第072話、モンスターパレード(ボス級)
周囲を囲む気配にあるのは、殺意。
分類は魔物。
おそらくは冒険者ギルド本部からの刺客だと皆は認識しているだろう。
捨て駒にされ、共に消されると察したのか。
狩人帽子の冒険者がまともに顔色を青褪めさせ、吠える。
「そんな!? こいつらは――っ、既に討伐済みの大型魔物じゃないか!」
「ははは。モンスターパレードだなこりゃ。ひゅぅ、なかなかどうして殺気立ってるじゃねえか」
「戦鬼ベアルファルス! あなたは何をそんなに余裕ぶっているのです!? あなたならば、知っているでしょう、こいつらのヤバさを! 六人編成の上位冒険者パーティーが三つ連携し、十八人の小隊とした部隊を何度も投入せねば倒せぬ超大型魔物だぞ!?」
狩人帽子が頬に濃い汗を浮かべる横。
引き攣り、委縮する冒険者たちを気にせず――ふぅ。
煙草を咥えたベアルファルスが魔導書に魔力を次々にチャージし、宙に並べながら眉を下げる。
「わぁってるって、耳元で怒鳴るな。あっちはキマイラタイラントで、こっちはエンシェントドリアン。で、そっちがビークイーンインセクトだろ? どうやら、かつて討伐されていた大規模討伐対象、いわゆるレイドモンスターっつー分類の魔物を確保、ギルド本部の連中は捕獲してやがったんだろうな。何匹か見たことのある個体がいやがる。おい聖騎士の坊主、てめえはどうだ?」
問われたミリアルドが聖剣ガルムを唸らせたまま。
「お察しの通りです。私にも見覚えのある、北方の守りについていた時に討伐した個体もいます。なるほど――冒険者ギルド本部は討伐対象の遺骸を素材として回収していましたから……蘇生させて、手懐けていたという事でしょう。ならばどこかに魔物使いや召喚士といった類の操作者がいる筈ですが」
周囲を探すも姿は発見できない。
ここにいるのは魔物だけ。
どこかに潜んでいる存在がいる筈だが――。
しかし問題はその魔物の種類だろう。
本当にレイドモンスターと呼ばれる類の魔物。
それは基本的に単騎で国家転覆を可能とする異形種。この世界の元となった乙女ゲームの世界では、イベント用のボスとして設定されていた強敵だと、聖コーデリア卿も認識していた。
だが聖女も聖騎士も戦鬼も動揺はしていない。
顔にあるのは余裕。
相手の戦力を見て、過度に警戒する必要はないと判断しているのだろう。
もっとも、それは油断ではなく冷静さを維持しているだけではあるが。
反面、大きく動揺しているのは冒険者ギルドの上位層たち。
だがそんな動揺など聖コーデリア卿には関係ない。
彼女は魔物を見渡すと、こほん。
いつもの口調で手を振り、呑気に告げていた。
「あのー! みなさま~、わたくしたちを襲おうとしているのでしょうか~! わたくし~、あまり乱暴なことはしたくないのですけれど~!」
手を振られた魔物たちが、頭上に『???』を浮かべて混乱する。
さすがに。
絶世の美貌を持つ聖女から、呑気に声を掛けられるとは想像していなかったのだろう。
「聞こえませんでしたかしら~? ならば魔物の言葉でお話しした方がいいのでしょうか~! わたくし~! コボルト語とゴブリン語とオーク語ならばできますのよ~! あとは~、死霊の皆様の言葉も少々嗜んでおりますので~! 植物会話の方も、昆虫理解も習得はしておりますが少し訛りがでてしまうので~、そこはお許しいただきたいのですけど~!」
レイドモンスターたちが顔を見合わせ相談し、聖女を眺め――引き気味。
うっわ、なんやこいつ。
人間のくせにワイらの言葉を使えるやんけ。
こっわ……。
と、若干の恐怖状態が付与されている。
実際にコーデリアが魔物の言葉で会話をしていたからだろう。
聖コーデリア卿に同行している冒険者たちが声を荒らげる。
「って――っなにを魔物に話しかけているのですか!?」
「あら、魔物であっても会話が通じる子もいらっしゃいますのよ? 愛らしい子たちですし、わたくしの暗黒迷宮はいつでも人手を募集しておりますので、いっそ勧誘をしようと思っているのですが」
「いや、大型魔物を勧誘って――なるほど、そのような冗談で緊張を解そうとして下さっていると」
冒険者たちは聖女の気遣いに、おおっと感心しているが。
