地獄の姫との決戦へ。静かな確信!
「んー……?」
「あ、起きた?」
薄暗い、物陰の小世界。
ひざまくらの上、詩葉は酔いの渦から微かに目を覚ます。
「あれ、あたし……」
「覚えてない? 良襖の提案で合宿することになってたの」
「そう、だっけ……」
夢うつつなのも致し方なし。
彼女は、詩葉はずいぶんとお酒に弱かった。……思わず、話のネタにしてしまう程度には。
犯人の目星は付いていた。
(さては「あの子」ってば、いつか話したのを覚えてたか)
「遥ぁ……ちょっと寒いかも……」
「はいはい、ぎゅー」
「ぎゅー……」
とろんとした瞳で抱き締められる詩葉。
久しぶりあったあのとき以来。
そこからそう日にちはたってない筈なのに、その温もりは相当遠く離れていたように感じられた。
(ま……しょうがないか。あたしはAItubaで詩葉はプレイヤー。戦う以外できない間柄だもの)
「はぁ……」
そ……と離れる詩葉。
その顔には悲しみがあった。
「どしたの、詩葉」
「なんかさ、すごく申し訳なくてさぁ……」
「申し訳なく?」
「だってさ。だってさ。遥には迷惑かけてばかりでさ」
それは仮面の奥の本音か。
火酒が溶かした心の氷の奥、彼女の弱い部分を見た気がした。
「だってそうじゃん。勝手に秘密暴いてさ。理由つけてタダで居すわってさ。そんなことしちゃいけないのに……」
「いいよ。別にさ」
先ほどから聞こえる喧騒。
それをして詩葉への慰めとする。
「悪くないものよこんなのも……見てみて。あれ」
「あれ?」
そこには。
ーーーーバアアアアアアアアアン!!
「これで無敵だ!!」
組み上げられるは一夜城。
三人での打ち合いの最中、人知れず組まれた頂点。そこから見下ろすは、心配性の化身だ。
「天井に届くほどとは、
「お前傍楽コレ、椅子とか布団とか組んだ奴か! いやスゲーけど……何のつもりだ!?」
「俺にできることを、だ」
盛大に語る。
「或葉がなにを伝えようとしているかは俺にはわからなかった。でも変化をつけることはできる。
ボス攻略のための合宿だ。大いなる存在とやらに挑めば見えてくる事もあるんじゃ無いかと思ったし、ここから枕を打ち込めば一方的に勝てそうだしな」
「最後ので台無し! んな勝って当然のバトル挑んでなにが楽しいんだ!? ……ん?」
自分の言葉に自分で引っかかった千里だったが、傍楽は気にせず吠え叫ぶ。
「あたりき。勝つべくして勝つ。負けの目だらけの勝負は肌に合わないもんで……」
ぽんぽん。
「はいでかした☆」
「え?」
ガシッ ポイッ
「あああああああれええええええ!!」
背面にある毛布のスロープを転げ落ちる傍楽。
「傍楽っ!?」
「ふっふっふ。はっはっはっは!! 一夜城乗っ取ったり!!」
椅子を組んだ城壁の上で魔王幼女が笑う。
傍楽の準備を盛大に利用した。鳥文良襖が背面から静かに迫り突き落としたのだ。
「いやその……それは流石に、どうかと思うにござるが?」
「利用されるのが悪いと言わせてもらうわ。あらゆる手を使いこなすこのあたしに、勝てるものなら勝ってみなさいよ!!」
そうして構えるのは、過剰なほど貯えられた枕の束。
投げつける。
ドウ。ドウ。ズドゥッ!!
「あべっ!!」
「ぐぬぅ!?」
もはや殲滅。
暴君による一方的な掃討が繰り広げられる。
たまらず柱の影に引っ込み、作戦会議をする千里と或葉。
「くそったれ! 傍楽の準備と利用の良襖じゃあ愛称が良すぎだぜ!!」
「全くにござる。コレでは単騎突撃しても勝ちの目はあるまい」
ならば二人なら。
お互いに見合わせる。
不文律は語るまでもない。
「……さっき鍛えてたとか言ってたよな」
「ウム。楯役くらいなら訳もない」
「マジか? 大丈夫?」
方針は決まった。
超協力プレイでの攻略が始まる。
「楽しそうだね、あいつら」
「たの、しい……?」
純粋な気持ちで彼らを見ていた。
だが状況は、更に彼らを追い詰める。
ドウ。ドウ。ドムッ!!
