第061話、愚者の踊り
公演を用いて噂をバラまき、クラフテッド王国に帰還するその道中。
馬車を引き留め声を掛けてきたのは、道化師クロード。
伯爵王の側近であり、ミリアルドを影から操ろうとしていた知恵者なのだが――。
知恵者の顔はそこにはなかった。
代わりにあったのは、特異な戦闘フィールド。
馬車から飛び出した二人の前に、人形劇の舞台が広がっていたのである。
属性は闇と夜。
本来ならあったはずの穏やかな草原の馬車道は塗り替えられ、周囲は墓場のミュージアムとなっていた。
墓場フィールドが道化師の舞台となっているのだろう。
闇と土の底から、お化け案山子のような人形が次々と召喚されていく。
邪悪な魔力を滾らせる道化人形が、無数に顕現されていたのだ。
ミリアルドを前に配置し、大きく後退しながらサヤカが言う。
「道化師クロード。SSRキャラクター伯爵王の側近。その本質はたしか……パペットマスター。おそらくは道化人形と呼ばれる”魔力注がれた死骸”を遠距離から操る能力者でしょうね」
ミリアルドが鼻梁に濃いシワを刻み、顕現されていく死骸を眺め。
「つまり、”死霊使い”の一種というわけか。ならば、我が聖剣の得意とする分野――」
「油断はしないでくださいね、この道化師が本当に天使なら……転生者。ようするに見た目以上の強敵ですよ」
言いながらもサヤカは既にその身を隠密状態へと移行。
姿を完全に隠している。
「ゲームだった頃の強さは」
「――戦闘描写はあまりないキャラでしたので」
「そうか、ならば作戦通りに――」
既に打ち合わせ済みのミリアルドとサヤカ。
聖騎士と踊り子のコンビに、墓場から無限に召喚されていく道化人形たちの瞳がギラつく。
大中小、三つのサイズに分類される「蠢く道化人形」がボタンの目玉をグリグリと回転。
一斉に、振り向き。
ギロリ。
『やぁぁぁぁってくれましたね、ミリアルド皇太子!』
『ここまで小馬鹿にされたのは久々』
『このまま逃げられると本気で思っていたのでしたら、ぷぷぷぷ、お笑い草でありますなあ!』
道化人形の顔にはコミカルな怒りマークが浮かんでいる。
ようするに、まだ余裕があるのだ。
本当に青筋を立てるほどに怒っているのならば、道化人形にそのような怒りマークを浮かべさせる余裕などない筈。
『申し訳ありませんが!』
『殿下』
『あなたは大変貴重な血の持ち主。あの外道姫が蒸発してしまった以上。あなたを連れ戻させていただくしかない!』
道化人形たちはそれぞれ回転のこぎりや、チェーンソー、バールのような鈍器を装備し。
『貴様の肉体を磔にし、我が君への供物としてくれる!』
『わーい、わーい! イケメンの活き造り!』
『殺っちゃうぞぉぉおおおお!』
道化人形達が一斉に、グヒヒヒヒヒヒヒ!
アンデッドパーティーとなって踊り狂い始めていた。
その踊りに反応しただろうサヤカが、ぼそり。
「うわ、酷い踊りですね。品も個性もない……というか、あなた、踊りを愛していませんね? ただ能力上昇の手段としか思っていない。減点どころか、一点もつけたくないのですけれど?」
実際、踊り子が本職であるサヤカにはその舞がとても陳腐に見えたのだろう。
『勝手に採点しないでいただきたい!』
『これは芸術的な死の舞踏!』
『ほれほれほれほれ! みなさい! この華麗なる腸の舞!』
蝶の舞と、大腸や小腸の腸をかけているのだろうが。
滑っている。
踊りには厳しいサヤカが、辛辣にぼそり。
「いや、本来の”死の舞踏”のスキルは範囲即死攻撃でしょう? わたしも使えますけど……これはただ踊っているだけ。名前だけ借りてるって、ちょっと情けなくありませんか?」
『お黙りなさい! そこのメス豚!』
存外に直球な煽りが効果的だったのか。
「メ、メス!? あ、あなた! その発言、現代社会では問題になりますよ!」
『どうやらバカ皇子に入れ知恵をしたのはあなたのようですね。どこかで見た顔かと思えば、世界一不幸な踊り子を自作自演していた詐欺師ではありませんか! 皇子! 騙されてはいけません、この女! 殿下が思っている程に正しき女ではありませぬぞ!』
ありませぬぞ! ありませぬぞ!
