無駄死に
……また、やってしまった。
僕は、今期四度目の失敗に、ぺろりと舌を出した。
ついうっかりと、配合を間違えてしまったんだな。
うーん、失敗、失敗。
大量の廃棄品が出てしまった、これは始末書を書かねばならないレベルだ。
人間保護委員会のおっさんどもに、かなりうるさく言われてんだよね。
無駄死にさせる余裕なんかないんだぞってね。
「あーあ、うまくいかないなあ…。」
ため息をついて、戸棚の中から、無記入の始末書用紙を、取り出した。
僕は、人間観察者をやっている。
命という制限下でコミュニティを形成し、実に不可解な感情を操る、至高の存在…人間。
如何に死なせず、増やすか、それを観察しつつ研究するのが僕の仕事だ。
人間サンプルを捕獲培養しての研究が始まったのは、もうずいぶん前になる。
初めは、感情というシステムが、心という器が、なかなか理解できなくって、毎回絶滅させちゃってたんだよね。
心と感情というメカニズムが発見されて、ようやく繁栄の兆しが見え始めたところなんだ。
数が増えたらいろんな星に出荷できるから、それを目標に毎日頑張っているわけなんだけれども。
なかなか、出荷できるまで、数が増えてくれないんだよね…。
人間の魅力の最たる感情ってのがさ、実にまた厄介でさ。
優しさ、知性、憎しみ、感動、喜び、憂い、怒り…バランス良く配合しないと、すぐに絶滅しちゃうんだよね。
今回の失敗は優しさを多くし過ぎたんだな、絶妙に気を使い過ぎて、心が摩耗して潰れてしまう人間が続出しちゃってさあ。
いつの間にかみんなが闇に染まっちゃって、まさかの負のオーラが蔓延して世界まで影響受けちゃったんだよな。
人間ってのはさ、世界が人間の感情でつぶれるくらい儚い事、知らないからさあ…。
せっかくいい感じで緑もあふれてたのに、もったいなかったな。
「君、また滅亡させたのか…向いてないんじゃないの、捕獲部に移動したら?」
「・・・そんな!!!」
始末書を上司に提出すると、とんでもないことを言われてしまった。
「もう四回目だよね?学校で何学んできたの、本当なら一回でも失敗したら…お終いなんだよ?」
一回目の失敗は、確かに、安易であったとは、思う。人間の感情をさ、優しさだけにしてみたらどうなるかな?って、軽く思いついてしまって…。
わりとあっという間に滅亡しちゃったんだよな。献身が過ぎて、自身をすべて手放してしまう奴らばかりで、四六時中自分以外の事を考えて心が摩耗して…。
二回目はさ、じゃあ反対に憎さだけにしてみたらどうなるかな?って思っちゃったんだな。
わりとあっという間に繫栄していったから、調子に乗っちゃったんだ。憎い奴しかいないから、のし上がって踏み潰そうと必死になるやつらがどんどん増えてってさ。
知らないうちに、負けて踏みつぶされた奴らが屈託して、毒をまき散らして滅亡したんだ。
三回目はすべての感情を均一にして配合したんだ。これならいけるって思っちゃったんだよな。
わりと繁栄し始めたから安心してたんだけどさ、なんていうか、感情がすべて薄いっていうのかな?他人とコミュニケーションが取れない個体ばかり増えてってさ。
あっという間に繁殖時期を逃したやつらであふれちゃって、気が付いたら絶滅するしかなくなっちゃってたんだ…。
「もう一度、もう一度チャンスをください!次こそ結果を出します!!!」
「…一度捕獲部に顔を出しなさい。研究材料としての人ではなく、保護下に生息する人を見てくるんだ、いいね。」
上司の指示に従うしかない僕は、網を片手に…人のあふれる街を、歩く。
ずいぶん、人がまばらだな……。
「今ね、おかしな病気が流行ってて、あんまり人いないんだよ!なるべく活きの良い人間捕獲してね!」
「…分かりました。」
捕獲部の上司は、やけにパワフルな人で…ずいぶん気が合わない。
僕は、おとなしく机に向かっている方が、気楽でいいんだけどな…。
大通りから、小道まで、いろんな人々を観察しながら、研究に使えそうな人体を探して…練り歩く。
地球は実にしばらくぶりの訪問だから、わりと楽しんでは、いるのだけれども。
なかなか、使えそうな人間が…探し出せないというか。
・・・どんっ!!!
