと大人一人おぶったように身体が重くなる。
しかし重くなっただけでグラグラするような不快感はいつも程襲ってこない。
「うむ、やはり本土は陸地の領域じゃからの……妾の加護ではまだ太刀打ちができんの」
「いいえ、とても良くなっています、ありがとうございます」
「そうか……」
陸に立って具合が悪くならないのは初めてで大変嬉しい。
「日本列島でそれだけ影響を受けるのであれば可能な限り他の大陸には近寄らんほうが良かろう」
たしかに……まぁ元々例え旅行であろうとも外国に行こうとは思わないから別に良いけどな!
「おまたせしやした、シンゲン様がお会いになるそうでさぁ」
どうやら無事面会予約は取れたようだ。
「では参りますか」
「おやびん俺は!?」
「ゲオは一旦母ちゃんの手伝いしに行ってこい!ついでに父ちゃんにジョブスキルを授かった報告をするのを忘れんなよ?」
「わかった、その代わり終わったら必ず俺んちに来てくれよな!」
「あぁわかったわかった」
走り去るゲオを見送って俺は瀬織津姫様とシンゲンの元へと向かった。




