挑戦の結末。そして強敵への挑戦へ!!
バスの車内では、運転手の男の呟きが漏れていた。
「……悪く思わないでくれよ、嬢ちゃんたち。これも命令でね」
無人同然のバスの中、運転手の呟きが響く。
「ま、オトナの世界は早かったってこった……全てはタギーのために。なーんてな」
しゃがれた男の呟きが、駆動音に紛れて消えた。
バスターミナルでは、四人の戦士たちが途方にくれていた。
明らかな職権濫用。
これだけの異常事態を、一プレイヤーを狙い撃って起こす訳がない。
ここまでの理不尽を重ねる理由はひとつ。
(あたしのせいだ)
か弱き幼女君主が打ちのめされる。
いわば雇われ店主とも言える立場の鳥文良襖。
その彼女が調子付かないように制裁を加える。
千里たちの妨害などついでもついで。
このミッションにのせられたメッセージはたったひとつ。
『お前など所詮子供だ。いつでも我々で操れる』
(なんて事よ……)
背を走るのは後悔か。
好き勝手の竹箆返しをくらった気がした。
あの世界……《カードレース・スタンピード》を作り上げたのは他でもない鳥文良襖だ。
だがそれができたのは、大企業タギーからの協力をむしり取ったからだ。ちょいと上に逃れられては、小さな良襖にはたちまち手が届かなくなってしまう。
隣を見やる。
同じく打ちのめされる格好の千里と或葉。事の真相を知らないのは、幸か不幸か。
ともかくこれで試練は『失敗』。
ゲームの外に閉め出され、ゲームの外から打たれた手に潰された記録だけが残るのだ。
(せめて)
乾いた風に吹かれるなか。それでも、思わずにはいられなかった。
(せめて、一矢くらいは報いたかったかな)
そんな少女の独白だけが、ひとりぼっちの内側に溶け…………
「まだ諦めるのは早いぞ、良襖」
「?」
見やると。
四人の中でただひとり、風間傍楽は笑みを浮かべて言う。
「転ばぬ先の杖だ」
そう言って、傍楽が取り出したのは。
赤ペンでびっしりと印が引かれた時刻表と地図。
「それは……」
「この時刻表によると、向こうの門を曲がった所にあるバス停から目的地の一キロ半圏内まで迫れる」
備えあれば憂いはない。
逆転の手が広げられる。
「もちろんそこから徒歩はちときついが、すぐ近くにはレンタルサイクルの店がある。そこからチャリで向かえば……………!!」
「一キロ半なら……自転車で往復できる?」
「ああさ」
「よくぞ、用意してくれた……」
「でかしたぜ傍楽!!」
千里と或葉が興奮する中、良襖は驚愕して問う。
「なんで、ここまで……」
「俺、ビビリだからさ。不安がる事しかできないからさ」
自嘲するように語る。
「だからさ。せめて思い付く限りの隙を埋めようって思ったんだ。ついていくだけなんてスットロい奴でなんて居たら駄目だって思ったんだ」
ボサボサの髪に隠れた眼差し。
その奥から、一筋の光が覗いた。
「ここまで来てゲームオーバーなんてあってたまるか。綻んだ状況は、俺が繋ぎ止めるよ」
それは決意。
弱き者であるが故の足掻きを貫く決意が温もる。
「……ありがと、傍楽」
氷解。
肩の力が抜けるような安息を得た。
そして逆転劇が始まる。
「整理券の取り忘れとか無いでしょうね!」
「ウム!!」
「おいチャリ借りんのはいーけどよ! 懐的にはどーなんだ!?」
「大丈夫だ。レンタルサイクルでかかる金なんてオヤツ分にも満たない」
「そもそも『子供だけなら乗せられない』って拒否られなかったらタクシー使ってたってーの!!」
「落ち着くにござる! 往復30キロもタクシーに乗ったら破産モノであろう!!」
「る、るっさい!?」
そうしてバスに駆け込み、しばらく揺られ。
海辺まで残り……5キロ→1・5キロ
「ここだ」
「降りるわよ!」