戦鬼と聖騎士は目線を合わせ、はぁ……と同時に肩を落とす。
聖コーデリア卿の発言は冗談ではなく本気だと、よく知っているからだろう。
コーデリアのマイペースを知らぬ冒険者が、またしても声を荒らげる。
「って!? なにを呑気にティーセットなど広げて、しかも! 結界を拡張して奴らを中に入れておられるのですか!」
聖女相手には丁寧な口調を維持しようとする冒険者に言われ。
きょとん。
聖コーデリア卿はいつものマイペースで、頬にそっと白レースの手袋を当て。
「なにと言われましても、あの子たち、とても身体が大きいでしょう? このまま外に逃がすわけにもいきませんし――ならば結界を拡張して閉じ込めた方がよろしいと判断いたしましたの。あなた方の時と同じですわね」
「にっこり笑っている場合ですか、こいつらは強化された魔物なのですよ!」
「あら。やはり何かご存じなのですね」
聖女はニッコリと穏やかだが。
冒険者はひやりと困惑顔。
狩人帽子が言う。
「ま、まあ……たしかに噂で聞いてはいるのです。で、ですが! 誓って我等は、あなたがたを嵌めようとするつもりなどではなく!」
「存じておりますわ。この子達レイドモンスターの攻撃は基本的に全方位の範囲攻撃。ご自分が巻き込まれることを恐れるのならば、ここであの子たちを展開などしないでしょうし。それで、知っていることを教えていただけますか?」
「ギ、ギルド本部の地下では、素材として確保していた魔物の研究と……その」
言い淀むという事は、事実ならば後ろめたい噂があるのだろう。
ベアルファルスが言う。
「魔物を使った実験でもしてたってわけか。で? 制御できてんのか、こいつら」
「制御できているとの噂を聞いたことはない……とだけは」
「なら、現地で暴れさせりゃいいって、そのまま転移してきた感じだろうな。お前さんたちが、聖女様の遺体を盗んだ元冒険者の口封じをできれば問題なし。失敗したら、この国と、周囲ごとレイドモンスターのパレードでぶっ潰すって寸法だろう。こりゃ真っ黒だな、冒険者ギルド本部」
そんな……と、切り捨てられた冒険者の女の口から悲痛な声が漏れる。
「で? どうする? 俺がやっちまってもいいが――」
「戦鬼ベアルファルス、あなたの腕を疑っているわけではありませんが、この数をどうにかできると?」
「坊主が言いたいこともわかるが、まあこっちはあの魔猫師匠とやらとそれなりに上手くやってるからな。なにしろあの猫は本当に美味しいグルメと引き換えなら、大抵のことは引き受けてくれる。どんな魔術の叡智も、修行方法も、魔道具さえも、簡単に譲ってくれる――」
告げながら魔術をチャージし続けているベアルファルスの言葉に、聖騎士ミリアルドも思い当たることがあったのだろう。
「確かにあの方は、滅ぶ運命にあるクラフテッド王国のグルメを回収しに来ていましたが……」
「本当に他意なんてないんだろうさ。猫のように気まぐれで、猫のように自由奔放。美味しいグルメを回収しに、異世界散歩している途中でコーデリアのお嬢ちゃんと出会い、少しだけ長く滞在しているだけ――ありゃあ異世界の神だ。言っちまえば、ここの騒動など他人事。この世界がどうなろうが、結局はこの世界の住人の責任であり選んだ道と――観測者を気取ってやがる。食えねえネコだよ、ありゃ」
だが弟子以外の事はどうでもいいと思っているからこそ、簡単に力も貸してくれる。
無責任な猫から受け取っただろう魔導書を開き、ベアルファルスが咥え煙草の煙を揺らし。
パチンと指を鳴らした。
「そんじゃ、魔術発動させてもらうぜ――これが外の世界の神の力を借りた異界魔術、俺も実戦で使うのは初めてだが、ま、なんとかなるだろう」
宙に浮かべた魔導書も一斉に開き始め。
チャージされていた魔術と魔力を一斉に開放。
開かれた魔導書の名は――『煙嗜む、災厄ノ魔猫』。
魔女と黒猫の表紙を輝かせ。
キィィィィィィン!
ベアルファルスの口から、力ある言葉が紡がれる。
「”誘え――、煙よ”」
声に応じたのだろう――開かれた魔導書から、たばこの煙状の巨大な猫が召喚され。
ウニャァァァァァっと赤き瞳を尖らせ、口からフシュゥゥゥゥゥゥ!
