エピローグ
「羽生くん、退院おめでとう」
「ありがとうございます。森谷さんの看病のおかげです」
拍手をしながら祝福してくれた森谷さんに、慣れない松葉杖を操りながら一礼する。
「だけど大丈夫? 三ヵ月遅れの登校はつらいわよ~」
「それは言わないでください」
「まぁそこは頑張るしかないけど、無理は駄目だよ~。私も前は大病院で頑張っていたけど、頑張り過ぎて駄目になっちゃったからね。それで地元に逃げ帰ったけど、前よりも笑える様になれたから」
「森谷さんはこれくらいの病院で好き勝手にやる方が似合ってますよ」
「かもね~。だけど羽生くんは今までの患者で一番印象深かったかな~。まさか好きな子の為に婚姻届けで脅してくるとはね~」
「それはもう忘れて下さい。自分がいかに馬鹿な空回りをしたかを思い知って、一週間くらいベッドで悶えていたんですから」
あの騒動後、駆けつけた小桜さんの母親と一緒に説明を受けて、小桜さんは前の母親から言葉遣いで間違った教育をされてしまい、その過程で口数が激減、そんな娘の異変を単身赴任から戻ってきた父親が気付いて、弁護士を交えて離婚成立。
痩せこけた娘を入院させて、その時の看護師が森谷さんで、その際に味覚障害が発覚。そのせいで何を食べても味がせず、食欲も失せて痩せてしまったそうだ。
そしてこれは後から分かったことだが、小桜さんは父親を安心させるために味覚が治ったふりをして早々に味覚障害治療の病院通いをストップ。それから1年は問題なく過ごせたが、再婚で美羽ちゃんが妹になり、妹の手作り料理を食べることになって、新しくできた妹を悲しませないために味覚が治ったフリを続けていたらしい。
だけど美羽ちゃんの料理以外は食べる気になれず、なんと学校の昼休みは何も食べずに過ごしてきたそうだ。昼休みはいつも小説を読んでいるときいていたけど、本当に小説しか読んでいなかったのである。
なお今は美羽ちゃんがお弁当作りに挑戦して完食を厳命されているので、これで軽すぎる小桜さんの体重もマシになるだろう。
そしてココが肝心なのだが、森谷さんは僕が騒がなくても小桜家に連絡する気だったらしく、小桜さんの母親も父親に電話相談をする目前で、つまり僕が騒がなくても大人たちが円滑に解決してくれる予定でしかなかったのだ。
「まさかここまで、残念な空回りをしていたとは」
こんな無能主人公見たことない。
主人公を引き立てるピエロ役でも、もうちょっとマシな役回りをしている。
「まぁまぁ羽生くん、好きな子の為に必死に頑張る姿は格好良かったよ~」
「下手な慰めはやめて下さい」
「ううん、本当に格好良かったよ。それに羽生くんが騒いでくれなかったら、もう少しだけ様子を見ようって、問題を先送りにしていたかもしれないから」
この言葉に、僕は昨日のお見舞いを思い出す。
まだ大丈夫、もうちょっとだけ大丈夫と問題を先送りにしたせいで僕は大怪我をしてしまったけど、もし今回の件で小桜さんの大怪我を未然に防げたのなら、報われるというものだ。
そんな確認しようのない未来を憂いていると、森谷さんがニヤニヤしならが茶化し始める。
「だけど空回りが分かった時の羽生くんの反応は面白かったよ~。美夜ちゃんのお母さんに謝りっぱなしで、病室に戻ってからは変な声で呻きっぱなしで、翌日以降の身悶える姿も見たかったな~」
「やっぱりじゃないですか! って、そういえば小桜さんの事情説明をした翌日以降、森谷さんしばらく病院にいませんでしたね。風邪でもひいてたんですか?」
「違うよ。ちょ~っと遠出してたけだよ~」
「はぁ、そうですか」
そう生返事で答えてから、改めて森谷さんに頭を下げる。
「では森谷さん、今までありがとうございました。森谷さんの友達も、彼氏と仲直りできるといいですね」
と、茶化しも入れて別れようとしたら、
「それならもう大丈夫。彼女は無事仲直りして、結婚することになったから」
「へぇー、それは何より……、ってええええええええええ!!」
まさかの告白に思わず絶叫してから、森谷さんの手を握る。
「結婚おめでとうございます!」
「ん~、何のことかな~? 私は友達の話をしただけだよ~」
「いや、その友達ってどう考えても森谷さんですよね? いい加減認めましょうよ?」
「ん~、何のことかな~?」
うわー、絶対に認めない気だ。これは私の友達の話ってフリは本人でしかなく、聞き手もそれに触れないのが礼儀だけど、これはもう認めるべきだよね?
