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カードレース・スタンピード!!  作者: 能登川メイ
episode 8 本当の悪の目覚め。???vs良襖&千里vs???
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そして、未来に向けた因縁へ。 チエカの回想録後編!!

再び時は遡る。





「ふっふーん、おっほん!!」


「「うん?」」


千里とホムラ、同時に振り向く。


「はっはっはっ!! なーんか忘れてませんか? ここに居るこのワタシがどーいう種類のバケモノだったか」


その宣言を受け、さあ気合い入れて頑張るぞおーと意気込んでいた少年から力が抜ける。


「…………? あーチエカさん? 今から仲間まるごと取り返す作戦練る所だから一旦からかうのやめに……」


「ああいやまて、まさかじゃが……」


半目で牽制する千里とは裏腹に、ホムラはなにかを察していた。


乱造無尽。自身のカードが使われる度に増殖し、個体間に独自のネットワークを持つ無限増殖の看板娘、御旗チエカ。


その持てる力を、人助けに全振りしたら?


「いやー苦労しましたよ。なんせ大規模サーバーの演算力との『綱引き』でしたんで。ワタシ達の並行演算に加えて、各ご家庭のユーザーパソコンの演算力を『ちょい』して抵抗してようやくの成果、なんですからねー?」


なにやらよく分からない、だけど多分めっちゃとんでもない事をやっているだろうことだけはわかりながら話を聞く。


そして、チエカが指を鳴らすと。




ーーーーひゅうーーーーどさっ!!




「ーーーーッ痛たいななんだ!? 何が起きた!?」


「ふむ? どうやら、無事に戻って来れたようにござるな」


「………………」





ごちゃりと、三人前のアバターが現れい出る。


丁場姉妹と鳥文良襖のアバター体だ。


「じゃんじゃじゃーーーーん♪ わーわーやってる間に、ちゃっかり皆様を救っておきました♪」


「お…………おおおおおおおおおおおおでかしたチエカありがとううううう!!!」


「信じられん…………タギー社のサーバーパワーに勝ったのかッ!?」


「いやまあ……辛うじて、ですけれどね? あ、勝手口はこちらになります♪」


「準備いーなおい!?」


ブォン!! と音を立てて広がったのは、直径二メートルくらいの光のポータルだ。ここに飛び込めば安全にログアウトできるらしい。


だが約一名、状況についていけない兄みたいな姉が居た。


「おい……待てこれなに? たしかオレは助言をしようとして……アレ、そこに居るのホムラ? なに? 勝ったの? ていうかこれどんな状況? ここどこ?」


「まあまあ姉上よ。なんとなく分かるではないか、とりあえずは上手く行ったのだと」


「いや色々ツッコミどころ満載じゃあないのか或葉!? なんだこれどういう仕組みだ!?」


「あー、すんません詩葉さん、積もる話はログアウトしてからで」


対応力の高い妹と一緒になだめ、いやー一応ラスボスも倒したしおかげさまでハッピーエンドだよはっはっはと喜ぶ千里だったが。


ここでまたしてもホムラの目が鋭くなった。


「……ちょっと待て。何故そこな魔王の意識が途絶えておる」


「へ?」


そういえばさっきから良襖の反応が無い。力なく倒れたままだ。


「なんでって……疲れて寝てんじゃねーの?」


「いや、電子の世界においてそれはおかしい。なにせ精神アバターはそやつの認識そのもの。

もし寝てるのなら、不自由な夢に揉まれ飴細工のように変化しておるはずじゃ。それがないということは気絶……いや意識が断絶している……?」


なにか異常なことが起こっている。


四人前の視線で睨むと、チエカが申し訳なさそうに答えた。


「いやぁ、ですね? まず最初に彼女にハッキングが食い込むのを感知したんですよ。

そんでこりゃやばいなって思ったんで、慌てて精神データを回収していってたんですけど……今度は姉妹方にも手が伸びまして。

いや頑張ったんですよ? でも全員救おうとしたら完全に上手くは行かなくて……まあ、ハイ……」


「ほう……さてはお主、分化で手を打ったな?」


「?」


疑問符を浮かべる千里にホムラが答える。


「精神アバターはコピーする他に、半分に切り分ける事もできる。

すると半分ずつでも活動できるし、元に戻った時に情報は統合される。かく言う儂も今、使っておる手じゃよ。隠居じみた会長職といえど暇ではないからの」


「あー…………」


「ほんっとにごめんなさいっ!! ちゃんと完全に取り戻したかったんですが…………!!」


「んーや、十分だよ。あれだろ? つまり今気絶してんのって、無理矢理真っ二つに割いちまったショックみたいなもんだろ?

