68話 婚姻届
僕と小桜さんはもう家族だ。この紙切れがそれを証明してくれている。そして僕は晴れて小桜さんの親族ということになり、森谷さんが快く事情を教えてくれるという算段である。
そうして森谷さんがニッコリ笑顔で語りかけてくる。
「これ、どうしたの?」
「美羽ちゃんに市役所に行ってもらって、ついさっき書き上げました」
「羽生くん、いま何歳だっけ?」
「15歳です」
「結婚できる年齢、知ってる?」
「…………婚約じゃ駄目ですか?」
「駄目に決まってるでしょ!!」
呆けながら質問をしていた森谷さんが、一気にまくし立てる。
「どういう理屈よ! しかも証人が小桜美羽って書いてあるけど、小学生が証人になれる訳ないでしょう! 証人は20歳以上で2人必要なの!」
「じゃあ美羽が40歳になるまで待てば2人分に」
「完全に婚期逃しちゃってるじゃない!!」
睨み合う森谷さんと美羽ちゃん。
予想通りの反応だけど、こうなったらもう駆け抜けるしかない。
「美羽ちゃん! いますぐ家に戻って小桜さんからハンコ貰ってきて! 拇印でもいいから!」
「分かった!」
「待ちなさい!」
病室を出ようとした美羽ちゃんに、森谷さんが立ち塞がる。その姿からは絶対にココを通さないという強い意志が感じられ、その気迫に美羽ちゃんの足が止まると、殺意のこもった笑顔で僕をロックオンしながら答える。
「羽生く~ん、いくら教えてほしいからって、これは無いと思うな~」
「だったら小桜さんについて教えてくれませんか? そうすれば婚姻届を引っ込めますよ?」
「ふぅ~ん、自分を人質にして交渉か~。最低のゲス野郎ねぇ~」
「何とでも言って下さい! 僕にはもう手段を選ばず目的達成の為に突っ込むしかないんです! たとえ小桜さんに嫌われたとしても成し遂げてみせます!」
「本末転倒って言葉の意味を忘れちゃったのかな~? ……そうね、そこまで羽生くんの意思が固いのなら行っていいわよ~。通せんぼしてゴメンね美羽ちゃん。それでもし美夜ちゃんからハンコが貰えたら、特別に話してあげるわよ~」
自信たっぷりな顔であっさりとドア横に移動する森谷さん。そして本当に行っていいの?と訴える美羽ちゃんに、バクバクしっぱなしな心臓の鼓動を無視して答える。
「いいんですか森谷さん? 義理堅い小桜さんなら、本当にハンコを押してくれる可能性がありますよ?」
「そうだね~、だけどココまで滅茶苦茶でムード台無しなら、いくら美夜ちゃんでも拒否する可能性もあるわよね~? もしそうなったら羽生くんは、一体どうなっちゃうのかな~?」
うぐぐっ!!
もしそんなことになったら……、死ぬ!!
車にはね飛ばされた時よりもヤバい衝撃が胸に突き刺さり、全治三ヵ月どころか一生もののトラウマになるのは間違いない。
だけどここはもう小桜さんを信じるしか!
いやしかし、小桜さんの一体何を信じればいいんだ?
と、やっぱりこの計画は無理があったと後悔の感情が湧き上がってくると、それを見逃さずに森谷さんが優しい声で語りかける。
「分かるよ~、美夜ちゃんの為に、必死だったのよね~?」
「……はい」
「羽生くんは、美夜ちゃんのことが好き?」
「……はい、大好きです」
「だったらこんな方法駄目よ~。今ならさっきまでのやり取りを全部忘れてあげるから、その婚姻届をよこしなさ~い」
こんな馬鹿な醜態を晒したのに、なかったことにしてくれるのか?
女神様のような慈悲深さに胸を撃たれ、白衣の天使からの囁きに同意したいけど……
「ごめんなさい森谷さん。それでも僕は、小桜さんを放っておくことはできません。
いまも部屋に閉じこもっている現状をどうにかしてあげたいんです。だから小桜さんが元気になってくれて、美羽ちゃんと仲直りしてくれるなら、僕は嫌われても構いません」
そんな覚悟を伝えて、森谷さんがやるせない表情になる。森谷さんは看護師として何も間違ったことはしていないのに、まるで悪者みたいに扱ってしまって申し訳ない気持ちで一杯だ。
やっぱりこの方法は間違っていたと再認識して謝ろうとしたら、美羽ちゃんが僕の顔を真正面から見据えてくる。
「大丈夫だよおにーちゃん! この計画は絶対に上手くいくって美羽が保障する!」
「うん、美羽ちゃんがそう言ってくれて心強いよ」
「そーいうのじゃなくて、ほんとに絶対成功するから」
んん?
なんだこの自信は?
この計画に美羽ちゃんは賛同してくれたけど、上手くいくとは限らないと伝えてある。
なのにどうしてと思っていたら、その根拠を差し出してくる。
「だってもしおねーちゃんにフラれたら、こっちを使えばいいから」
そう自信あり気に答えながら差し出された紙切れを見てみると、
●婚姻届
夫になる人 : 羽生 悠助
妻になる人 : 小桜 美羽




