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第29話 意志

 木々に遮られた光が微かに降り注ぐ。その合間から覗くように様々な生き物の声や動く音が聞こえるが、その姿はどこにも見当たらない。その音に囲われた未久たち三人は息を呑んで、ただリナを冷めた目で見るワノを見つめていた。ポカンと開いていた口をカエルムは思い出したかのように動かした。


「またまたぁ。ワノって冗談言うタイプだったの? あ、もしかしてそれがここの初めの挨拶ってやつ?」


 少し引きつったカエルムの笑顔がワノに向けられる。それを未久は心配そうに見るも、合わせるように軽く笑った。リナは向けられたワノの視線から目を逸らさずに睨んだままだ。しかしワノはそのリナの視線からいとも簡単に目を逸らし、視線をカエルムへ移した。


「俺、話を逸らすことはあっても、嘘を吐くことはねえから」


 再び空気は凍りつき、そのままワノはその場を離れようと三人に背を向けた。その態度にカッとなったリナはワノを振り向かせようと手を伸ばした。


「ちょっと、それどういう意――」


 リナの手がワノの肩に触れようとしたその時、流れるようにワノの鋭い目が向けられた。そしてどこから出てきたのか、気づいた時にはリナの顔の横を槍が通り抜けていた。リナの頬には微かに血が滲み、息をすることを忘れてただ立ち尽くした。行き所をなくしたリナの手は震え、その横をワノが通り過ぎていく。そして少し屈んで、木の幹に刺さった槍を抜いた。


「お、蛇ゲット。夕飯、手に入れられてよかったわ」


 飄々(ひょうひょう)とした態度で呟き、ワノは蛇の頭を槍の頭で叩いて仕留めた。ワノは蛇を持ったまま振り返り、そこでやっと青ざめる三人に気づいた。何も言葉にできない三人に、ワノは首を傾げて言った。


「なんだ、あんたら蛇食ったことないのか? 飯、一緒に食うか?」


 何から言葉にしていいのかわからなくなった三人は頭を縦や横に動かすことすらもできず、ただ立ち尽くしていた。


 いつの間にか日が傾き、淡いオレンジ色の光が差し込む。未久は西日から目を背けるように揺らめく火をじっと見ていると、横から器を差し出された。視線をそちらへ向けると、ぶっきらぼうに器を差し出すワノの姿があった。未久はそれをそっと受け取る。その中を覗き込むと、スープの中に白い縞模様の肉片が浮かんでいた。カエルムも同様に覗き込み、嘔吐(えず)く素振りをした。


「カエルム、そんなことしたら失礼でしょ! 食事は現地の人と打ち解ける絶好の機会なんだから」


 苦い顔をするカエルムに、未久が小声で叱責した。しかし、そう口にする未久自身もいつもより器を体から離している。その様子を横目に見ていたリナはどうしたらいいのか、器を持て余していた。すると、横から覗き込むようにワノがリナを見てきた。


「食わないのか?」


 その視線にリナは言葉に詰まった。食べるべきなのかもしれない。しかし、誰よりも先に一歩を踏み出す勇気が自身にはない。その不安を察せられないように、器を少し離し、「あたしは……」と言いかけた時だった。向かい側から「いただきます!」という元気な声が聞こえ、二人は勢いよくスープを口へ流し込んだ。何度か口を動かし飲み込む音が聞こえると、二人の顔が突然輝き出した。


「おいしい!」

「普通にジューシーな肉だ!」


 それから二人は器にかぶりつく勢いでスープをすすった。それを見たリナは安堵のため息を吐き、ゆっくりと器を口に近づけた。それを見たワノはリナから顔を背け、向かいの二人に「おかわりはまだあるからな」と笑って言った。


 日は沈み、辺りは暗くなった。食事の時の残り火が足元で脈を打つように光っている。ワノはそこに一本の太い枝を差し、火を移した。それを上に掲げ、ついて来いと言わんばかりに顎をしゃくった。


