突入。敵本陣、サイサンクチュアリ!!
千里たちよりもはるか南。1100km離れたタギー社にて。
「……本当に、すぐにやってきますでしょうか?」
「ああ間違いない。アイツらなら、可能な限り時間をかけず解決しようとするだろう」
不要に広い社長室にて二人は会談する。
「解決? 電子世界のタギー社に乗り込んだところで、できることはたかが知れているはずですが……」
「手ならある。奴らはおそらく《ガイルロード・ジューダス》のアバター殺害能力をアテにしているはずだ」
デスクに肘を付き、手を組み思案する。
白髪のアウトロー達を思い浮かべてほくそ笑む。
「拳銃片手に俺の城に上がり込んで、真正面から撃ち殺す気かな? ……全く、どっちが悪党だかわかったもんじゃない」
「そんな物騒な……」
「覚えておけ。どんなやつを相手にしようと『やるやつはやる』ってな。そんな事はあるわけなかろう、なんて思い込みは悪と思っておけ。
……さあ、出迎えの準備をしよう。まずは常設イベントCを向かわせろ。小手調べにはもってこいだ」
キョトン、とする秘書が何とか返す。
「む、迎え撃つつもりで? 万が一の危険はありますが」
「ああ。例え相手が最大の敵意を以てこちらに来ても……俺は負けないように動く。
そりゃ危険はあるだろうが……永遠に逃げられる訳でもないしな」
慢心はしない。
ただ事実のみを述べる。
「俺は社長だ。この会社の長だ。だったらそれらしく振舞おうじゃあないか。
逃げ隠れなんて似合わない。持てる手札を正しく使い叩き潰そう。それが最善だ」
手元の端末を操作し、画面に光の門を表示させる。
不敵な笑みを浮かべて、彼もまた電子の世界に飛び込む。
「存分に相手になってやる。さあかかってこい、先駆千里ィ……!」
宿敵の名を語る。
己を高める好敵手に出会った気分だった。
そうして、因縁の時は訪れた。
同日、同時刻に事は起きた。
電子に飛び込む。
体が吹き飛ぶような感覚が彼らを襲う。
激流に飲まれ、何処かへ押し込まれるような実感。
上へ下へ、加速しながら突き進み…………
そうして先駆千里は、再び電子の街に降り立つのだ。
「…………ッ」
ダンッ、と着地する。
見上げる空は、ビルの群れに切り取られなお蒼く輝いていた。
太陽の乱反射が大地を輝かせる。
サイサンクチュアリ。
科学を是とする、現代的な領域。
一応はと後方を振り返るが、そこはもはや始発点たる防音ブースではない。
そこに立つのは、三人の仲間たちと。
「本当に……ホントのホントに、ゲームの中に入っちまってるんだな……」
「ええもちろん♪」
自信満々に答える看板娘、御旗チエカだ。
そして、こちらも世界へのログインを済ませていた。
「いい風じゃあないか。物理演算を強化して正解だったな」
タギー社の「社長」だ。
このゲームは本格的にフルダイブVRMMO仕様に舵を切るつもりでいた。だからこそ、その際により居心地の良い空間に仕上げる必要があった。
デバッカーを雇うと情報漏洩の危険があったので、テストは全て彼やホムラがこなしていた。もちろん入力ミスなどでゲロを吐く目に遭うことも多々あったが、その分電子の世界に早く馴染めた。
だから、もはや手足のように扱える。
この世界の全ては。
ブォン!! と風を切り、重量感のあるドローンが戦場に向かう。
「さてと……行って参りな、お前達」
この街を仕切る『長』に代わって指示を出す。
語る彼の手に、仮面が一つ。
これより先を生きるための仮面だ。
ガゴォン!! と轟音が千里達を襲う。
「「「「!!」」」」
カチコミの前に軽く観光でもしないか? と話していた千里たちの背後。
なにか金属質の物が投下された音に振り返る。
もちろんそれは。
「チ…………着いて早々だが…………どーやらお出迎えのよーだぜ?」
「え? 早くない?」
「予想していた事にござろう?」
「スピード感は命ですからねー?」
気の抜けた対応とは裏腹に、状況は目まぐるしく悪化していく。
敵影が真っ先に照準を定めたのは、気を緩めていた彼らではなく。
「…………はい?」
もう一人、やけに心配そうにあたりを警戒していた大人。
