28話 養護教諭
季節はもうGWが終了した5月中旬、中間テスト間近になった午後過ぎに、思わぬ来客が襲来する。
「はじめまして。私は養護教諭の保志虎子です」
「養護教諭?」
「学校の保健室にいる人です。保健の先生・保険医と呼ぶ人が多いですが、養護教諭が正しい表現になります」
はぁ、そうですか。
そんな豆知識を教えてくれた保志教諭は森谷さんと同じ20代中盤っぽい女性で、森谷さんは大らかなお節介お姉さんだけど、こちらは細やかで神経質っぽい人柄だ。
「本来なら君のクラス担任が訪れるべきですが、多忙なので私が代理として来ました」
「そうですか。要件は僕の容体確認ですか?」
「それもありますが、一番の目的は来週の中間テストについてです。君がこの病室でどう試験を受けるかの連絡と、時間調整に来ました」
「あれ? 小桜さんがテスト用紙を持ってきて、それをやるって感じじゃないんですか?」
「違います。テスト用紙は会社で言うところの機密資料です。おいそれと生徒に預けられるものではありません」
「なら誰が持ってくるんです?」
「私です。そして試験も私がココでずっと監視します」
「ずっと? それは流石に悪い気が」
「仕事ですのでお構いなく。それに私が居なければカンニングし放題になってしまいます。君を疑う訳ではありませんが、そんな環境でテストをさせる訳にはいきません」
思いっきり疑ってるじゃないですか。
だけど正論こそ正義って人に抗議しても無駄なので了承後、お見舞い時間の確認と看護師さんへの連絡がつつがなく終了する。
「月並みな質問ですが、勉学は順調ですか?」
「大丈夫です。一人なら集中できなかったですけど、小桜さんが勉強を見てくれていますし、約束もありますから」
「約束?」
「あー、えっと、ちゃんと勉強しろって感じなやつです」
約束とは森谷さん考案の“小桜さんがやってみたいことを僕の前で披露”というアレで、別にそれを見たいという訳ではないけど、これでサボったら小桜さんの望みなんてどうでもいいと切り捨てるみたいで無下にできないのだ。
いや別にあの照れた反応が気になって頑張っている訳じゃないよ?
もしかしたらとんでもない何かを僕の前で披露してくれるのではという淡い期待に胸を躍らせながら勉強に励んでいるという不純な動機じゃないし、そもそも答えが何か分からないから不純と証明するのは不可能なので何も問題はない。
「小桜、それは二年B組の小桜美夜さんですか?」
「はい。クラスは知りませんけど、その小桜さんで間違いないです」
「上手くやれていますか? 彼女は無口な生徒ですから」
「そうですね、確かに小桜さんは全然喋ってくれませんけど、最近は何を伝えようとしているのかは大体分かりますし、同じ本好きなので気が合っていると思いますけど、保志先生は小桜さんをご存知なんですか?」
「養護教諭です。問題を抱えた生徒の相談をするのも私の仕事ですし、彼女の境遇は複雑ですから」
「そうなの?」
「聞いていないのですか?」
「はい。あまりそういう話は」
親友でもそんな話はまずしないし、気付いても触れないのがマナーだけど、小桜さんはかなり特殊と言っていいだろう。
小桜さん最大の特徴は喋らないことだけど、無口というだけなら別に珍しい個性ではない。
だけどそういう人たちはコミュニケーションが苦手で人を避ける傾向があるけど、小桜さんは何かが違うというか、無口というよりも喋るのを制限されている感じなのだ。
だから気にはなるけど、触れないようにしている。
それに今の関係に支障がないのなら、現状維持でいいと判断したのだ。
だけど、それでも気になってしまうのが人間という生き物なのである。
「あの、学校の小桜さんはどうなのか分かります?」
「私は養護教諭という立場なので人伝ですが、トラブルは無いと聞いています。ただ休み時間は読書、昼休みも中庭で読書、部活もせずにすぐに帰宅と、交友に消極的な姿勢が気になりますが」
その姿が手に取る様に想像できる。
周りもそういう子は無理に接触せず、一人させてあげようって空気になるからね。
「じゃあ複雑な境遇と家庭事情というのは?」
「そういうことを第三者から聞き出そうとするのは感心しません」
「分かっています。だけど小桜さんとはもうそれなりの仲になれましたし、話せる範囲でいいので教えてくれませんか?」
感心しないのは百も承知だ。
てゆーか境遇が複雑ってバラしたのは保志先生だよね?
それで詳細は聞くなって態度もどうかと思うんですけど。
「……いいでしょう。ですが話せる範囲だけです。あと言いふらすのも禁止です」
「勿論です」
そうして保志先生が咳をしてから、衝撃の事実を突き付けられたのである。




