32話 最後の一葉
「小桜さんのやってみたいことって何だろう」
無事にテスト終了。苦手の数学は駄目だったけど、他は平均点越えで学年順位も真ん中という無難な結果となり、小桜さんの望みが叶えられることになり、今日がそのお披露目なのである。
「大人しく待ってろって言われたけど、落ち着かない」
いつもの小桜さんは高校が終われば一直線にお見舞いに来てくれるけど、今日は非番の森谷さんと合流して準備をする段取りで、こちらとしては待つしかないのだけど、気になって読んでいる小説内容が全く頭に入ってこない有様だ。
「今日は足のギプス交換があったけど、それ以降はいつも通りに暇だ」
よしっ、こういう時は初心に戻って村●春樹先生の小説を読もう。何百回も読んだけど、だからこそ心が安らぎ、僕にとっては実家以上の安心感があるのだ。なので手を伸ばしたが、テーブルに置かれた小説にとどかずに掴むことができない。
馬鹿な! 村●先生の小説が読みたい時に読めないなんて拷問に等しい!
ナースコール連打レベルの非常事態だが、流石にそれは迷惑なので秘密兵器を取り出す。
「あると便利だからって親が買ってくれたけど、本当に便利だな」
その秘密兵器の正体はマジックハンド。子供の玩具ってイメージしかなかったけど、ちゃんとしたものはアームがしっかりしているので大抵の小物は問題なく掴めるし、引っ掛けることもできるので、ベッドから動けない身でありながら、行動範囲が飛躍的に向上したのだ。
そうしてお目当ての小説をアームで掴むが、まだ慣れないせいで落としてしまい、小説が病室の入り口あたりに落下。
あれはサイン会で直筆サインをしてもらった宝物で、すぐに拾わねばアームの長さを最大に変更。
もう一度小説を掴もうとするもギリギリ届かずで、本気でナースコールすべきか思案し始めたところで救世主が現れたのである。
「どうぞ」
唐突に病室のドアが開くと、足元に落ちている小説を拾って渡してくれたのだ。その救世主は十歳くらいの少女で、ツーサイドアップ・パーカーにホットパンツという活動的な女の子って印象だが、入院患者を見るのが初めてなのかマジマジと僕を見つめながら、おそるおそるな様子で尋ねてくる。
「本、好きなの?」
「え? うん、かなり好きかな」
少女の質問に答えると、今度は僕の包帯グルグルな足を見ながら、
「怪我、大丈夫?」
「それは……、まだ大丈夫じゃないかな」
相手が子供なので虚勢を張るべきか迷ったけど、足にギプスでベッドから動けない体で強がっても説得力ゼロなので素直に白状すると、少女が続けて質問。
「今も痛い?」
「痛くないよ」
これも本当で、しかもはね飛ばされた時は痛さを感じる余裕さえなく、幸か不幸かすぐに事切れたので痛かった記憶は皆無に等しい。
「全然そう見えないけど?」
「あはは、そうだね」
「死なない?」
「死なない」
そう答えたあと、少女が窓から見える木を指さしながら、
「あの木の葉っぱが全部枯れ落ちても死なない?」
「死なない。てゆーか今は5月下旬で葉っぱも生い茂っているから。あの葉っぱが枯れる前に退院するから大丈夫だよ」
「ちゃんと退院する?」
「するよ」
「本当に?」
「本当の本当。絶対に退院するから大丈夫だよ」
「約束する?」
「うん、約束する」
そうして指切りまで交わして、ようやく女の子が安堵の表情になると、今度は興味津々な顔になって尋ねてくる。
「もっと近くで見ていい?」
「うん、好きなだけ見ていいよ」
そうしてマジマジと足のギプスを見始めたけど、この子は誰だろう?
おそらく他のお見舞い家族の子供だろうけど、あまり長居させるのは良くないので事情を聞いてみようとしたら、少女が顔を歪めながら鼻を摘まんで、
「うえっ、変な匂いがする」
ガーーーーーーン!!
どストレートな感想に轟沈。もしかしたらと思いながらも考えない様にしていた懸念を、まだ気遣いができない無垢なお年頃の本音が、僕の心を粉々に粉砕したのである。
ドラマなどで入院中の病人が窓の外に見える木の葉を見て「あの葉っぱが落ちると自分も死んでしまう」という比喩は、オー・ヘンリーの短編小説「最後の一葉」が元ネタで、国語の教科書にも採用されているので知っている人が多いと思います。




