繋がる思い。千里とチエカの対談!!
「さ、て、と。言いたいことは色々ありますがーーーーまぁまずは一言。改めて、電子の世界にようこそ♪」
「………………」
真っ白な空間に二人ぼっちの世界。
そんな状況でも、御旗チエカは変わらず元気であった。
地面にうつ伏せに転がったまま、千里は力なく問う。
「あの……よ、ここってどういう……?」
「あーこの空間ですか。いざという時の避難場所としてワタシがよなべして作っておいたんです♪
あのオジーチャンってば、フルダイブ初心者にいきなり火炎弾打ち込むんですからもー!!」
「あの……えっと?」
色々追い付かないが、まあ一応聞いてみる。
「えっとさ。俺って今どういう……?」
「なーんとなく、わかってるんじゃありませんか?」
「いやその…………そりゃな」
そう、なんとはなくわかる。現実味が無いだけだ。
「俺は今精神だけがこっちに来ている。でもって身体は意識不明状態。
つまりはオツムの完全電子化。状況はぶっ倒れた良襖と同じ。…………そーいう事だろ?」
「いえーす! ついでにゆーと、ホムラさんも同じやり口で色々しかけてますね♪」
液晶から飛び出たみたく感じませんでしたかー?、とか言ってくれる。どうやら、あれは脳に直接送り込まれる映像のようなものらしい。
突き抜けて明るい言葉に千里は落胆する。コイツは今一つ地に足がついてない感覚があるのだ。
…………もっとも、今はそれがありがたくもあるのだが。
「…………はぁ。これから俺はどーなるんだ? 死ぬの?」
「いや死にませんって。しれっと怖いコト言わないでください」
冗談めかして言うが、その真意は知れない。
咳払い一つ、彼女は状況を語る。
「こほん。今あなたの精神は、完全にこっち側に来ちゃってます。とーぜん焼けたら熱いですし、傷ついたら痛いです」
「いや、だったら……こっちで死んだら……」
「いーえ死にません」
チエカは断言する。
「あなたの精神と体とは、ふっとい鎖みたいな繋がりがありますからね。もちろん良襖さんも、ホムラさんにも。
だからどれだけ精神が痛もうと体が無事なら死にませんし、サイアクの場合サーバーの電源切れば精神は肉体に戻ります♪」
「なんだよ……なんか生霊みてーなのな、今の俺」
それもまた、千里の体からちからを引っこ抜く事実だった。
だってそれなら。
「だったら……今がそのサイアクだろ。何がどーなってるか知らないが、今すぐサーバーを落とせば」
「そのサーバーがどこにあると思います? にっくきタギーの管理ビルですよ? わざわざ電源落とすわけがありませんし……。
万一落とすとしたら、ラフマさんの精神をサブサーバーにでも移してからですね」
「あー…………」
状況にう回路は無いらしい。
「今ホムラさんは、もてる権限を総動員して良襖さんの精神をデータとして移送。
同時並行でこのゲームを魔改造しています。なまじ重役だけに、受け取った権限がおっきかったんですね?
…………さーて、こんなやりたい放題のオジーチャンをほっといたらどーなると思います?」
「…………」
ざっと考えても相当やばいと思う。
カードレース・スタンピードは、それなりのブラウザハードなら問題なく起動する。
その起動画面全てが、ユーザーの精神を攫う窓口と化したら。
すぐに命に別状は出ないとはいえ、栄養を補給しなければどの道残された肉体は死ぬ。
それは点滴かなにかで保証できるとして、それを無制限には繰り返せない。
なにより、そんなものをどうやって罪に問えばいいかわからない。
二の足を踏むうちに被害者は増えるだろう。
そうして一定のアバターを確保した上で、こうとでも宣言されたら終わりだ。
ーーーー彼らの精神を殺されたくなければ、我々に逆らうな。
「ちっくしょう…………なんてこった。もうできてるんだ、ベタベタの野望を叶える準備が……!!」
例え命を奪えずとも、精神を壊す方法はいくらでもあるはずだ。アイアンメイデンに格納してもいいし、火あぶりにするのも効果的だろう。
現に今、先駆千里の心は電子の揺らぎのみによって死にかけている。
もっとも、彼の場合はことここに至るまでさんざんに痛めつけられた結果によるものなのだが。
ーーーー見よ、このみっともないヒーローのありさまを。
自分の居場所は作れず。
最初の依頼は果たしきれず。
魔王の暴走は止められず。
裏から現れた黒幕の手で、ついには心まで折られてしまった。
果たして、彼はいったいなにを成し遂げたのだろうか?
そんな事実を彼は自覚した。
走馬灯のように自覚してしまった。
「まー、言ってもそこまでベタベタの野望持ってるとも思えませんけどね…………アレ? 聞いてます?」
「…………それで? これ以上どうしろってんだ」
千里は吐き捨てる。
吐き捨ててしまう。
「頑張ったんだ。頑張ったんだぜ? 無駄だったとしても全力で頑張ってきたんだよ。
戦いの中で色んな人と関われた。少しずつ真相に迫っていく感覚はあったし前に進んでる気でもいた!