レンタルサイクル屋のまん前で降りる。
「すいませんレンタル四台で!」
「……そーいやだけど。まさか自転車乗れないっての居ないでしょうね」
「…………自信無い」
「傍楽どの!?」
「す、済まない。いくら練習してもふらつくんだ……1500メートルも走りきれるかどうか……」
「……店主のおっちゃん。やっぱ借りんのは三台にするわ」
「千里?」
ガチャン…………
「後ろ、乗れよ」
「良い、のか…………?」
「ったりめーだ。ここまで来てひとり置いてくなんてしてたまるか。くそったれな現状なら俺が壊してやる!」
「すまない……ありがとう……!」
「……ふん。格好良いトコ見せてくれるじゃない」
「誰しも、強みはあるものにござるよ」
「さーってもう少しだ。行くぜ!!」
そして…………
海辺まで残り……1・5キロ→周辺…………
子供達は砂の匂いのすぐそばまでたどり着く。
海までの道は木の柵で閉ざされてはいたが。
「おいここ立ち入り禁止て書いてある…………」
「蹴っ飛ばしなさい!!」
「ウム心得た!!」
「ええ!? お、おう!!」
バ ガ ン !!
制約を越え、たどり着いた景色は。
「…………………………………………海だ」
宵闇が迫る大海原。
寄せては返す『波』。
たどり着いた情景に、彼らは胸を打たれる、
「すげーわ。いつぶり…………いや初めてか?」
「確実なのは、自力で来たのは初めてという事にござる」
「掴み取ったんだな。ここまでの道を」
「ちゃーんとコメント残しときなさいよ。音声も要求の内なんだから」
音声と共に録画しながら。
「見ろよ……あれ」
誰かが、それに気が付いた。
紅蓮の情景。
生まれ変わるべく上がる、太陽の断末魔。
その光景に、誰もがみとれた。
もはや言葉は不要。
ただこの瞬間を味わうのみ。
そして。
(…………確か言ってたよね、チエカ)
少女君主の心に火が灯る。
新たなる切り札のイメージが浮かぶ。
(ついでにパックカードのデザインでも練り上げて来いって。見えたわよ。最高のデザインのイメージが)
穏やかに、心中呟く。
赤毛の少女は、どこまでも優しい時の中に居た。
そして、時間は流れ。
傍楽は土下座謝罪をすることになっていた。
「……ア゛ァ!?(#・∀・) ここまで来て帰りのバスが無いってどーゆう事よッ!?」
「たどり着く便は見つけた……時間までに帰る便があるとは言ってない……!」
「ジョーダンじゃ無いわよ!! ここまで来てGAME OVERなんてノーセンキューよッ!!」
「落ち着け、最後の手は打ってあるから……」
「?」
傍楽の言葉に首をひねると。
キィ……………ッ
「よ。待たせたな」
見合わせたように。
バイクにまたがり、最後にして最高の仲間が訪れる。
「やっぱナイス!」
「待ってました……!」
「来てくれたにござるか姉上!」
「詩葉さああああん!!」
最ッ高に格好付けたタイミング。
千里達の中で唯一の「大人」。
丁場詩葉が駆け付ける。
そしてその横部分にはサイドカーが。
「乗れ千里。かっ飛ばして間に合わせる!」
「おうっす!!」
そして英雄は帰路につく。
だが単なる帰還ではない。
戦場への旅立ちでもあった。
「ーーーーお前らよー!」
サイドカーから千里が叫ぶ。
「マジ助かった! ありがとよーーッ!!」
「ハン! こちらこそだってーの!! 絶対間に合わせなさいよねーーーーっ!!」
少女が大声で返す。
その心の内は、暖かいもので満たされていた。
小さくなっていく影を見送る。
振り返り、赤毛の童女は明るく言った。
「……さ、帰りましょうか」
「アレ? こちらこそってどういう意味だ?」
烈風の中、首を捻る。
先駆千里は、その言葉の意味にまだ気付かない。