道化人形たちが輪唱するも、ミリアルドは構わず鼻で笑い。
「知っている、この女もなかなかに外道であることはな」
『ええ、そうでしょうそうでしょう』
『でしたら是非、我が君の生贄になりませんか? いまなら全身の血抜きをサービス価格でやっておりますし、ええ、はい。お高く血を買い取らせていただきますよ?』
『さあ! 殿下、このままここでボコボコにされ拉致され、お尻を上げて土下座しながら殺してくださいと懇願するよりも。ちゃんと丁寧に、やさぁぁぁぁしく、血を抜かれる方がお得! 安全! いやあ、もう我が軍門に降るしかない! そうでしょう?』
道化人形がぐるぐると回りながら。
まるで洗脳するように訴えてくる――が。
ミリアルドの精神は汚染されず――。
「あいにくと、同じ外道ならば私は女を信じる性分でな。それに彼女は外道だからこそ信用もできる。なにしろ私もまた外道、同類だという安心感は人一倍なのだからな!」
「え? ちょっと……殿下!? 外道って……。いや、たしかにキースにしたことを考えると他人様の事を言えませんけど……!」
ミリアルドは攻略対象属性が持つ、輝きの美貌で告げる。
「安心するのだサヤカ嬢。たしかに君は一般人を騙し、その尊厳を踏みにじった外道だが、死骸を操り戦わせるこの卑怯者よりはマシ。胸を張るといい!」
怜悧な美貌で言い切っているが、台詞はそこまで格好良くはない。
微笑みを張りつけたサヤカが、ふふふふっと頬をヒクつかせるが――。
なぜか愚直なミリアルドに抗議はせず。
「そ、そうですか。殿下もけっこうそういう本音はおありでしたのね。まあ否定はしませんし、構いませんけど。とりあえず殿下、計画通りに鑑定を――」
「そうだな!」
ミリアルドは道化人形たちを見渡し。
使い捨ての魔道具「魔力のスクロールⅢ」を発動。
「鑑定――発動させてもらう!」
羊皮紙に刻まれた魔術が空に浮かんで。さぁぁぁあぁぁぁぁ!
風に乗り、塵となって溶けていく。
封入された鑑定の魔術を発動させていたのだ。
道化人形の真の姿は――やはり遺骸。
ミュージカルで使われる無人の道化人形が、そのまま魔力で動いたような歪な造形となっているが――中には契約によって縛られた人間の魂が練り込まれていると判断できた。
種族はむろん、アンデッド。
「駄目だ、道化人形たちの方に反応して本体の鑑定ができぬ」
「ま、そうでしょうね。だから打ち合わせの時に言ったじゃないですか……」
「そんなものはもう忘れた」
バカな発言であったが、何故かサヤカはそれを咎めない。
道化師がわずかに違和感を覚え始めるが――。
すかさずサヤカが言う。
「殿下、勝てそうです? 無理そうならとっとと撤退しますけど」
「やってみてから考える」
「あら、嫌いじゃないですよ――そういう猪突猛進は。それじゃあ、観客に見えないのが残念ですが、支援の舞、開始いたしますね!」
姿を隠したままであっても踊り子の支援能力は発動される。
それは踊りを見せることで強化能力が発動されるのではなく、踊りという儀式魔術に似た身振り手振りこそがスキルの本質。踊りという儀式そのものが強化効果を発生させている証拠なのかもしれないが。
その辺りの研究はまだあまり進んでいないのだろう。
ともあれ、高レベル転生者サヤカの舞が聖騎士ミリアルドの能力を大幅に向上させ始めていた。
「感謝する!」
前衛職である聖騎士ミリアルドがそのまま前衛を維持、聖剣ガルムを構え。
キリ――!
風に外套と黒曜石色の髪を靡かせ――剣に光の魔力を纏わせるべく、詠唱する。
「唸れ――ガルムよ」
周囲を戦闘フィールドに書き換えている時点で、相手の敵意は立証できる。上書きさせた領域に相手を招いた時点で、それは敵対行動。
この場合は道化師側が十割悪い事になる。
それが世界共通の認識だった。
なのでミリアルドは愚直ともいえる素直さで、構わず――剣を振るっていた。
「闇を裂き、光で照らせ!」
皇太子の聖剣ガルムが光を纏って唸りを上げたのだ。
極光が、周囲の闇を切り払っていく。
だが、道化人形たちが一斉にギョロり!