その様子は、すっかり衣装を着込んだCEOにも伝わっていた。
「とくと見な。俺様特製の空飛ぶイベントクエストだ」
タギー社の頂点から自信たっぷりに語る。
「そいつらはこのタギー社に近付く者を自動で追跡してちょっとした試練を仕掛ける。うまく倒せばそれなりの報酬は手に入るが、もし失敗したら…………」
「ぐあああああああああああああ!?」
叫喚の調べを上げる者が一人。
いつもの事だが、やはり彼女は弱かった。
「おいいいい!? また負けたのかよ詩葉ァ!?」
「ああそうだよ! お前ら油断するな、こいつらの試練かなりムズいぞぐっぼふぁああああああ!!」
爆風に巻き込まれ、そのまま明後日の方向に飛ぶのはやはり詩葉だ。
かませ犬全開で星になった彼女の行方は探るだけ無駄だろう。五感をゲームとリンクしている今、ああなってしまったら一発でメンタルキル確定だ。
失敗は即退場。
それだけが真実。
無機質な合成音声が彼らを追い詰める。
『侵入者ヨ、我ガ試練ノ前二ナススベナク散ルガイイ!』
警告と共に、千里たちの眼前にも試練の詳細が示される。
【MISSION!!】 このターンの間に《器械兵タンジェント》を撃破せよ! 使用できるのはセット中の山札を除き、任意の手札三枚とファーストマシンのみとする。ただし《ダブルギア》を持つカードは選択できない。
「っと……なんだこれ? ざっくり言うと『自分で手札を選べる詰みゲー』か?」
「そのようね。四枚の組み合わせでどこまで火力を出せるかがカギ……デッキ内容次第ではこっちが詰んじゃうヤツね。詩葉はそこで引っかかっちゃったか」
「昨日までは見なかったミッションよの。つまり開発者はあのホムラの息子…………現社長の一派にござろう」
冷静な推察も、しかし挑むべき相手は凶悪だ。
《器械兵タンジェント》✝
ギア5マシン サイエンスサンクチュアリ POW 0 DEF30000
【相手ターン終了時】相手はゲームに敗北する。
「ちょっおま………………三万だぁ!?」
スタッツの平均値をぶち抜く圧倒的なDEF。
しかも制約はかなりしんどい。
(ちょっと待てよ……スタンピードは最初から置かれてるギア1から、上位のギアを重ねて性能を上げるゲーム。ギア4を出すにはギア3を、それを出すには先にギア2を置く必要がある。
攻守の目安はギア×3000ちょい。手札三枚なら、ギア3二枚かギア4一枚が関の山……)
なにしろ、隣に立つ看板娘、御旗チエカでさえギア4POW14000だ。より攻撃的なカードを使ってもギア4が二枚は要る。
つまりはあと一枚が足りないのがつらい。もしも手札が四枚あったなら、力押しでどうとでもなるだろう。
押し寄せる敵兵は三体。
対するこちらの戦力は。
「ユリカさんは良いとして……チエカおめーやる気ある?」
「またまたゴジョーダンを。仮にもプログラムのワタシがゲームイベントに挑めると思います?」
「だろーと思ったよ畜生!!」
のらりくらりとかわす看板から目をずらして。
「……あーユリカさん? 俺が二体片付けるんで、一体倒したら或葉連れて先向かって貰って良いっすか?」
「わたしは別にそれでも構わないんだけど……彼女はなんて言うかしらね」
「へ?」
と、隣を向けばおいっちにーさんしーと準備運動を始める或葉の姿があった。
「或葉! お前……」
「侮ってくれるな千里よ。拙者とてプレイヤーのはしくれ。多少なりと心得はある。
特に最近は、いつかこのような時が来るのではとも思い鍛えていたからの」
ジャキン! と刀を構える小さな勇士。
「だから、気にするでない。もはや護られるだけの拙者ではない」
「或葉…………」
と、そこで厳つい警備ドローンからの横槍が入る。
「チイッ!!」
散開。
分断。
必然的に一対一が三つの状況が出来上がる。
まとめるようにユリカは言う。
「さぁて、方針は決まったみたいね! 一人一体のノルマで行くわよ! それで異論無いわね?」
「う……うすッ!!」
「応ッ!!」
三対三の前哨戦。
こんなところでつまづいてはいられない。
この先で待ってるヤツラが居る。
そして。
「「「ーーーーミッションスタート!!」」」
魂の熱を練り上げる試練が、始まる。