でも駄目だった。だってそーだろ。肝心な時の俺はいつも役立たずだ!」
真っ白な世界に吠える。
「いくら努力を続けても! 状況が俺を笑い飛ばしたんだよ状況が! 新天地だと思ってきた場所は地雷原で! 全力で迫った真相に意味はなくて! 魔王には手も足も出なくて! 今はこうして裏ボスに心を折られちまってる!
限界なんだよもう!! これ以上どこにどれだけ頑張ればまともなゴールが待っていやがるんだ⁉ それが!! なにひとつ! これっぽっちもわからねえんだよッッッ!!」
少年の、痛烈な嘆きを。
チエカは。
御旗チエカは、何も言わずに聞いていた。
そして。
「なーに、言ってくれちゃってるんですか」
数拍空けて、チエカはなんてことないことのように答えた。
「人生なんてそんなもの。うまくいかないことだらけ……むしろうまくいくことの方が珍しいくらい。
でもそれなりに、何とかなるものです。現にアナタだって、とんでもないコトだらけの日々を今日まで生きてきたじゃあありませんか」
「かもな…………でももう無理だよ、ここまでだ」
千里の心は晴れない。
「俺はあいつには勝てない。もう十分すぎるほど差がついちまった。ここから逆転する光景が見えねーんだ。
あの馬鹿でかい化け狐には、ホムラには指一本触れられない。取り巻きもクソつえー。距離もいいだけ離された。
勝ち目がねぇんだ。何より俺自身の心が折れちまったから、戦いにもならねーんだ…………!!」
「ふむ、なら…………まずは心の問題から何とかしましょうか」
チエカの声は、どこまでも優しげだった。
「一つ、質問しますが……悔しくありません? ここまでしてやられて。ゲーマーとして一人の人間として、いいようにもてあそばれて。
友人を攫われて、自分は火あぶりにまであわされたんです。…………細かい事情は抜きにして、一発痛い目に合わせてやりたいとは思いませんか?」
「…………!!」
ぴくり。
千里の眉と、指先に再び力がこもる。
「くやしいに、決まってる…………!!」
少しずつ。
少しずつ、千里が身を起こしていく。
「あんのアンチキショウにもう一発、いーや何発でもぶち込んでやりてぇ‼ 完ッ全に犯罪者じゃねーかよあいつら裁けねぇぶんタチがわるい!!
何が何でも刑務所にぶち込んでやりてぇさ可能ならッツ!!」
手をつき。足を踏ん張り。
ゆっくりと体を起こしながら咆哮を放つ。
「ふっふーん。そーそーその意気です♪」
震える足で体で、しかし確かに立ち上がった千里を見て、チエカは満足げに微笑む。
「そっしてレースの行方に関してですけど……まだまだ諦めるには早いと思いますよ?」
「?」
「ほら言うじゃありませんか。『ゲームは最後の最後までわからない』って。そ、れ、にー♪」
くるりと一回転して、指を立てつつチエカは言う。
「このゲームを、そしてホムラのカードを作ったのはあの傍若無人の魔王サマですよ? なんの対策も用意してないと思います?」
「あ」
言われてみれば確かにそうだ。
そういえば前に言っていたような気がする。『なんの対策もせずに----』
「なるほど。ふふふふふふなるほどなるほど。そーゆーことか」
「ええええ。あるとおもいますよー? 『明確な切り札』」
心当たりがあった。
既に引き入れる準備はできている。
「そして最後に! アナタの前には!」
たんっ、と。
もはや完全に立ち上がった千里の前に、倍する金色の輝きを放つ少女が降り立ち言い放つ。
「このワタシが、御旗チエカが! このゲームの看板にして最高幹部Ai‐tubr、攻略ライン上のラスボスまで務めるつよっつよの最高戦力が居る!!
そのワタシがついている限り……負けるなんてありえませんよ♪」
「…………、そーかもな」
そう言われると、勝てるような気になってくる。
体の奥から、ふつふつと熱量が湧き出る。
「ふ、ふ、ふふふふふふふ…………!!」
「ふふふふふふふふふふふふふふ」
笑みを突き合わせる。
彼らの中では、彼のにっくき化け狐の皮をどう剥がすかでいっぱいになっていた。
「はは……あーそうさ。このままやられっぱなしで終わるもんかよ。
せっかく勝利の女神様がついてくれてんだ。やれる所までやりつくそうじゃねーの」
「その意気です♪」
やがて彼らは誓いを立てる。
世界をの命運をかけた誓いを、あっさりと。
「そんじゃーいっちょ……勝ちましょっか」
「ああ、勝とーぜチエカ。あの狐ヤローに! 目にもの見せてやろーじゃねーか!!」
高らかに宣言する千里。
その瞳には、確かな光が灯っていた。
彼らが向かうは世界をかけた戦場。
さあ挑め、己の全てをかけて。




