アルベルトくん14歳。風の女神(1)
お久しぶりです。
アルゼ山脈をあっという間に降り、いざ神殿へ!……と行きたいところだったが、生憎時刻は既に夜であり、更に乗合馬車は明日にならないと出発しないという事で、今夜は行きと同じくアルゼ山脈の麓の村で宿泊する事にした。
俺は前回と同じ宿に宿泊しようと提案したのだが、何故かウィンディに反対されてしまった。
「アルゼ山脈の麓には、結構有名な温泉地帯があるのじゃ!
そこで身体を休めてからでないと女神と相対するのが難しいような気がするのぉ~」
それ完全にお前の趣味じゃないか?
だが女神との対話(で済めば良いが)には、絶対にウィンディの協力が必要だ。
だから少々の面倒事は許容しようと思っていた。
しかし、まさか『ウィンディと翡翠丸を実体化させて普通の人間の旅行客に扮したい』などと訳の分からないお願いをされるとは、全く予測していなかった(なお、知らないうちに翡翠丸の方も実体化できるようウィンディが改良していたみたいだ)。
俺、ずっと実体化のための魔力をウィンディや翡翠丸に送り続けないといけないのかよ!
ーーーーー
「いやぁ、あの旅館の主、ワシの可愛らしさに面食らっておったな!
やはりワシくらいに可愛いと皆の視線を自動的に独り占めしてしまうと見た!」
俺の内心を余所に、先頭のウィンディは両手に串焼き肉を持ちながらホクホク笑顔だ。
因みに俺達は、ここら辺の宿が共同で運営している、旅館の外にある私営の温泉施設に向かっているところだ。
なんでも、宿にある内湯に較べて規模が大変大きく、その外湯こそがこの温泉地で一番有名な観光スポットらしい。
そんな浮かれまくっているウィンディに対して、俺の隣に陣取っているサキは冷たく告げる。
「単にお子様がぱくぱくぱくぱくたくさんのご飯を食べたから面食らっただけだと思いますよ?
精霊様。私のご主人様にこのような面倒事をかけずに、さっさと女神様をクビってくださいませ」
サキは本当にお子様が嫌いみたいだなぁ。
久しぶりにゲーム時代を感じさせる無表情な対応だ。
「ねぇ、アルベルト。何でも良いけどどうして私がこの子の面倒係なの?」
そう言ってサキとは違う意味で無表情である翡翠丸の手を引っ張りながら、ぼやくフェリシア。
済まないなフェリシア。
サキはお子様だけではなく、翡翠丸にもあまり良い感情を持っていないようなのだ。
精霊に対して過去に何かトラウマがあるのかも知れないな。
「……全く、ご主人様の人の良さに付け込む忌々しい精霊どもめ。
……私のご主人様からさっさと離れて精霊界に還りなさいよ」
小声で何かぶつぶつと呟いているサキ。
まぁいいや。
しかし俺のパーティーの女性比率が跳ね上がっているな。
以前は俺とサキ、フェリシアで男女比1:2だったのが、今やウィンディと翡翠丸が加わって1:4だ。
まぁ、もっともウィンディと翡翠丸は実体化を解除さえしてしまえば以前と変わらない比率なわけだけど、そんなカラクリは周りの客には関係ないことだよね。
つまり何が言いたいかというと……
「おい、兄ちゃん。流石に男1人でそんなに綺麗どころを囲っているのは不公平なんじゃねぇかい?
俺らがねぇちゃん達と代わりに遊んでやるから、兄ちゃんはそのガキ連れてさっさと部屋で寝てな」
と、いらん喧嘩を売られてしまったわけだ。
ーーーーー
俺達の前に立ちふさがったのはどっかの宿の客と思わしき柄の悪そうな4人組だった。
しかし、また俺はチンピラに絡まれたのか。
ウソ、わたしの絡まれ率高すぎ!
と、どこかのCMのような事をぼんやり考えながら事態の推移を見守っていると、俺の横に陣取っていたサキがいつの間にかチンピラ達に相対していた。
「お、ねぇちゃんが俺達と遊んでくれるのかい?