ホムラのじいさんはなんともないっぽいし……寝てりゃ治るっての、多分。目覚めなかったらそんときはそんときで考えよーぜ」


ともあれ状況は好転に向かっている。


そういうことにする。


「敵の大ボスはぶっ倒した。仲間もだいたい無事だった。良襖のやつも多分そのうち起きる。万々歳……そう思っておこーぜ」


「ら、ラジャー!」


ともかく指針は決まった。


タギーには痛い目を見てもらうし、良襖の半身もそのうち取り返す。


カードの力が、大企業にどれだけ通じるか分からないけど。


千里は戦うのだと、そう固く決意した。


まーそんな訳でひとまず帰ろーぜと、一人また一人とポータルに飛び込んで行くのを見送り、そーいえばホムラのデータどうやって持ち帰ろうかないやオフライン起動する端末に飛び込めばいっかと頭をひねっている中、当の老狐から声がかかる。


「……ところで『キルスイッチ』はお主が持っていて大丈夫なのかの?」


「……ん? あー《ガイルロード・ジューダス》か」


デッキから取り出したのは、このゲームを侵食する力を持つ街路樹の悪魔。


ゲームマスター、良襖から託されたこのゲームの安全装置にしてキルスイッチだ。あらゆるオブジェクト、権利、権限を食い破る力があるがーーーー


「ああ、持っとくよ。コイツに返す訳にも行かないし…………手元から離したら知らんうちに盗られちまいそうだ」


「じゃが、持っていたら今度はお主が狙われるのでは……」


「来るなら来やがれだ」


決意は固い。


「アイツらが仕掛けて来るってんなら……全力で追い返してやんよ。苦情文と一緒にな」







そうして、再び現時刻のリアル。


「……つーわけだ。チエカが取り戻してくれた『精神データの片割れ』があれば、そのうち目を覚ますらしいけど……」


ソファの上で寝そべる良襖を見下ろしながら、千里。


「なるほど、な。状況は理解した」


「ふーん? 無事戻って来たら、一発オシオキでもしたげようと思ってたんだけど」


借夏と遥、二人の大人に状況を伝える。


丁場姉妹はもうくたくたでノックアウト寸前だった。ほっといたら、その辺で気絶するみたいに寝てしまうんじゃなかろうか?