「っだあ!! 波状攻撃が辛い!」
「このままでは埒が開かぬ……」
耐えられる筈の攻撃に圧される。
理由はシンプルだ。
「傍楽の奴、城の下側に籠りやがった……!!」
椅子の下から不安の塊が除きこむ。
そこから転がるように突き進む枕が、前に進まんとする彼らの足を掬うのだ。
まだ足りない。
このままでは勝てない。
「或葉。俺をあの高さまで飛ばせるか。やれるってんなら……その高みから一夜城のてっぺんを撃ち取る!!」
「なにを言うか……あたりきにござるよ」
そして二人は駆け出す。
勝利への道へ。
「行くぜ或葉ァ!!」
「ウム!!」
枕の嵐に負けじと進み、手で足場を創る。
跳ね上げる。
見下ろす目線。
「…………は?」
勝機一瞬。
高みから声が放たれる。
「てめえの天下は! 俺がぶっ壊す!!」
ドッツツツツ!!!
「……………………あく……」
ふらつき崩れ。
一夜城の主は倒れ、後方の毛布のスロープから転がり落ちていく。
城主は去った。
困窮するのは傍楽だ。
「えーっと……」
身動きも取れず、体勢の都合で投擲も弱い。
万事休すとなった傍楽は、一夜城改め棺の中で白旗を掲げる。
「え……っと、ギブアップってあり」
「いまさら」
「有るものかっ!!!」
そして、傍楽もキッチリ倒された。
「なんかさ。良いよねああいうの」
「……そだね。……あんな風に、楽しめれば良いんだけどな……」
言葉を転がし、詩葉は再び眠りについた。
それを見ながら呟く。
「……ばか。詩葉にもできる。できてるよ」
「で? 話ってなんだよ或葉」
「うむ千里。少し見てもらいたいものがあっての」
戦いの後。
すっかり伸びた二人を布団まで運んでから、二人きりの作戦会議が行われていた。
「……二人のバトルを見てから、ずっと考えておった。何故強いカードを振るうことが楽しさに繋がらないのか」
「楽しさにつながらない?」
「うむ。コレを見るにござる」
そう言って見せてきたのはPCの画面。
映るのは、午前中のバトルで振るわれる筈だった必殺技である。
《秘剣・大蛇狩酒呑炎斬》✝
ギア5チューン サムライスピリット
相手マシン一枚を破壊する。この時自分の残り走行距離がゲーム開始時の三分の一以下だった場合、自分はレースに勝利する。
「このカード。並みの手合いに使うなら勝利を呼び込む一枚。……であるが、もしも走行距離を追加する重機王を相手にしてしまったなら」
「前半の効果だけが適用される。ゲームエンドの筈が、ただの単体除去が良いところ……ってわけだ」
【重機王】の片割れ、マッチメイク・タンクローリーには走行距離をレース一本分追加する能力がある。このカードとは相性最悪と言えよう。
それでも、除去効果が通じるならまだ勝ちの目はあるが。
「しかも、それも通用するか非常に怪しい。なにせ重機王を創る際には多数のギア1を素材として取り込む必用がある。
……その時に、コレを混ぜられていたなら」
続いて映ったのは、千里にも見覚えがあるカードだ。
《バルキリー・シェル》✝
ギア1マシン スカーレットローズ
POW1000 DEF6000 RUN5
このカードをセンターの下から捨て札に》一度のみ、センターの破壊を無効にする。
センターを庇う一枚。
合体時にコレを混ぜ込めば、相手は重機王の除去すらろくに行えない。
「…………誰だってそうする。俺も使ったよ」
「ウム。戦術としては大正解。……であるが、それを使われた相手はどうなるか」
「さっきの俺みたくなる……って訳か」
勝って当然の勝負が楽しいのか。
千里にとって、答えは否だ。
そして、楽しめていない者が相手を楽しませるなど世迷言だ。
「ずっと言葉にできずもどかしい思いをしておったが……先程のウヌの表現はピッタリであった」
「ああ……」
しっかりと見据えた。
進むべき道を。
「答えは得た。どーやら……女王とのタンゴに出向くには、アイツは最強ド有能過ぎたみてーだな」
強さだけが、勝利だけが正義ではない。
こと娯楽ならばなおのこと。
勝ち負けだけではない、大切なことに千里は辿りつきつつあった。