周囲を、魔力の煙で覆っていく。
煙に包まれたレイドモンスター達は、うとうとと瞳を閉じはじめ。
クゥクゥ……と寝息を立てて、どでん。
眠ってしまう。
周囲に眠り状態をまく、状態異常攻撃なのだろう。
レイドモンスター達は完全に沈黙。
全員が眠り状態になっている。
冒険者が理解できない魔術法則に顔をしかめ。
「き、聞いたこともない魔術だが。なんだ、それは! それに、魔術法則に従っていないではないか!」
「ま、おまえさん方の知識だけがこの世界の全てじゃねえって事だろうさ」
コーデリアも魔物を傷つけず眠らせたベアルファルスの手腕に微笑み。
安堵した様子をみせていた。
「わたくしがやると手加減ができませんので、助かりましたわ先生」
「おまえさんがやると、一生眠ったままとか平気でありそうだからな」
「もう、先生ったら。確かにわたくし、加減を間違えて永久の眠りにつかせてしまったこともございましたが。後で、ちゃんと起こしましたわ」
前科持ちであったと知り、ベアルファルスはジト目である。
明らかに噂よりも強いベアルファルス。
その強さをじっと眺め驚愕していた冒険者の裏。
聖騎士ミリアルドもまた、その強さを眺め――。
自らの手に目線を落としていた。
コーデリアが言う。
「殿下、焦っておられるのですね――」
「ああ、こうも力の差を見せつけられてしまうとな。私は、強くならねばならないのに」
「ベアルファルス先生は師匠に貢物をし、その対価として多くの叡智を受け取っていらっしゃいますの。もちろん、叡智だけを受けても実力や才能が伴わねば、成長もできないでしょうが――もし力を欲しているのでしたら、師匠に相談してみてはいかがですか?」
コーデリアからの助言は、彼の心を読んだ上での助言でもあったのだろう。
ミリアルドの焦りが、聖女には見えていたのだ。
一種の闇落ち。力を求めるあまり、道を踏み外しかねない危険性を感じ取っていたのか。
だから――優しきコーデリアは声をかけた。
ミリアルドには、コーデリアの優しき心が伝わっていたようだった。
美麗な男の、傷跡だらけの顔がかつて傷つけてしまった乙女を眺めていた。
君のためにも――、強くなりたい。
そんな心の声すら、おそらく――聖女には聞こえていたはずだ。
そしてミリアルドもまた、その心が聖女には聞こえていると気づいていた。
コーデリアが言う。
「すみません……」
「おまえが謝ることではない。感謝をしているのはこちらだ」
「でも、わたくし、また殿下の――」
心を読んでしまっていることなど気にするなとばかりに。
けれど、コーデリアの能力が冒険者たちには知られないように。
聖騎士は優しく微笑んでいた。
「おまえは何も悪くない。だから、そんなに悲しそうな顔をするな。私はもはやおまえに覗かれたとしても、何も気にせぬ。なにしろ、とっくに何度も醜い本性をさらけ出してしまっているからな。かつての私を思えば、あの時より醜い心など――ありはしないのだから」
かつてのこの地。まだ関係が壊れてしまう前の、幼き日の思い出。
あの時の、まだ優しかった皇太子の表情がそこにあったのか。
コーデリアが、瞳を僅かに見開いた。
「強くなられたのですね、殿下」
「おまえほどではないさ」
かつて皇太子に憧れた領主の娘コーデリア。
そして様々な経験を経て、一皮むけた皇太子ミリアルド。
二人の関係は複雑だったが、同郷の幼馴染だけが持つ空気が今、そこに流れていた。
崩れた廃墟。
妖精の光が漂い、幼馴染の本当の意味での再会を――幻想的な光景を照らしている。
どこかで、攻略完了のスチルと音楽が発生している中。
こほんと咳ばらいをし。
ベアルファルスが言う。
「あぁ、なんつーか。構わねえか?」
「ええ、どうかなさったのです?」
「コボルト達が奥で眠っている人間を見つけた。たぶん、こいつらをこの場に解き放った奴だろう。逃げるつもりで転移アイテムを持っていたようだが、はは、おまえさんの結界に巻き込まれて失敗しちまったようだな」
そこには簀巻きにされて、コボルト達にわっせわっせ!
と、運ばれる人間が一人。
冒険者たちも捨て駒にされたせいで、それを庇う気などなかったのだろう。
そいつをギルド本部で見たことがあると宣言し――じろり。
事態はまた少し進みつつあった。
▽――聖女たちは証言者を手に入れた。




