66話 ハッピーエンドの条件
カードの切り方が雑だった。推理小説の探偵は少ない手がかりから真相を導きだし、こいつ絶対タイミングを見計らって登場しただろとツッコミたくなる絶妙の場面で犯人と対峙し、巧みな話術・崩れていくアリバイ・必ず発生する予想外な事故・無能すぎる警察官、そんな展開は読者を唸らせる見事なものになっている。
だけど実際にやってみると手当たり次第に真実をぶちまける低レベルな話術しかできず、しかも森谷さんに言い包められてしまった自分が恥ずかしい。
とはいえ森谷さんは犯人じゃないし、騙して情報を引き出したくもなかった。
だけどその甘さのせいでロクな情報が得られなかったのも事実だ。
やっぱり僕に主人公は無理なのか?
主人公に逆境はつきものだけど、その逆境を平然と跳ねのけながらズカズカ突き進む主人公のメンタルの強さに感服しっぱなしだ。
だけどまだ希望はある。森谷さんから情報を引き出せなかったのは痛手だけど、本命は小桜さんの父親だ。母親トラブルで離婚。この経緯で事情を知らない訳がない。そして娘が閉じこもり、味覚障害について美羽ちゃんが言及すれば間違いなく動いてくれる。
そう確信しながら吉報を待っていたが、世の中にはお約束という不条理な法則があり、その濁流に自分のみ込まれしまったことを思い知る。
◇ ◇ ◇
「ごめんおにーちゃん。おとーさんは急な出張で、帰ってくるのは一週間後みたい」
「そっか……、それなら仕方ないね。因みにお母さんは?」
「おかーさんは昨日からすっごく困ってて、おねーちゃんのこと知らないってすぐ分かった。それにおかーさんとおねーちゃん、あんまり仲良しじゃないから」
うなだれる美羽ちゃんを励ましたいのに、かける言葉が見つからない。
最悪のタイミングとは正にこのことだ。娘の一大事とはいえ、仕事を捨てて戻ってきてとは頼みづらい。それに子連れ再婚でギクシャクはよくある話で、事情を知らない母親だけに相談しても事態が進展するとも思えない。
「おとーさんに電話した方がいいかな?」
「それは最後の手段にしよう。小桜さんは今日も?」
「うん、引きこもってる」
「ちゃんと食べてる?」
「分かんないけど、こういう時は無理に食べさせようとしないで、食卓にオニギリとか、すぐに食べられるものを用意してから外出して、おねーちゃん一人にした方が食べてくれるかもっておかーさんが」
そっか、小桜さんの新しいお母さん、いい人だな。美羽ちゃんが初めてお見舞いに来た時に一度だけ話したけど優しそうな人で、美羽ちゃんの件も「迷惑をかけますがよろしくお願いします」と、娘の為に頭を下げてくれたことを思い出す。
「だけど用意したオニギリは食べてなくて、美羽が部屋をこっそりのぞいたら、おねーちゃん今度は干しシイタケかじってたの」
「なんで!? 小桜さんシイタケ好きなの!?」
昨日のアーモンドチーズといい、本当に小桜さんは壊れてしまったのか?
それともこの奇行に意味があるのか?
分からないことばかりで、だからこそ情報集めをしたのに収穫ゼロ。もうやれることは何も無くて諦めの溜息を吐きそうなったが、不安そうな美羽ちゃんの顔が見えて無理やりに飲み込む。
諦めるな!
小説の主人公たちは、どんなにえげつない逆境が降り注いでも必ず跳ねのけてきた。中には「こじつけ感が半端ない」と本をブン投げたこともあるけど、それでも最後はハッピーエンドになるんだ。そうして無数に読んだ小説の主人公を思い出し続けて、一つの結論に至る。
主人公は、手段を選ばない。
正義という大義名分を振りかざす主人公は、客観的に見れば悪役さえもドン引きな手段を用いていることが多い。だから僕も目的達成だけに集中しよう。小桜さんの情報を得る為にはどうすればいいかを。倫理を無視して、ドン引きされても構わないという条件にすれば、まだやれることがまだあるんじゃないか?
そう改めて考えてからニヤッと頬がゆるむ。
それから目の前にいる少女に、こう言ったのだ。
「美羽ちゃん。前に『美羽のできることなら何でもするよ?』って言ってたけど、それってまだ有効だよね?」




