38話 ミザリー
前話から数日後です
“ギプスなき所に整形外科はない”
そんな医療現場の格言通り、骨折・靭帯損傷の治療で欠かせないのがギプス。損傷部が動かないよう外部から固定・保護をして安静を保つ、医療現場では必要不可欠なアイテムだ。なおギブスと呼ぶ人もいるが、正しくはギ“プ”スで、石膏で固めた包帯という意味が語源になっている。
「じゃあおにーちゃんの足に巻かれたギプスって、石みたいに固いの?」
「そうだよ。あと昔は文字通り石膏だったけど、最近はプラスチック包帯もあるらしいよ」
「へぇー、よく分かんないけどすごーい」
森谷さんからの受け売りに感心しっぱなしな美羽ちゃん。なお小桜さんは後ろで僕たちの会話を見守っている状況で、そのまま説明を続ける。
「あとギプス包帯はガチガチに固定で、巻かれた包帯と違って解けないようになってるから」
「え? じゃあどうやって外すの?」
「ぶった切る。電動ノコギリでガリガリと」
「ふええ、じゃあおにーちゃんの足、スパーンって切っちゃうの?」
「いやいやスパーンはギプスだけだよ。それに電動ノコギリといっても手の平サイズの小さいやつだから」
本来の電動ノコギリは刃が高速回転して鉄パイプも切断できるが、医療用は振動するだけで皮膚に強く押し当てても傷が付くかどうかな代物なので安全が保障されている。そして切断されたギプスは、割った卵の殻みたいにパカっと分離。足の穴を塞いで丁番をつければ入れ物として使えるじゃないかと思えるほどのクッキリな分離になるのだ。
「だけど起動中の“ギュイーン”って音は電動ノコギリと同じで、大丈夫って分かっていても心臓に悪かったなぁ」
そう漏らすと、美羽ちゃんが耳を塞ぎながらブルプルと震えだす。
あの音は歯医者で歯を削る音と似ているので、苦手な子供は多いだろう。
美羽ちゃんとは遠慮せずに自然体で接してほしいと小桜さんご両親から言われたけど、話題のチョイスを間違えてしまったと反省。そうして耳を塞いだまま姉の元へ避難する美羽ちゃんを、小桜さんが優しく頭を撫でてから立ち上がると、僕に一冊の本が差し出されれたので、その小説タイトルを見てみると、
“ミザリー”
「こわっ! これ両足骨折した主人公が女に監禁されて、狂気に満ちた介護生活から命懸けで脱出する元祖サイコパス物語じゃないですか!」
小説版は読んだことないけど、この物語は超有名で映像化もされている。
それをなぜこのタイミングで渡してくるの?
しかも今はミザリーの主人公と同じく骨折中で、他人事とは思えないんですけど!
「小桜さん、ほんとごめんなさい!」
幾度となく平謝りをしたあと、小桜さんが引き下がる。
何も答えてはくれなかったけど、僕は許されたんだよね?
今までの献身的なお見舞いから一変して猟奇的な介護がスタートしない様、美羽ちゃんとの会話には気を付けようと神に誓ったのである。
ミザリー:全米が震え上がった元祖(?)ホラー物語。大衆向けロマンス小説「ミザリー・シリーズ」が原作で1990年に映画公開。
なお前話の小桜さんご両親の件は、後々に補足説明が入りますので。




