閑話 翡翠の剣士(1)
閑話は全4回です。
「ギルド合同クエストにて灰色ドラゴン、しかも成竜の討伐依頼か……こりゃかなりの大事だなぁ、シュミット」
頬に傷のある目つきの鋭い男が、近くに立っていた痩せぎすの男に声をかける。
「灰色ドラゴン、それも成竜ともなるとかなりの難敵。俺達のような銀等級の冒険者パーティーならば複数のチームで事にあたらねばなるまい。
どうするリーダー?」
「メンバーの死傷者が出る事も覚悟しなけりゃならねぇからできれば参加したくはねぇんだが、指名依頼だしなぁ……
まぁ、他にどんな面子が参加するのかも分からんし、とりあえず条件交渉がてらギルドに顔を出してくるわ」
ふぅ、っと溜め息をつくリーダー。
「では俺の方は他のメンバーを集めておく。
集合はいつもの場所に黒の6刻(午後6時)で良いか?」
「ああ、それで頼むぜ」
無駄な会話もなく、2人はいつものように仕事の準備に取りかかるのだった。
ーーーーー
「あ、ラルフさん。お待ちしておりましたぁ!」
受付嬢のクレアがラルフの到着を待っていた。
彼女は元々、サル・ロディアス遺跡を管轄する冒険者ギルドで働いていたのだが、以前に起きたローティス家ご令嬢失踪事件の影響で、未だ遺跡が閉鎖状態に置かれているため、こちらに異動になってきたのだ。
着任してから1年にも満たないが、その手際と愛想と美貌から、すでにこの冒険者ギルドでも人気ナンバー1を誇っていた。
「よぉ、お嬢ちゃん。今日も元気だな。
んで、いつものようにボスは部屋かい?」
「はい、ギルド長がお部屋でお待ちですよ」
クレアに軽く手を振った後、ラルフは気安い感じで建物の奥へと進んでいく。
ここら辺の冒険者やその関係者で”駿馬の稲光”のリーダーであるラルフを知らない者は恐らくいないだろう。
”駿馬の稲光”は銀等級の冒険者パーティーではあるものの、その実力は金等級にも決して劣らない。
ならばなぜ銀等級なのかというと金等級になる実績が足りないからではなく、金等級になる事で生じる束縛を嫌い、あえてならないだけだと専らの世間の評判だった。
「よぉ~、ボス。ドラゴン退治だって?」
「……やっと来たか」
ノックもせずに気楽に部屋の中へと入るラルフ。
それに対して鷹揚に対応するギルド長。
このように気安く接する事ができるのも、長年に渡る信頼の証だ。
「今さっき正式な依頼書が本部から届いたところだ。
君達に頼みたいのは、灰色ドラゴンの討伐ではなく、灰色ドラゴンの討伐の確認、若しくは先方が失敗した場合に、こちらに生きてその旨を連絡してほしいとのことだ」
「討伐ではなく、その確認……ねぇ。そのくせ報酬は倒した時と変わらない、ってか。
えらく羽振りの良い条件だが、何か裏が有るんじゃねぇのかい?」
ラルフは鋭い目つきでギルド長を値踏みする。美味い話には大抵裏があるからだ。
ラルフはそれを知っておきたかった。
「これは本部からもキツく情報統制がされておるんだが……どうやら依頼主はあの”大物斬り”らしい」
「あの”大物斬り”か!」
ラルフの眉がピクリと反応する。
”大物斬り”の異名を持つ冒険者は、ここ1年程で出てきた凄腕の剣士だ。
その名の通り、ゴーレムやドラゴン等の大物ばかりを狙い、単独で数多くを屠ってきたらしい。
ただし噂の尾ひれが激しく、どれが本当の事なのか分からない、半分都市伝説のような名うての冒険者だった。
「つまりあの有名な”大物斬り”が灰色ドラゴンを討伐するんで、その後始末を頼まれたってわけかい」
”大物斬り”の噂の一つに、『獲物がため込んでいた財産等には興味がない』というものがある。
獲物の心臓部だけを持ち帰り、討伐証明にも興味なし。
故にギルドが後始末を請け負うことで共助の関係を作っているとのことだった。
「そういうことだ。受けてくれるかね?」
「有名人にも会ってみてぇし、報酬も良い。
リスクもあるが、受けてみようじゃねぇか」
「助かるよ」
その後、詳細を詰めてラルフ達”駿馬の稲光”は正式に依頼を受けることとなった。