「ちょ、何ぶつかってんの?つか、おめーマスクしろよ、常識ねえ奴だな!!」
…ずいぶん攻撃的な人間だ。ええと、配合確認…優しさ2%怒り21%憂い3%…。
が、がしゃ!!!
「人の話、聞いてんのか、ごるあ!!!」
まずいな、人肉スーツを攻撃されて、計測器が破損した…あれ、スーツにも損傷が。
ずず、しゃ!!!
倒れ込むと、人間の攻撃が連続して打ち込まれた。ドンドン変形していく、人肉スーツ。やばいなあ、これ破損したら結構高いのに…ああ、液体パーツがこぼれて…。
「…ちょ!!何やってんの!!!もう、こいつでいい?」
「は、はい、こいつで…。」
捕獲部出向は、散々だった。
破損してしまった人肉スーツの修理代金が地味に高くて……。ボーナスカット位で済めばいいんだけど。
「もう!!スーツ、もうちょっとで廃棄だったんだよ?!破損状態によっては廃棄しないといけなくなるんだよ?知ってるよね?!」
「すみません……。」
始末書を提出しながら、捕獲部の上司に…怒られている、僕…。
「君、四回も人間絶滅させたんだってね。いくら命入ってないとはいえ、スーツまで無駄死にさせそうになるなんて…この職業、向いてないんじゃないの。」
僕の始末書と、人間観察部のレポートを見比べながら、渋い顔をしている、上司…。
「せめて捕獲したやつが、研究材料として使えてたら…私ももう少し擁護できたんだけどね…。」
「・・・・・・。」
僕が捕獲してきた人間は、社会的不適合者として、診断されてしまった。
せっかく僕が捕らえた命は、研究材料となることもなく、…無駄に消費されることになってしまったのだ。
僕は、無性に…死にたくなってしまった。
だが、僕には、命が、ないから…死ぬことは、出来ないわけで。
「ま、肉体は余すところなく材料として使われるから、まったくの無駄ではない。…君、肉体管理部に行ったらどうかね?人間、好きなんでしょう、細胞一つ一つ、じっくり観察できるよ?」
「……分かりました。」
僕に、拒否する資格は…ない。
「おーい、これ分解頼むわ!!」
「了解でーす!!!」
今日も僕は、肉体管理部で、働く。
わりと…性にあっていたみたいだ。毎日、地球に出向して、命を終えた肉体を拝借する、日々。地球人が肉体を廃棄処分する前に疑似体と入れ替えて、研究所に持ち込むのが僕の仕事だ。持ち込んだ後、要請があれば部位ごとに処理をして、企業に納品させていただいている。
…丁寧な分解が好評でさ、臨時ボーナスまでもらえちゃったんだ。これがあれば…マイ人肉スーツも買えそうだ、次の休みにデパートに行こうかな。なんだかんだ、僕は人間が好きなんだよね。いろいろと…観察してきたいなって、思ってるんだ。
地球上では、ずいぶん肉体が粗末な扱いを受けているのが、信じられない。
こっちでは…非常に貴重な、研究材料パーツになるというのに。
燃やしてみたり、海に投げ込んでみたり、土に埋めてみたり…なんという、肉体の冒涜。
肉体を無駄にする地球人には、怒りすら覚えてしまう。ま、最近は尽く僕がもらってるから、無駄にはなってないけどね!!
「あ、こんな所に…卑屈な心が落ちてる、ちょっと!!誰!!」
「すんませーん!!!」
部下もできた。実に豊かな毎日に…僕は大満足、している。
「部長!!新しい肉体来ましたー!」
「今行きまーす!!!」
やらかし大魔王の僕がいなくなった人間観察部は、順調に人間の数を増やし続けている。
近いうちに、地球以外の星に出荷することができそうだ。
研究が進めば、地球に繁殖した人間を送り込むことも可能だろう。
…いつか、僕のパーツがもてはやされる時が来るかもしれない。
「夢は、尽きないってね…。」
「なんです、それ。」
僕は、今地球上で流行っている歌を口遊みながら、解体室に、向かった。