ヘヘヘ、すげえ良い身体してるじゃねぇか。嬉しいねぇ」
リーダー格と思わしきハゲの巨漢が、サキを上から下まで舐め回すように見てニヤニヤしている。
しかし彼奴等気づかないのか?
目の前のサキが物凄い殺気を放ちながら魔力を練っているのが。
「……ではすいませんが、少々私の鬱憤晴らしに協力をお願いしますね」
「あ、どういうこった?」
サキの一方的な物言いにチンピラ頭が戸惑っている。
「それでは、無様に踊ってください。”雹弾”」
サキがヒンヤリとした声音で、男達に向けてそのほっそりとした指を向けた刹那、機関銃弾のような様相で氷の弾丸が男達に向かって放たれた。
「い、いてててて!!ちょ、ちょっと待ってくれぇ!!」
サキはわざとチンピラ達の足下だけを狙っているようだ。
チンピラ達はぴょんぴょん跳ねながら何とかその氷の弾丸から逃れようとしているが、その光景は、確かに酔っ払いのダンスみたいだった。
威力はそれなりに絞っているようだが、それでもチンピラ達の肌に当たっている雹弾は痛々しい痕を残している。
「か、勘弁してくれぇ!おい、お前らっ!……に、逃げるぞ!」
たまらず逃げ出そうとするチンピラ達。
しかし気がつくと彼らの背後にはフェンスのように等間隔に並んだ氷の柱が林立しており、退路が塞がっていた。
「どこに逃げようと言うんですか?まだゲームは始まったばかりですよ?」
冷え冷えとした氷の魔力がサキの身体から漏れだし、気がつくと足下も凍り付いている。
サキが歩く度にカツーンと靴音が返ってくる光景は中々に迫力があった。
「す、すまねぇ!悪気は無かったんだ!赦してくれ!!」
いきなり恥も外聞もなく、スライディングしながら土下座するチンピラ頭。
以前の冒険者達もそうだったが、やはりリーダーの大事な資質って、その機を見るに敏な感性だよね。
「……まぁ良いでしょう。私も多少鬱憤が晴れましたし、今日のところはこれで勘弁してさしあげます」
いきなりのスライディング土下座に毒気を抜かれたのか、そう言ってくるりとチンピラ達に背を向けるサキ。
するとある意味予想通り、それを好機と勝手に判断した背の高い頭の悪そうな1人のチンピラが、後ろからサキに襲いかかろうとタックルを仕掛けてきた。
はぁ~。やはりあのチンピラさん気がついていないよね。
「ふざけんなアマッ!……あ?」
低い体勢でサキに飛びかかろうとした刹那、その運動エネルギーは突然何かによって停止させられていた。
「う、動けねぇ!どういうこった!?」
単にサキが周囲に蜘蛛の巣のように張っていた氷の結界に絡め捕られ、身動きが取れないだけなのだが、本人はそれに全く気がつきそうもないな。
「どうやら私の慈悲は皆さんに受け入れられなかったようですね。とても残念です。
……皆さん連帯責任ですから揃って罰を受けてくださいね」
そう言うとサキは、地面から氷でできた巨大な針葉樹のような氷の柱を生成し、その柱から氷で出来ているのに触手みたいに動く細い氷がチンピラさん達の足に絡みつき、力強く宙に持ち上げていった。
「た、助けてくれぇ~!」
「お、俺は何もやってねぇよ!」
「お前が勝手なことをするからっ!」
「お頭が美人だからってあんな化け物に声をかけるから!」
傍目から見ると、でかい木に足を縛られてぶら下げられているチンピラが並ぶという、すごくシュールな光景が出来上がっていた。
「これはまた不気味なオブジェじゃのぉ~」
ウィンディが感心半分、呆れ半分の声を漏らす。
「さ、ご主人様。行きましょうか」
少しだけ怒りの溜飲が下がったらしいサキは、俺にピタッとくっついて歩き出した。
俺は少しだけタイミングの悪かったチンピラさん達に同情した。