「ワリ、オシオキはもーちょい待って欲しいっすわ」


「ふふ。まあいいわ。幸いここには、いくらでも寝かしとく準備が整ってるもの。

まずは昼くらいまで待って、それで起きなかったらまた考えましょ」


さーてみんな一回寝るわよずっと寝てないんだからと遥が声をかける中、一人眠りこける姿はまるで眠れる森の美女。


もちろん、そんな優しいものでは無いのだが。


それでも未来の鍵は、彼女こそが握っていた。


「千里……ひょっとして、また戦おうとしてるのかい?」


「ああ」


兄の問に、間髪入れず答える。


眺めるのは、己を傷つけ負かし、そして再戦を誓った最強の宿敵。


「……待ってろよ」


その姿を見下ろし、千里は静かに想う。


「目が覚めたら、言いたいことがいっぱいあるんだ。もしもそのために、半身を取り戻す事が必要だってんならいくらでもやってやる。覚悟しておけよ、良襖」


己を心配そうに見守る兄以外………誰にも届かない誓いが、朝焼け色の世界に溶けた。







少年の決意。


それこそが、はるか未来に向けた因縁に繋がるものだった。






「……………………、」


遥の喫茶店の屋上。


住宅街の片隅で、朝日に彩られた風がふく。


千里は一人未来を思い、鉄柵の近くに佇んでいた。


ーーーー戦いはこれからも続く。


重要さを増して、激しさを増して。より苛烈な戦いが千里を待ち受けていることだろう。


さてどうしたものかと頭を捻っていると、不意にスピーカーからハウリング音が響いた。


『あーあー、テステス……あー音量合ってます? ぽいですね。……こほん。まだ寝ちゃわないんですか?』


「なんだか。器用なんだか器用じゃないんだかぜんぜんわかんねーな」


聞こえてきたのはチエカの声だった。


『そりゃどーも。このスピーカーだけ弄るのケッコー大変なんですよね………じゃなくて。

寝ないとカラダ持ちませんよ? さっさと仮眠室行って寝ちゃわないと……』


「だよなー。わかっちゃいるんだけど。……なんかこう、眠れなくってよ」


『まあ、気持ちはなんとなく分かりますが?』


それは焦燥か高揚か。


千里の心は、ズキズキと疼いて止まらなかった。


『ラスボス格は倒して、裏の裏の陰謀まで暴いて、無敵のアイテムも入手。

見かけ上はめでたしめでたし。……でもジッサイは問題山積みですからねー』


「ああ。ここで止まってたら、連中は、タギー社は間違いなくなんか手を打って来る。

よしんば現状のジョーカーがホムラだったとして……まだ工夫でストレートフラッシュをぶち込んでくるくらいは有り得るんじゃねーかな」


『言い得て妙、ですね。まだまだ わたし達の戦いはこれからだって感じですかねー』


「……なんかそう聞くと、漫画の打ち切りみてーだな」


『あはは……確かに。ゲンジツはあっさり終了とは行きませんけどねー♪』


戦友との気安い会話。


そんな中で。


「そーかもな……ところでよーチエカ」


『はい?』


そうして。


なにげなく。




「わかったと思うんだ、オマエの正体」


千里は、とんでもない事を言い出す。




『………………………へ?』


スピーカー越しでも伝わる困惑。


それを押し退け千里は語る。


「いやな。暴くのも悪いかなって思ったんだけどよ。これからの事を考えたらさ…………」


『いやいやいやいや待ってくださいよ!? ワタシの正体? そんなのありませんってば! ワタシはホラ、無限にすげ替えが効く怪物でして……』


「んーや違う」


誤魔化しは効かない。


効かせてはいけない、と千里は理解していた。


「フルダイブの仕組み、ホムラが使った手口、でもってお前が見せてくれた『カラクリ』……それを全部合わせて考えたら。お前がどーいう存在なのか、どこの誰なのかハッキリしたよ」


振り返り、朝日を背にスピーカーを睨む。


「多分さ。タギー社の連中は『お前の正体』を最大限利用してくると思うんだ。

だから、今のうちに解明しておくよ。御旗チエカ……それとも……」


そして。


放つ。




「…………XXXXXXX、って呼んだ方がいいか?」




決定的な言葉が放たれた。


それを受け。


『……………ッ!!』


と息を飲む音を最後に、プツンと通信が切れた。


「逃げ…………!?」


慌てて近寄るも意味は無い。


電子の世界の少女には、引っ込まれたらそれまでだ。


後に残されたのは、拳を握り締める千里のみ…………。





一方、電子の海では。


(…………っ!! ヤバいヤバい!! 『なんで』わかったんです!? どうしようこの後どうしよう!!)


御旗チエカもまた、一人混乱の渦の中に居た。


他のチエカ達を呼ぶ事もできるが、『正体が割れた』事実を知ったら一様に混乱するだろう。


だから、まずは自分が受けとめる必要がある。


「……はうぅ、ワタシも寝ましょうかね……それがいい、ウン」


パチンと指を鳴らし、黄金の繭を広げくるまる。


少年の観察力は『彼女』にとっても、寝逃げが必要なほどの脅威だった。




「あの慌てよう……やっぱビンゴか」


残された少年、千里も確信を手にした。


思えば、全ては彼女から始まっていた。


彼女とのレースから全ては始まり……そして彼女とも、再戦を誓っている。


とくれば。


「……どーせ。使って来るんだろ? タギー社さんよ」


未だ顔の見えない巨悪に向けて、届かない拳を突きあげる。


陽光の果て、見据えるは最後の戦い。




節目は近い。


千里にとって、なによりも困難な「試練」が訪れようとしていた。

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