 どんどんと奥へ進んでいくワノに、駆け足ながら未久が訊ねた。


「あの、今どこへ向かっているんですか?」


 ワノは振り返らずに、片手で草木をかき分けながら答えた。


「夜のジャングルは、目も耳もろくに役立たねえ人にとっちゃ危険そのものだ。ちゃんと寝床になるとこがあるから、そこに連れてく」


 それから道中、ワノを先頭に未久とカエルムは並んで歩いていた。二人は未だに蛇スープの話題で盛り上がっている。暇を持て余したリナは、口を閉じたままのワノにそっと近づいた。


「ねえ……」


 ワノは一瞬視線をリナに向け、そして再び前に戻してぶっきらぼうに答えた。


「ん」

「その、あなたはなんであたしのことが嫌いなの?」


 リナは視線をワノとは反対方向へ向け、腕を握った。すると、頭上から乾いた笑い声が聞こえてきた。


「あんただって俺のこと、嫌いだろ?」


 リナは咄嗟にしかめた顔をワノへ向ける。


「それはあなたが先に――!」

「そうだ。第一印象が最悪だったからだ」


 その言葉にリナの声が途絶える。二人の沈黙に後ろの笑い声が流れてきて、ここだけ異空間のような感覚に晒される。そのままリナが黙っていると、ワノはぽつりと話し出した。


「あんたを初めて見た時、自分はただ連れてこられただけですってオーラが、あんたからすげえ出てた。オーラだけじゃ本当かどうかなんてわかんねえから実際話しかけてみたけど、本当にそんな感じで。あ、こいつとは性が合わねえなってすぐに思った」


 身に覚えがある話でリナは身を縮めた。確かに、この旅はリナ自身が望んだことではない。しかし旅を夢見ていたことは確かだ。それに素直に喜ぶこともせず、またはっきりと拒むこともできない。どっちつかずの態度にワノは察し、呆れたのだろう。


 揺らめく炎と共に足元で大小を繰り返す影を見つめる。吹いたら消えてしまいそうな影は、まるでリナ自身の意志のようだった。そんな影をわざと揺らすように、ワノは火の点いた枝を肩に掛けた。


「その後もずっとあんたのこと見てきたけど、いつも誰かの後ろをついて行くだけだった。周りがやってるからやっておこうってな感じで周りに流されて、どこにも()()()はいなかった」


 その事実を突きつけられ、リナの胸が疼く。今まで自分を殺して生きていたため、周りに合わせることに慣れ過ぎてしまった。いや、自分を殺していたんではなく、忘れていたのか? 意志など疾うの昔に失ってしまったリナに新たな疑問が投げかけられる。


「あんたは一体、誰のために生きてるんだ?」

「え……?」


 歩いている間、一度も向けられなかったワノの視線がリナの視線とぶつかる。思ってもみなかったことに、リナの心臓は跳ね上がった。足が止まり立ち尽くしていると、リナの背中に未久がぶつかってきた。


「わっ、リナさん! どうしたんですか? 急に立ち止まって」


 未久の声でリナは我に戻り、「何でもない」と笑って答えた。そして駆け足で前へと進み、ワノのもとへと戻っていく。リナが近くへと戻ってきたのを確認すると、ワノは再び前を向いて小さく呟いた。


「今のあんたじゃ答えられないか」


 何を呟いたか聞こえなかったリナは少し見上げて訊ねた。


「え、何?」


 ワノはいつものように前を向いたまま、いつも以上にぶっきらぼうな口調で言い放った。


「自分のことは自分で決められない、周りに流されるようなやつは俺ぁ嫌いだっつったんだよ」


 ワノの歩調が速まり、リナとの距離が大きくなる。光が遠くなるほどに影は伸び、周りの闇に飲み込まれていく。リナは手を伸ばそうとするも届かないものだと思い、下に垂れてしまった。


 その二人の姿を未久とカエルムは後ろから見守っていた。カエルムは瞳を爛々と輝かせ、未久はそれを抑えつつ心配そうな瞳を二人に向けていた。三人の目的は世界を旅すること――それは今の二人にとって辛いことになり得るのではないかと心配でならなかった。

次話「遺跡」は2019/2/9(土)に更新します。

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