語られる真相。かの日の魔王のプロローグ。
チエカが、運営の操り人形。
冷静に考えたら、それは当たり前の帰結なのかも知れない。
奇跡も魔法も無い世界で、幻想を創るには相応の手間が要る。
しかし逆に言えば、手間さえかければ。
かつての時代。詐欺師サンジェルマンが途方もなく相手を学び染まり尽くすことで、逆に万人を振り回し巨万の富を奪い去るまでに至ったように。
現代において、いくつかの偶像が命あるものかのように扱われているように。
彼女も、そういった偶像のひとつなのか。
千里は、体中から力が力が抜けていく事を感じた。自分の道筋全てを否定されていくような感覚があった。
だって、それが本当だとしたら。
「……なあ、それがガチだったらよー……」
「ええ。あなたたちの旅路はここで終了って事になっちゃうわね」
もはや残り三名の幹部……Ai−tubaなど倒すまでもなくなる。メインシナリオを攻略する前に世界が救われるようなものだ。
魔王と勇者の和解、というよりは。
神々の裁きが魔王に下り。
勇者の出る幕でもなく。
勝手に事態が解決してしまうようなもの、だろうか……?
ーーーーぴりり。ぴりり。
「あら、噂をすれば」
アラーム音に良襖が反応する。
「要件は、なんだ?」
「さーてね。……でもま、だいたい想像つくわ。大方解雇通知でしょうね」
千里の問いに、どこか糸が切れた人形のように力なく答える。
責務の喪失を代償とした自由。
彼女にとっては、これっぽっちも嬉しくないものだろうが。
「今、カードレーススタンピードはシャットダウン状態にある。あたしの名義で謝罪文を出してね。
やった事がやった事。当然の報いよね。大事にするべきだった偶像をこの手で汚してしまった……ううん」
事態を再確認するように、彼女は語る。
「根本的に、器じゃなかったのかも。チエカはあたしが産み落としたものじゃないし、自分で産みだしたAi−tubaはあの扱い。
……『客観視』ってヤツをできて無かった。自分がやらかした事がどれほどの影響を及ぼすか理解できて無かった」
小さな体に、ひとつの世界を管理する仕事は重荷がすぎた。
それをようやく理解する。
「だめねあたし。本当にだめ。奥に引っ込んでカードだけ作るくらいが丁度良い……かももう怪しいかな。ごめん……あなたたちの『夢』を汚して、本当にごめん」
事態が事態。責任を感じているのだろう。
だが。
「気にはせん」
少女は、偶像を誰より愛した或葉はなんてことない事のように答える。
「情報が飽和するこの時代に、良襖は自らの手で新たなる夢を生み出そうとした。その事実を、拙者は讃えたい」
「……ありがと」
そのやり取りを見ながら。
「…………」
千里は久しぶりに、蚊帳の外の感覚を味わう。
求めども求めども、物事の中核は千里の元を離れていく。
自分に今、できる事はなにがあるのか。
それがまた、わからなくなりつつあった。
「ごめんなさいね。うちの娘が迷惑をかけて」
「んーや、なんとか平気っすよ」
「心配は無用。拙者はどうともないゆえ」
豪奢なリビング。
千里と或葉は、良襖の母にして《豪鬼の狩り手ルイズ》でもある女性にもてなされていた。
豊満な体。子供を産んだと一目でわかる迫力があるが、そのくせ女性的な魅力はこれっぽっちも損なっていない。万人を優しく、そして厳しく包み背中を押すような在り方がそこにはあった。
なによりも目を惹くのが、タートルネック越しの凄まじい胸囲である。おっぱい、などと軽々しく呼ぶのが憚られるほどの爆乳はいっそ神聖さすら感じた。
「ごめんね、あの子妙に人付き合いニガテなところあるから」
「まあ、その辺は知ってたすけど」
良襖は今、出資者タギーのトップとサシで話しあっているはずだ。集中を阻害するとして彼らは追い出されたのだ。
おっぱい……ではなく良襖の母は問う。
「あの子の事、どこまで知ってる?」
「……そーいやなんも知らないかもな」
「拙者も。思えば、ずっとそばにいたはずなのにの」
「でしょ。あの子、どこか壁を作るところあるもの」
心配そうに語るのは、紛れもない母の姿だ。
「あの子には才能がある。既に、いくつもの『成果』を出してるの。今よりもずっと前にね」
「ヘ……?」
「何年か前。あの子は独創的なセンスで、いくつかタギー製商品のデザインを担当したことがあった。モチロン、外部の誰にも内緒でね」
「ま、それは穏やかではない……」
「でしょ? それでもオトナ達は群がった。もう少し事情が違えば、あの子を子役よろしく全面に出して商売してたかも。
ちゃぁんと法律の穴を上手く突くやり方でね。神童、なんて呼ばれたりもしたっけ」
かの日を想う回想は止めどなく。
どこか優しげな表情で語る母に、しかし雲がかかる。
「だけど、そうはならなかった。スランプに陥ったのよあの子。
何をやっても上手くいかない。創れない想像できない言葉にもできない。オトナ達はすぐ手の平を返した。……煽てていた私含めてね」
「ママさん……」
「……ごめんなさいね、また夢の無い話しちゃって。それでも、あの子はまたなにかを始めようとしてたの。あの女の子……御旗チエカと出会ってからね」
ピクリ、といやがおうにも反応してしまう二人。
電子の看板娘たる彼女の存在は、それだけ大きくなってしまっていた。
「あの子とネットの中で出会って、電子の世界を手に入れてからのあの子は本当に楽しそうだった。だから協力もしたわ。
あの子は、チエカちゃんの事をタギー謹製のマボロシみたいに言ってるけど、私はそうは思いたくないかな」
ちらり、良襖が出資企業たるタギーと対面しているであろう部屋のドアを見やり。
「……だってそうでしょ? それだと、いくらなんでも悲しすぎる。
知らずにまた、壊れ始めてたのだって……オトナ達に引きちぎられてただけって事じゃない。
そんなのはあんまりもあんまり。嫌なことばかりの日々だって……ひとつくらい、夢のある話を信じていたいと思わない?」
話を聞くにつれ、すっと彼女への怒りが引いていく感覚があった。
彼女もまた、あがいていたのだ。
だからこそ、同意する。
「……言えてるっすね。アイツも頑張ってたんだ。その道のりまで汚されんのは俺だって嫌っす」
「拙者も。元より恨みなと無い」
「ありがとう。早く聞かせてやりたいわ」
千里はふと、彼女が解雇されなければいいと思うようになっていた。
そうなったら、二度と彼女を狂気の渦に落としはしない。彼女の手を繋ぎ止め、今度こそ真っ当な夢の世界を貫く道を歩かせることができる。
(……なーんて。実際にはそう甘くないんだろーけどよ。それでも、頑張ってた奴が報われないってのはモヤって来るぜ)
なんて、千里が思いを飛ばしていた、
その時だ。
ぼすっ。
「…………?」
音は良襖の部屋から響いた。
息づかいはなく、続く音もない。痛いほどの静寂があった。
「……良襖? ……入るぞ?」
返事はなかった。
心配に思い、扉を開け除きこむ。
良襖はパソコンの前に倒れ伏していた。
その口から。
「あ……あぁ……?」
血が。
止めどない血が、流れていく…………!!
「ら、ふま、良襖……ああああああああ!?」
叫びしきる彼の頭上。
デスクトップに、惨劇を見下ろす影があった。
まるで……少女を抱える少年の嘆きを嘲笑うかのように。