『領域の上書きなど、無意味!』
『我が叡智はセブルス一!』
『聖騎士ごときの領域干渉力に、負けはしませんよ! ほほほほほほほほ!』
ガルムによるフィールド破壊を妨害。
その闇の手綱が、光を喰らうべく絡みつく。
しかし――崩壊していたのは闇の方だった。
『なっ……!?』
『わたくしの魔力が、負ける!?』
『ば、馬鹿な――!』
人形たちの口から漏れたのは、驚愕と動揺。
そのまま瞳を魔力で輝かせた聖騎士が、はぁっ!
と、気合一閃!
『うぎゃぁああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!』
既に踊りによる強力な支援状態だったおかげだろう――ガルムは闇を断っていた。
闇が光に呑まれて消える。
斬撃と共に墓場フィールドは塗り替えられた。
周囲のフィールドが再変更。
日光と草原。
ごくありふれた馬車道へと戻ったのである。
既に周囲は晴天。聖騎士の鎧は太陽を受け、その光沢をより一層に白く輝かせていたのだ。
聖騎士にとっては光と自然が整った環境は優位に働く、しかし相手はその逆。
闇が消えた影響で、道化師の本体が強制的に顕現されていた。
その手は、闇を切り裂かれた衝撃で裂かれた道化の帽子を押さえている。
『ありえない、なぜ――っ』
声に余裕は皆無。
完全に、想定外だったのだろう。
道化師の眼に動揺が走っていた。
揶揄うように、聖騎士がニヒルに口元を蠢かせる。
「その節は世話になったな、クロード殿。して、私に何用かな?」
『ちぃっ……ぬけぬけと!』
「我らは悪逆の姫ミーシャの討伐に成功した。もはや王家の役目は果たされた、後はただ静かなる国の終わりを民たちに与えるのみ。既に私は舞台から降りた駒と言えよう」
地団太を踏んだ道化はビシっとミリアルドの黒目を指さし。
『お黙りなさい! いつから騙されたフリをしていた! この、この、このわたくしを利用しようなどとはっ、百年早いのですよ!』
道化師は激昂している。
「利用? これはおかしな話だな。貴殿は哀れな我が国に力を貸してくれていただけ。見返りもなしというのは最初の契約で刻まれている筈。あくまでも互いを互いに利用する関係だった筈。相違あるまい?」
『ミーシャ姫を塵さえ残さず消すとは、さすがに計算外でしたと言っているのです! 邪神の復活の前に、こちらは確実な戦力が欲しいというのに! いったい、いったい、いったい! こちらがどれだけっ、あなたに無駄な労力を割いたと思っているのです!』
そこまで言って、ハッと道化師は周囲を見渡す。
違和感に気付いたのだろう。
『なぜ、わたくしはこうもあっさりペラペラと手の内を……っ』
墓場フィールドが解除されたせいだろう。
ミリアルドとサヤカの作戦も、見える形となってしまっていた。
道化人形の視線が馬車から漂う妖しい「お香」に注がれ――。
道化は慌てて口元を覆う。
『判断力を鈍らせるデバフ!?』
「お気付きになられたようだな、道化師殿。いかにも、この馬車からは常に強力な知力ダウンの弱体結界が香りとなって発生している。こうやって、ついうっかり情報を漏らしてしまう空間を作るためにな」
味方も巻き込んでの知力デバフ空間。
それは聖コーデリア卿も得意としていた裏技。
ようするに。
バカになる強力な香を、周囲に振りまいていたのだ。
絶対に口を割りそうもない賢人にこそ有効的な、一種の反則である。
香の範囲にあるミリアルドと道化師の言葉が、酷く単調だったのもその影響。
サヤカだけは姿を隠しているので、香を防ぐ装備をしていたが――それが敵に気付かれる前にデバフをかけることに成功していた。
もっとも、通常アイテムならばレジストされてしまうだろうが、その香はサヤカが用意した課金アイテム。耐性を貫通するぐらい、課金の力をもってすれば存外に容易かった。
それほどに、かつて教会が扱っていたとされる課金の力は強力。
前にコーデリアの見せた、防ぎようも、身も蓋もない戦術を真似たミリアルドが言う。
「貴殿はアンデッドという話であったが、香りを嗅ぐまいと口を塞いだ。つまり貴殿は――アンデッドではない、どうだろうか?」
『そんな大事なことっ、口を滑らせるはずがないでしょうが!』
怒鳴る道化は更にハッとした。
