45話 おねーちゃんの意地
うぐっ、どうやらさっきの会話から不穏な空気を察して、その原因を問いただす為にわざわざ戻ってきたらしい。
だけど美羽ちゃんからこの件は喋らないでほしいって反応を受けている以上、たとえ姉の小桜さんだとしても、おいそれと喋る訳にはいかない。
「小桜さんは、美羽ちゃんから何か聞いてます?」
「…………美羽は、大丈夫しか言わない」
うわー、それじゃ心配されて当然だ。
家族に心配をかけたくないって思いからの発言だろうけど、家族としては嬉しくない気遣いでしかない。
そうなると小桜さん家族は美羽ちゃんの嘔吐は知っていても、月山さん絡みのイジメに巻き込まれていることまでは知らないみたいだ。
「…………教えて」
妹の危機を察知したおねーちゃんとしては譲れずにグイグイと急接近。
スリーサイズを無理やり図ろうとした時にも迫られたけど、今回はコンタクトで前髪バッサリだから小桜さんの素顔がグイグイ迫ってきて心臓が無駄に高鳴っているけれども、美羽ちゃんが吐くのを我慢している以上、こちらも吐く訳にはいかないのだ。
「でも美羽ちゃんは、大丈夫って言ってるんですよね?」
「…………保障がない」
「悩みがあれば相談って約束したので」
「…………我慢は体に毒」
「美羽ちゃんを信じてあげるのも大事かなって」
「…………限度がある」
どうしよう、いくら言い訳でかわしても正論で殴られる。
てゆーか小桜さんがいつになく饒舌だ。
実際はカタコトだけど、小桜さんを知っている人からすれば随分と喋っている方だ。
もういっそのこと話すべきか?
相手は他でもない家族だし、悪いようにするとも思えない。
だけど、
「…………どうして?」
話してくれないの?
そう訴えているのが痛いほど伝わってくる。
小桜さんから見れば僕が意地悪をしている様にしか思えないのかもしれない。
だけど違う。
そうじゃないんだ。
「小桜さんが信用できない訳ではなくて、親しい間柄だからこそ話せない事情も、あったりしますよね?」
この言葉に、小桜さんがピタッと静止。
話したいけど話せないことは、きっと誰にでもある。
だから聞きたいけど聞けないことだって沢山あるのだ。
それにもしここで話したら、小桜さん家族は美羽ちゃんに今まで以上に優しくなって、聡い美羽ちゃんならきっと気付いてしまう。
そして真実と引き換えに失われるのは、信頼だ。
相手を信じて相談したのに、その内容を勝手に漏らしたら、たとえいい方向に物事が運んだとしても素直に喜べないし、それが原因で今後の関係がギクシャクという新たな問題が生まれてしまう場合だってある。
だから限度はあるけど、僕は美羽ちゃんを信じてあげたい。
それについさっき信用してるって答えたのに、その直後にバラす訳にもいかないからね。
「なので事情は知っていますが話せません。だから小桜さんは今まで通りに美羽ちゃんに接してあげて下さい。それが美羽ちゃんの望みでもありますから」
そう言うと、固まっていた小桜さんが小さく頷く。
良かった。分かってくれたらしい。
そうして小桜さんが引き下がり、帰り支度を始めたと思ったのだが、手に取ったのは高校カバンではなく、部屋の片隅に常備されているムー●ーマンだったのだ。
「小桜さん?」
「…………私は、美羽のおねーちゃんだから」
そう言って森谷さんが毎日取り換えてくれているオムツを掲げながらジリジリと迫ってくる小桜さんに、股間をガードしながら叫ぶ。
「小桜さん落ち着いて! それにオムツ交換したことないですよね?」
「…………教わった。理佳子さんに」
「あのお節介ナース! ほんとに教えやがった!」
理佳子とは森谷さんの名前だ。
スリーサイズの前科から強硬策もあり得ると思ってはいたけど、まさかここまでの暴挙に及ぶとは思いもしなかったよ!
「待って! 本当にマズい状況になったら話しますし、美羽ちゃんから家族に打ち明ける様に誘導もしますから!」
ガシッ!(小桜さん、僕のズボンを掴む)
「…………今すぐ教えて」
アカン。もはや交渉の余地がない。
話すか話さないか。
オムツ交換をするかしないかの二択しか残されてない。
ぶっちゃけ小桜さんにオムツ交換されるのは背徳的で興味深いけれども、まだ彼女すらできたことないのに、こんな変態プレイからスタートしたくない。
これはもう大人の階段ではなく変態急斜面だ。
いきなりこんな上級プレイに身を捧げて転げ落ちたら、戻れなくなる。
てゆーかもう小桜さんの顔を真正面から見られなくなっちゃうよ!
そうしてわずかな名残惜しさを胸に秘めながら第三の選択肢、ナースコール連打で森谷さんを強制召喚でこの場を収めてもらい、美羽ちゃんの秘密と僕の貞操が無事に守れたのだけど、この瞬間から息の詰まる長い冷戦がスタートしてしまったのである。




