暴君による改変。 ホムラvs千里 その①
「千里ッ!!」「千里殿!!」
先駆千里の仲間達が到着したのは、決戦の幕が上がってからだった。
丁場或葉と丁場詩葉。
千里とともに戦場を駆けてきた姉妹は、レーサー達に並走する観客席に降り立った。
彼らを出迎えるのは、金髪ロングの看板娘だ。
「チエカ殿も!」
「どーも。イカレた戦場へようこそ♪」
平時のような気安さで返す少女に、事態の深刻さを知る詩葉は激しく迫る。
「話は妹からだいたい訊いた! どうもお前ん所の会長サマがご乱心のようだな!
だがその激突の結果が『カードで決着をつける』だと!? なにがどうなりゃそういう話になるんだ!?」
「そりゃまあ、そういう風に話が転がればですかね?」
「そういう風にって……だがなぁ……」
詩葉が思考の隅に入れているのは、今も現実のベットで横になっている幼い存在。
『なにが起こっているの!? 早く目を覚まして!!』
『こんな症状は初めてだ……原因の見当もつかない……!』
母親や医療者に見守られる彼女を想い、語る。
「こいつの『命』がかかっている可能性が高い。いくらなんでも命の行方を『ゲーム』で決めるってのは……」
「なにを言ってるんです?」
御旗チエカは、やはりなんてことないことのように語る。
「古来より、カードゲームとは命を賭けて戦うもの。今繰り広げられている光景こそ、このゲームの正しく美しい姿ですは?」
「正し……!?」
チエカの異様な語りに、詩葉の言葉が詰まる。
だが。
「でも大丈夫。死人は絶対に出ませんよ」
「なんだと……?」
「ええ……ワタシはあの人を信じてます。悲劇を悲劇で終わらせない力があると思いますので」
「…………!」
ーーーーやはりこの女は、さらっととんでもない事を言ってのける。
妹が言葉ひとつで悶絶している中、詩葉は静かに思うのだ。
「……ていうか、それとは別に安心できるだけの『理由』もちゃんと別にあるんですけどね」
「理由?」
「ええ。……おっと、そろそろワタシも向かわなくては」
疑問を後目に、チエカはさりげなく立ち上がり戦場を見やる。
「ホムラはワタシの敵でもありますからね。人の『相棒』を拐った罪は償って貰わないと」
こんな状況でも、彼女の心の太陽は沈まない。
彼女の眼下を駆けるのは、ゲーム開始時に配置されたギア1のマシンだ。
千里残り走行距離……20
ホムラ残り走行距離……20
「なんだ? 残り走行距離が……」
短い、と思う権利をホムラは与えるつもりは無いようだ。
「さあさ若造! 儂が改めた新しいルールのご教授と行こうではないか!」
ホムラが、自信満々に語り出す。
「ひとつ! マシンゾーンを三枚に制限! ふたつ! メインフェイズとバトルフェイズの分離! そしてみっつ!」
そこでもったいぶるような間を置いてから、とっておきとでも言いたげに放つ。
「このゲームから『概念』を一つ、消し去った! その名は『走力』!
これより先は全く異なるルールで走行するのじゃよ!」
「っ…………ドデカく変えてきたなオイ!!」
このゲームは『相手より先にゴールする』ことを目的としたゲームだ。
そのために必要だった『走力』のオミット。古いルールの否定にこれ程明確な差異もあるまい。
「説明のあらかたも済ませたし……では先行はいただくぞ! ……おっと四つめの改変、先行ドローを忘れておったわ」
笑いとともに一枚これで彼の手札は六枚からスタートする。
美女の姿を借りる野獣からゲームが始められる。
「儂は手札からアシストカード《シンプル・レーシング》を発動! ……フフ、補助カードの名称も変更してやったわ!!」
「…………!!」
彼らがかけるコースの幅が目に見えて狭まる。
と同時に、ウッドスパイク同然の柵に囲まれる。
《シンプルレーシング》✝
ギア1設置アシストカード/ステアリング
◆お互い、センター以外に置かれたマシンはターン終了時に破壊される。
「これでお互いのターンの終了時、マシンは一台しか残らない!
実にわかり易くなるではないか!」
「ほーん。ルールで減らしたマシン数を更に減らすと来たか」
あからさまなタイマンの強要。
彼が目指すこのゲームの完成系は、まさしく一対一のレースなのか。
「ではバトルフェイズ! ファーストマシン《漆黒の名馬》で走行!」
《漆黒の名馬》✝
ギア1スカーレットローズマシン POW4500 DEF3500
墨汁で描いたような品馬がコースを疾駆する。
シンプルさを追求する老害は、自信の愛機さえシンプルなバニラカードだった。
「ここで新たな走行のルールを紹介しようか! 新たなルールにおいて走行すべき距離は20。
その数値を減らすには『ギア』の数値を使う!
「ギアの数値を?」
「そうとも! 元より走力を別に設ける必要などなかったというわけじゃよ。
この漆黒の名馬はギア1! よって1キロの距離を走行する!!」
ホムラ残り走行距離……20→19
「儂はこれでターンエンド!! さあうぬのターンよ!!」
「くそ…………」
新ルールの方向性は伝わった。
どうやら、ホムラは前時代のクラシカルなカードゲームがお好みらしい。
そして、それは昨今のオンラインカードゲームの流行りでもある。
(20点ライフにステータス削除……な。なるほどシンプルプランだ。わかりやすさを求めた、原典のカードゲームに近いルールだ)
そんなカードゲームは最近多い。脳に負担がかからないとわかっているからだ。
だが二の矢三の矢で成功し、時代の壁をぶち抜いたのは独自のルールを持つゲームだ。
(ったく。俺は『カードレース・スタンピード』をやりたくてゲームをプレイしてるんだぜ。
他のゲームの代わりにプレイしてるんならとっくに離れてるってーの)
毒づきながらも、とはいえ。
もはやそれで狼狽えることはしない。
どんなルールだろうと楽しみ尽くすだけだ。
(以前と滑り出しは変わらない。展開の仕方はそのまま使えるはずだぜ)
「俺のターン、ドローッ!!」
最初の手札は六枚。
これの使い方が重要だ。
「俺はファーストマシンで走行……はせずにこいつを繰り出す!
来やがれ《ハイウェイ・キッド》!!」
千里が乗るバイクが、新たな姿に生まれ変わって行く。
《ハイウェイ・キッド》✝
ギア2 スカーレットローズ/マシン ATK6000 DEF9000
変化の果て、千里は一人乗りのマイクロカーに登場していた。
「……んじゃ、いかせてもらうぜ」
静かに宣言する。
ここからが本番だ。