ミリアルドはニヤりと悪い男の美形顔を邪悪に尖らせる。
「そうやって口を滑らせまいとする事自体が答え合わせであろうな」
『バカな、こんな……っ、こんな卑劣な手で――というか、いいのですか!?』
「なにがだ」
『あなたもこの知力デバフの効果範囲。ざこざこナメクジで無能なバカ皇子のくせに、無駄に美形な顔を尖らせていますが! あなたも今はバカになっているのですよ!』
ミリアルドはふっと微笑し、開き直った顔で告げる。
「あいにくと、元から私はバカなのでな。ああ、本当に、どうしようもない救いようもない愚か者だ。故に、いまさら知力のステータスが大幅に下がろうが、関係あるまい? 捨てるべきプライドも、世間からの評判も既にない。全てを抛っている私がどれほどデバフを受け醜態を晒そうとも、誰も何も思うまい」
開き直った美形は強い。
背水の陣ですらなく、もはや本当に背負うものがない男には愚鈍となるデバフを受けようとも大した影響はない。
怯みもしない。
後で治るのだから、問題ない。
対して道化師は知恵や知識を武器とする職業。
知力デバフは致命傷となる。
どちらが有利かは言うまでもないだろう。
「道化よ、この場で拘束させてもらう!」
「殿下、聞きたいことが山ほどあるので」
「分かっている、殺すなというのだろう!」
その通りではあるのだが、知力デバフを受けるミリアルドは構わず聖剣を全力で――。
ペカァァァァァァ!
転生者のミーシャ姫さえ焼き殺す事が可能な光で、道化に向かって連続攻撃。
道化が慌てて叫ぶ。
『ちょ! いや、それがわたくしに直撃したら、さすがに消えますよ!?』
「そうか! どこかに転移するというのか、ならば足腰絶たぬほどに焼き尽くすのみ!」
『消えるというのはそういう意味ではっ!』
ペカァァァァァ!
っと、再び聖剣ガルムが闇を切り裂くように唸りを上げる。
知力デバフを受けているせいで、直撃したら殺してしまうと気付かないのだろう。
ギリギリで逃げ回る道化師にサヤカが言う。
「そんなわけで、どうします? 道化師さん。わたしの支援が止まれば、殿下の能力ではあなたを焼き殺せないでしょうけど。わたしが踊りを止めない限り、いつかあなたは消されてしまう。降参するなら今のうちではありません?」
しかし道化師は、姿を見せない女をジト目で探し。
『いや、あなた! なに最初からそういう作戦でしたみたいな顔をしているのです! 絶対、いま即興で考えたでしょう!?』
「あら、姿を隠している相手を見る能力はまだ残っているんですね。まあ……メス豚とか言われちゃいましたし、わたしはどっちでもいいんですけどねえ。あなたがアンデッドじゃないのなら、その死体をネクロマンシーで操って情報を抜き取るだけですし」
根に持つ性格なのか、サヤカの言葉は辛辣なまま。
知力デバフを受け、大幅に弱体化されている道化師がコミカルに叫ぶ。
『げ、外道ですか!?』
「外道はお互い様。こっちも情報は欲しいので、本当にこの辺りで止めにしませんか?」
サヤカが説得に重きを置くにはもちろん理由がある。
情報は欲しい、それも本音だが。
そもそも、道化師クロードと敵対関係になるかどうか――状況次第では協力できる可能性があると彼女は踏んでいたのだ。
そう思う理由の最たるは、彼女の天使の存在か。
既に天使であっても味方になるという事例があるのだ。
それにいざとなったら、更に卑怯な手がある。
大天使アルシエルも裏切り者であるが、天使。
相手を洗脳できる「洗礼の矢」を所持している。
説得に失敗したら、洗脳すればいい。
本当の意味で外道だが、天使がこの世界を終わらせようと指示を受けているのなら――手段を選んでいる余裕はない。
綺麗事など言っていられない。
殺してしまうのは容易いが、味方にできるのなら。
彼女の判断はそう間違ったものでもないだろう。
黄昏結界の外に引きずり出され、空間そのものをおバカにする香の罠を張られていた時点で、道化師の負け。
ミリアルドとサヤカの作戦勝ちと言えるだろう。
ほわほわで、なんだかんだと誰に対しても甘すぎる聖コーデリア卿と違い、サヤカもミリアルドも冷たい思考もできる成人。
そういった、合理的な手段も躊躇わず選択できる人物像だと判断したのか。
道化師クロードが負けを認めたのは、その直後の事だった。




