70話 家族団欒
美羽ちゃん視点になります。
「入るよ。おねーちゃん」
ノックしてから部屋に入ると、片隅に巨大な布団ダンゴを発見。
触ってみたけど反応はなくて、だけど拒否もなかったから、そのまま布団越しに寄り添ってみたら、小さな声が聞こえてくる。
「…………ごめんなさい」
「おねーちゃん、なにを謝ってるの?」
「…………分からないのに、騙してた」
「そうだねー。美羽はショックでうっかり吐いちゃうくらいビックリしちゃったよー」
そう軽口を付いてから、布団ダンゴに聞いてみる。
「おねーちゃん、どうして嘘ついたの?」
この質問の答えは沈黙。
だけど沈黙の先に用意された答えが出てくるまで待って、待って、待って、待ち続けていると、布団ダンゴから手が出てきて、美羽の手を握りしめてから、答えが出てくる。
「…………嬉しかった、から」
「なにが?」
「…………美羽が、笑ってくれたから」
「そっか。やっぱりおねーちゃん、美羽のために嘘ついてたんだね」
「…………ごめんなさい」
「じゃあおねーちゃん。一つだけ教えて。美羽の料理、嫌だった?」
この返事を待っていたら、布団ダンゴから両手が出てきて、力いっぱい抱きしめられる。
「…………大好きだよ。分からないのに、あたたかったから」
それが分かれば、充分だ。
この質問をすれば全部解決するっておにーちゃんに言われたけど、本当過ぎてビックリだよ。美羽の方がおねーちゃんと一緒の時間が長いのに、ズルいなぁ。
これが好きってことなのかな?
美羽だっておにーちゃんのことが好きだけど、何かが違う気がする。
美羽も大人になれば、この違いが分かるようになるのかな?
そうして好きについて考えていたら、部屋の入口からおかーさんがこっちを見ているのに気付いて、カバっと立ち上がる。
「やばっ、料理さめちゃう! おねーちゃん起きて!」
「…………でも、私には食べる資格が」
「美羽が許す! てゆーかもうシリアス禁止! 美羽こういうの苦手だから無理やり運ぶよ!」
そうして布団ダンゴをゴロゴロと回しながらリビングに移動。
問答無用で布団を剥がされると、思いがけない光景が目に入ってくる。
そこには夕食と、娘を待つ両親がいたからだ。
「…………どうして?」
お父さんがココに?
そう訴える娘の瞳を、出張中で家にいないはずの父親が優しく抱きしめて、「また遅れてごめん」「またそばにいなくてごめん」「駄目なお父さんでごめん」と言いながら、力強く抱きしめられる。
出張といっても、戻れない距離ではなかった。妻から連絡があった翌朝、上司に頭を下げて午後半休を取得。それから新幹線に飛び乗り、5時間かけて我が家に帰宅。
その目的は、家族みんなで夕食をとる。
たったそれだけの理由で、我が家に戻ってきたのだ。
「じゃあ食べよう! おかーさんと一緒に頑張って作ったんだよ」
食卓には溢れんばかりの料理が並び、今日は誕生日か何かと思うほどの量だが、そこにケーキやお寿司はなく、牡蠣フライ・ほうれん草の卵炒め・しいたけのチーズ焼き・海老のアーモンド揚げという、ある成分に特化した料理が揃っている。
「おねーちゃん、味覚を治そうとしてたんだね」
「…………うん」
「じゃあ美羽にも手伝わせてよ。どの食材に亜鉛が多いか分からないけど、ちゃんと調べるから」
味覚障害の主な原因は、亜鉛不足だ。
なので味覚治療には亜鉛摂取が一番で、牡蠣・レバー・卵などの食材に多く含まれている。もちろん医者の診断・薬も必要だけど、こうした家族のサポートが何よりも重要だ。
「一緒に食べようおねーちゃん。味が分からなくても、それでも美羽は一緒に食べたい」
「…………いいの?」
「いいよ。てゆーか頑張って作ったのに食べてくれなかったら泣くからね!」
そう妹に諭されてしまえば、姉として拒むことはできない。そうして家族四人の食事が始まり、料理を口にした母親が「美味しい」と言った後、一年前にできたもう一人の娘の存在を思い出して、言葉に詰まる。
それから母親がどう反応していいか分からずにいると、
「おねーちゃん、あーん」
美羽が満面の笑みで牡蠣フライを差し出して、戸惑いながらも口に含む。
それを神妙な面持ちで両親が見守りながら、感想が述べられる。
「…………やっぱり分からない」
この言葉に両親が落胆するが、妹の美羽だけは目を逸らさずに姉を凝視。
そして、続きの言葉が述べられる。
「…………だけど、あったかい」
そう言ってから、美夜が母親の方を向いてから
「…………お母さん、ありがとう」
この言葉に、母親の頬に涙が流れ落ちる。
それからは「ずっと遠慮していた」「接し方が分からずに距離を取ってしまった」と涙ながらに謝罪する母親に、美夜も「私も分からなかった」と謝罪。
そんな光景を父親と美羽が苦笑しながら眺めている。
再婚してから何度も4人で食事をしたけど、本当の意味で食事ができたのは今日なのかもしれない。そうして家族みんなで語り合いながら、小桜家にとって最も思い出深い夕食が終了したのである。