だけど本人があくまで白を切るのなら、これ以上は触れまいと話題を終わらせようとしたら。
「あと唐突だけど、私こと森谷理佳子は寿退社することになりました」
「やっぱりあんたじゃん!!」
「違うよ~、羽生くんの青臭さにあてられて~、長距離恋愛中の彼氏に会いに行ったら彼が抱きしめてくれて、もし理佳子が許してくれるなら結婚してほしいってプロポーズされただけだよ~」
あー、だから病院にいなかったのね。こっちは醜態を晒して身悶える中、森谷さんは彼氏と寄りを戻してラブラブだったということか。
実に理不尽だ。
「最近は同級生の結婚報告ばかりで焦ってたけど、これで私も安泰かな~。だけど看護師はなるよりも辞める方が大変で、引き付きやら新人教育やらで忙しくなるな~」
「じゃあそれが落ち着いて結婚式の日取りが決まったら、是非呼んで下さいね」
「勿論だよ~。美夜ちゃんとのカップル席で招待するから~、それまでに告白しておいてね~」
そんな皮肉を言い合ってから今度こそ別れようとしたら、
ギュッ!(抱きしめらえる)
突然の抱擁に、訳が分からずに固まっていたら、森谷さんが耳元で囁く。
「本当に、ありがとね」
そんな純粋な感謝と、大人のお姉さんに抱き着かれてドキドキしていたら、
「じゃあ羽生く~ん、後ろにいる彼女への言い訳よろしくね~」
「は? ……ってまさか」
そう言われて振り返ると、小桜さんがいた。
この野郎、もしかして小桜さんの存在に気付いたうえで抱き付いてきたのか?
「別にいいじゃな~い。もうとっくに仲直りできたんでしょ~? それに美夜ちゃんの素っ気ない態度も、羽生くんが妹たちとのイチャイチャで自分との時間が減って、それでモヤモヤしてたってオチだったんでしょ?」
「そうですけど、あと彼女じゃないです!」
「はいは~い。とにかく退院おめでと~。お幸せに~」
「くっ、森谷さんもお幸せに!」
そう吐き捨ててから、退院に駆けつけてくれた小桜さんに近づく。
「来てくれてありがとうございます」
コクコク(首を縦に振る)
うぐっ、なんか恥ずかしい。
適当な話題はないかと小桜さんの顔が目に入ったので、
「そのメガネ似合ってますよ」
それは以前の野暮ったいメガネではなく、僕がプレゼントしたものだ。
入院中、もしもの時にと親から預かっていた資金を全部美羽ちゃんに預けて、小桜さんにはこういうメガネが似合うと以前から思っていた赤渕アンダーリムのメガネを買うように頼んで、プレゼントしてもらったのだ。
小桜さんにはお見舞いでお世話になったから当然のプレゼントで、別に学校でモテている小桜さんの男避けアイテムという趣旨は微塵もないし、森谷さんからも彼氏でもないのに身に着けるメガネをプレゼントってどうなの?って弄られたけど、本人が嬉しそうだから別にいいよね?
そう思ってから久しぶりの我が家に帰ろうとしたら、小桜さんが僕の服を掴む。
その姿がとにかく可愛くて、愛おしくて、今すぐにでも好きだと叫びたい。
だけどまだ動かせない左足と松葉杖で自重。
だからいまは、この言葉で我慢するしかない。
「小桜さんのおかげで退院できました。ありがとうございます」
「…………退院、おめでとう」
今はまだ答えられないけど、足の怪我が治ったら好きって伝えよう。
こうして僕と小桜さんの一生忘れない入院生活が終了したのである。




