52話 優柔不断な決意
たった1つの言葉を口にしただけなのに、死ぬほど息苦しい。
そして森谷さんがニヤッと微笑むと、まるで心臓を鷲掴みにされたかの様な感覚に襲われて、声なき悲鳴が漏れる。
予想はしていたけど、ここまで恥ずかしいとは夢にも思わなかった。
これじゃあ本人に告白した時、正気を保てるか分かったものじゃない。
それでも理性を総動員してどうにか理性を保っていると、森谷さんが「ふぅ~ん」と値踏みするかの様に、僕の瞳を覗き込んでくる。
「煮え切らない態度になると思ったけど、羽生くんも言うね~」
「毎日献身的にお見舞いに来てくれる女の子に何も感じない男はいません」
病室から出られない僕のために入学式をしてくれた。
留年しそうな僕のために勉強を教えてくれた。
そして喧嘩でトゲトゲしい態度になられて、想像以上に傷付いている自分がいたのだ。
「そっかそっか~。じゃあ美夜ちゃんと仲直りできたら、すぐに告白しちゃうのかな~?」
「しません」
この即答に、ウッキウキな森谷さんが笑顔のまま耳を引っ張ってくる。
「いたたたたたたたたたた」
「羽生く~ん、そこまで男らしく宣言しておいてヘタれるってどういうこと? もしかしてさっきの言葉は~、冗談だったりするのかな~」
「本気ですよ」
「だったら勇気を出しなさ~い。きっと美夜ちゃんもOKしてくれるから~」
「だから告白しなくないんですよ!」
この発言に首をひねる森谷さん。
これは僕の推測だ。
だけどこれを否定する材料が、どうしても見つかってくれないのだ。
「今の最悪な関係でも告白すれば、小桜さんは無条件でOKしてくれます」
「いや~、それは流石に~」
否定しようとした森谷さんの台詞が、歯切れ悪くストップ。
これで推測が核心へと変わる。
僕と小桜さんとの関係は妹の美羽ちゃんを助けたことで始まった。
そして二ヵ月もたてば小桜さんがどんな人か、それなりに理解できたつもりだ。
無口で、ホラー好きで、思い込んだら一直線で、優しくて、慈悲深くて、どうしようもなく義理堅い性格ってことが。
「入院生活も小桜のおかげで毎日楽しいです。だって小桜さんが“毎日欠かさずに”来てくれていますから」
小桜さんは放課後も土日もただの1日も欠かさず、お見舞い品を必ず持参して来てくれている。
これはもうラブラブカップルどころか熟年夫婦でさえも困難なことなのに、僕と小桜さんは恋人ですらない。妹を助けてくれた恩義と、義理堅い性格だけでここまできてしまったのだ。
「小桜さんの義理堅い性格は好きですよ。だけど今のままだと告白まで義理でOKされそうで、そんなの悲し過ぎるじゃないですか。
だからこの怪我が治ったら小桜さんをデートに誘って、病院以外の時間を積み重ねたうえで告白したいんです。それくらいのヘタレは、許されてもいいはずですから」
そんな心中を暴露したあと、森谷さんが深~い溜息を吐いてから答える。
「確かに、義理で告白OKは無しかな~」
「ですよね」
「だけど美夜ちゃんは義理だけでお見舞いを続けているとは限らないよ? 羽生くんだからこそ毎日来てるって思うけどな~」
「そうなら嬉しいけど、そこまでの自信は持てません。僕は美羽ちゃんを守れなかったうえに、見ての通りの大怪我ですから」
病人は体が弱っているせいで、心まで弱気になってしまう。
小桜さんの為ならとことん強気になりたいけど、骨折でベッドから動けない体で強気になれって方が不可能だ。
だから今は怪我を治すのが最優先。
先へ進むのは、それからでも遅くないはずだから。
「はぁ~、最近の若者は面倒臭いな~」
「森谷さんの友人カップルほどじゃないと思いますけど」
この悪態に再び耳を引っ張ってくる森谷さん。
それから何となく笑い合ってから、今度は頬が優しく抓りながら忠告する。
「そういうことならお姉さんは追及しないけど、これだけは覚えておいてね。美夜ちゃんがコンタクトに挑戦して前よりもずっと綺麗になった姿を一番最初に見せようとしたのは、他でもない羽生くんだってことを」
最後にそう言ってから、森谷さんが病室を出ていったのである。




